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76 この世界で生きる。


 そう、この精霊が乗り移った俺のカブは自力でバランスを取りながらアクセルを操作して自走できる。……それ自体は以前から知っている事だ。


 しかしエンジンをかけずに動けるなら――ガソリン要らずだし無敵に近いんじゃねーか!?……と以前俺は思った事があった。


 ただそれが出来るならカブの方からそう言って来る筈だ……コイツの性格上。


「あ、無理です無理です!ハンドルを切ったりリアボックスを開け閉めしたり、シフトペダルを入れたり――といった軽めの動きは出来ますが車体全体をエンジン使わずに動かすのはなんか無理なんです!」


 やはりそうか。


「オーケー。まあそれが出来たらガソリン要らねーって話になるわな」


「はは、その通りです!」



 あと準備しておくべき事は……そう、ニンジャーまでの道筋を見ておこう。

 俺は事前にセシルからゼファール国のニンジャー市までの地図を受け取っていたのだ。


 それは意外にもちゃんとした地図だった。

 もっと雑に道筋と目印だけしかないようなモンだと予想していただけにコレはありがたい。


「ははっ、コレは迷いようがねえわ」


「へー、カイトさん。これ、ぼくが撮影してタブレットのアルバムに入れときますよ。その方が何かと見やすいでしょう?」


 お、そりゃいいな。


「気が利くなカブ。ほら」


 カシャ!


 俺はカブに跨りながら、タブレットに取り込まれた地図を閲覧した。


「うん。さすがにネットマップ程見やすい訳じゃねーけど十分だ!サンキュー」


「それにしてもこの世界って道が分かりやすいですよね、カイトさん」

「まあなー、複雑にする程町や村が多くないんだろうよ」

「距離的にはどれぐらいなんでしたっけ?」

「んー、……セシルによれば1日で行けるらしいが、一日って丸一日運転してって事か?いやいや、だとしたらキツすぎるぞ。一応ガソリンだけは20リットル満載の灯油缶を一つ持って行くけども」


「それならガス欠は安心ですね!」


「……まあ多分、な。一応出発前にセシルには正確な距離を聞いとくか」



「おじー。お弁当つくろー!!」


 姿が見えなかったターニャが家の奥から呼びかけてきた。


「じゃあカブ。ちょっと弁当作ってくる」

「はい!」


 カブを玄関に残して台所へ入ると、ターニャが既に鍋や食材などの用意をしてくれていた!


「おお。やる気満々だなターニャ。ついでに飯も食うか!」

「うん!たべよーたべよー」



 それから俺達はちょっと早めの夕飯を食って、その残りを弁当として弁当箱に詰め込み、冷蔵庫へしまった。

 うん。コレでよし。


「よっしゃ!ターニャ、温泉行くか!?天然のお風呂だぞ」

 俺がそう呼びかけるとターニャは嬉しそうにはしゃいだ。


「おー!!おんせん、行くー!!」

「よし、じゃあ着替えとタオルの用意だ!」

「ういーー!」


 実はターニャの服に関して、押入れの奥に自分の娘が幼かった頃のものがまだ残っていた。

 それを今は代わりに着てもらっているのだ。

 手前味噌ながらなかなかに可愛いと思う。



 用意をしてターニャと家の外に出ると、例の畑の苗がまた大きくなっていた。


「うおっ!またでかくなってんな……」


 その木は前見た時は1メートルに満たないぐらいのヒョロっとした苗木だったのに、今は2メートルを超えて幹の太さも俺の脚ぐらいある……。

 以前から実っていたりんごの実の様な物は前より大きくなっていた。

 このまま行くと一週間ぐらいで実が取れるかも知れねえな……。



 ――シュタッ!


「カイト殿、ターニャ殿。その姿は温泉ですかな?」


 俺達の前に颯爽と現れたのは、狼にも似た大型犬のバンだった。


「おうバン、元気そうだな。明日から丸一日国外まで配送の仕事で戻ってこれねーかも知れん」

「おお!国外までとは……貿易というやつですな。いやー、カイト殿。仕事の規模も大きくなってきましたなあ!」


「ふっ、たまたまだ……まあそんな訳で留守番頼むぜ、バン」

「承知致しました」



 ――俺とターニャが歩いて温泉へ行っている途中でこんな話をした。


「ターニャ、今回の旅はもしかしたら夜中も走る事になるかも知れんぞ」


 俺は割と深刻な事を言うつもりで言ったのだが、逆にターニャは目を輝かせて笑顔になった。


「夜も走るー!?すごーい。ワクワクする!」


 俺は苦笑いで答えた。

「ははっ、頼もしいな。俺はこの世界の夜なんざ絶対走りたくねえが……」


 だってまず街灯やらの灯りもない。

 そして道に関しても、絶対山を切り拓いたような道だろうから野生動物も出るかも知れんし……。

 俺は結構悪い方に考えてしまいがちだが、そのお陰か今までの人生そこまで窮地に陥った事がなかった。今回もそうであってほしいぜ。



「……おじはどこから来たのー?」


 唐突にそう聞かれて俺は戸惑った。日本って名前を出して言うとターニャが行きたがりそうだしな……。


「んー。遠い国……かな」


 ターニャはいつになく真剣な表情で再び聞いてくる。


「……いつか戻るの?」


「ん、いや。一瞬だけ戻る……かもな」


 俺がそう答えるとターニャはちょっと悲しそうな顔になった。あっ……。


「いやっ。ちょっとだけ戻ってすぐこっちに戻ってくるぞ!安心しろ」


 ターニャは再び笑顔になった。


「本当!?カイトおじ、ここでずっと住む?」


 俺も笑顔でハッキリとした声で返す。


「おう!もちろんだ。頼まれてもあっちには戻りたくねえ」


 もし戻って運良く再就職出来たとして、また職場と家を往復するだけの日々が待っている。想像するとため息が出てくるぜ……。


「あはっ。よかったー!」


 そう言ってターニャは俺の上着の裾を掴んでくる。俺も嬉しくなってちょっと涙ぐんでしまった。

 そして俺はターニャを抱き上げた。


「いよっしゃー。温泉までダッシュするぞー!!」

「ういーーーー!!」


 俺はターニャを抱えたまま温泉までひた走った。ちょうどいい運動になるぜ、はは!



 ――ボコッ、ボココッ……。バシャバシャッ。


 あの温泉の源泉では、この前と変わらず勢いよく温泉水が吹き出ていた。



 ザッパーン!!


 俺とターニャは勢いよく服を脱ぎプールに飛び込むようにして入浴した。



「フィーー……たまんねえ……」



 俺は湯溜まりを囲ってある岩に持たれかけ、うっとりと上を見上げる。


 ターニャはお湯の中に体を沈めたり、犬かきのように泳ぎ回ったり自由に動いている。


 ああ、このままこんな日常が続けばいいな……そんなふうにぼんやりと考えていた。


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