75 長旅の準備
「いってて……」
「あ、ご、ごめんおじ……」
「ターニャ!前だ!前を見とけ」
俺が大声で注意するとターニャはその通りサッと前を向く。よし、それでいい……。
「ターニャよ、俺が一番怖いのはお前がカブから落ちることだ……スピード出してるときにそんな事になったらお前は大怪我するし最悪死ぬ」
「う、うん……」
ターニャはちょっと小さめの声で答えた。今のでやはり萎縮しているようだ。
俺はターニャを励ますべく左手でターニャの頭に軽く手を乗せて激励した!
「だからしばらく練習だあー!!おっけー!?」
「ういーー!!」
ゴッ!!
「ぎゃあああ!!」
またしてもさっきと同じことが……。
「カイトさん、ターニャさん……それ漫才ですか?」
「……ほっとけ!」
ターニャは俺の言った通り平然としてしっかり前を向いている。そ、それでいいのだ……。いてて……。
俺はちょっとした安堵と痛みを抱え、その後はしばらくターニャの動きに付き合ったりして一日が終わった……。
――そして翌日。俺達は朝からいつもの定期便に出発し、キルケーを挟んでバダガリ農園を往復して3500ゲイルをゲットした!
これで貯金額はおよそ44000ゲイル(約17万6000円)。今の新卒社会人の手取りくらいか?知らんけど……。
――やっぱりちゃんと大金手に入れるのは貿易輸送の方だな。
俺が改めてそう感じていると、ここで面白いモノが手に入るのだった。
「じゃあなフランク。また3日後に来るぜ」
「あ、待って下さいカイトさん!!ちょっと見せたいものがあるんですよ。……フフ」
怪しげな笑みを残してフランクは自分の家の中へ何かを取りに行った。何だ……?
するとフランクは家の中から箱のようなものを持ってきた!
お!?も、もしかしてソレは……。
「見て下さいよ!カイトさんが以前言ってた段ボールってヤツ……完成させちゃいましたよ……フフ」
それは俺が現代で仕事で毎日のように扱ってきた段ボールだった!!しかも構造も硬さもほとんど現代のそれと変わらない出来栄えだ。
「うおおっ。フランク凄えな!こんなに短期間にこれだけのクオリティーの箱作っちまうとは……」
以前俺が出したアイディアからワンステップでこれを完成させたフランクを称賛せずにはいられなかった。
開発したフランクは一通り俺の称賛に対する喜びを享受すると、大事なことを付け加えてきた。
それは次の貿易輸送にも絡むかも知れない話だった。
「カイトさん、このね……この段ボールのギザギザあるじゃないですか?」
「ん?おお」
ギザギザというのは文字通り、上下の段ボールの中間に挟まれたあの波打った紙のことである。
「この部分を効率的に作るために歯車が必要なんですよ!手作業だとどうしても時間がかかるんです……。カイトさん、持ってたりしませんよね?」
おっと、これはタイムリーな話だ!
「……俺は持ってねーけどよ。多分国に要求したら近い内にもらえるんじゃねーかな?なにやら隣のゼファール国から歯車やらが輸入されてくるって噂だぜ?」
俺が「本当は俺がその運び屋をやるんだ」と言いたい気持ちを抑えて話すと、フランクは興奮した様子で目を見開いた。
「え!?ホントですか!?……じゃ、じゃあちょっと期待して待っときます!」
「おう、段ボールが大量に完成したら、いろーんな所で役に立つからな。俺からも是非頼むぜ!じゃあなー」
と言った感じで俺達はキルケーを後にした。
――ドゥルルルルン!ガタガタ……。
「いやー、しかしいよいよ明日出発ですねカイトさん!」
カブが気合の入った顔を見せている。今までで一番男前な顔に見えるぞ。
「あはっ、ながたびー!ながたびー!!」
ターニャは楽しそうにしつつも、しっかりカブのステップに足を乗せて危なげなく立つことが出来ている。
よしよしいいぞ。俺は安心した。
「おう。ところで明日までにやる事があるぜ。何か分かるか。カブ、ターニャ?」
俺の問いかけにカブは、
「……何でしょう?ガソリンの給油ですか?」
と、ちょっととぼけた答えを返す。
「アホ!それは毎日してるだろ」
「ですよねー」
ここで正解を言ったのがターニャだった。
「ご飯ー!持っていくご飯!!」
「おう正解!やっぱ弁当は持って行きてーよな。今日は弁当を作ってカブの最終メンテして体を休めるために温泉入って早めに寝るかー」
「了解です!」
「ういー!」
そんな訳でウチに帰った俺はまずカブの装備を固める事にした。
まずセシルとも話していたビニールシート。丁度荷車より一回り大きめのサイズで、ロール紙やらを包むのに十分な大きさだ。
紐で縛るための穴も加工済みで、丈夫な紐も倉庫には多く残っていた。
よし、これで雨風の中でも安心だ!
……ここでふと思い返すと、今までこのスズッキーニで雨に降られた事はおろか降ってるところすら見てないな。雨が少ない地域なのかも知れんが、たまたまか?
「カイトさん、あの……」
俺が色々考えていた時、珍しくカブが遠慮がちに話しかけてきた。
「ん?何だカブ?気になる事は全部言っとけ」
「はい、僕のタイヤって大丈夫ですか?」
「タイヤ……?」
俺はカブのセンタースタンドを立て、後タイヤをクルクル回して見てみた。
……しかし特にこのブロックタイヤには異変はなかった。
こっちの世界は地面が土だし、道路に落ちてる尖った鉄屑みたいな物は現代より少ないだろう。
「んー、見てる限りじゃ特に問題はないな。ま、一応パンク修理キットを積んどくか」
それを聞いてカブはほっとした様な顔をした。
「ここはバイク屋もなければスタンドもないしJAFも来ません……トラブルがあった時が怖いですよ!」
「確かにな。なあカブ、緊急の事故って他に何がある?」
カブは滅多に見せない真剣な顔で答える。
「バッテリー上がり、転倒、チェーンが外れる、ガス欠、電装品の故障……とかですかね?」
「うん、そのうちガス欠はサブタンクで対応、転倒は俺とお前が頑張ってカバー、パンクも修理キットで何とか出来るハズだ。チェーンもまあ、多分99.9%外れねーだろ?」
「はい。あとエンジンもまず壊れません!僕、自信があります!!」
俺は答える代わりに笑顔を向ける。
「ま、だから電装部品の異常以外は何とかなるってワケだな?」
「はい!任せて下さい」
俺は張り切って返事をるするカブに前から気になっていた事を聞いた。
「なあ、……そう言えばお前って、エンジンかけてない時でも自力で動けたりする?」