72 温泉、ビール、スープパスタ
俺はその1メートルに満たないぐらいの深さの湯だまりに全身を沈めた。
ああ――。気持ちいい……。
全身が程よく温められていく……!
温泉水の流れが早い所に行ってみると、いい感じに水流が体に当たり凝り固まった背筋や肩の筋肉をほぐしてくれた。
辺りを見渡すと、その辺一帯は背の低い木々がポツポツと生えているだけだったので、遠くの山まで見渡す事ができた。その自然が美しく、洋風にも和風にも見えた。
「最高だ……言う事なし……」
俺は体をゆったりと伸ばし目を細め、顔の鼻から上だけを水面から出してまどろんでいた。
「おじーーーーっ!」
ターニャが俺にお湯をかけてきた!
「あはははっ」
俺も手で水しぶきをかけて反撃した。
「オラッ!」
「きゃはははっ!!」
楽しそうにパチャパチャとお湯をかけ合う二人。
こんなこと日本の温泉じゃ恥ずかしくて出来ねえな……はははっ。
体が十分に温まるまでお湯に浸かってから、俺達は湯だまりから出て服を着た。
俺もターニャもまだ体が熱っていた。そして湯気を発していた。
「あー、最高だったわ。また別の日に入りに行こうぜターニャ!」
「うん!おんせん。おもしろい!!気持ちいいー」
ターニャも温泉の良さを分かってくれたみたいだ。良かった良かった。
さて、家に帰るかー。という時にコレだ!
実は俺はここへ来るときにクーラーボックスを持ってきていたのだ。そしてその中身は――。
温泉……、風呂上がり……とくれば「ビール」だろ?コレ、鉄板な。
もちろんキンキンに冷えてやがるぜ!
――プシュッ!
俺は家にあったビール缶の蓋を開け、一気に半分ぐらいのビールを飲み干した!
日本にいる時はドライバーという仕事柄、ビールはほとんど飲まなくなってしまい、部屋の隅に置かれっぱなしだったのだがここに来て最高の飲み物と化した。
ゴッ……ゴッ……ゴクッ、ゴクッ、ゴクゥッ!!!!
「プッハーーーー!うんめええええ!!この風呂上がりのビールの美味さよ……あー、極楽ーー……」
ターニャはそんな俺を不思議そうに見つめて、
「ターニャものむ!」
と言ってきた。あっ……、どう言ったらいいか……。まあ普通にこう言っとこう。
「ターニャ。実はこれは大人しか美味しく飲めない飲みモンなんだ。だからお前は飲んじゃダメ!」
俺は両手をクロスして×を作って拒否したのだが、ターニャはまだ俺を疑っているようでまっすぐ俺を見つめて飲みたそうにしている。
「……確かめてみるか?ちょっと匂い嗅いでみろ。アルコールの匂いで多分拒絶反応が出るから――」
そう言って俺はターニャの鼻付近にビールの開け口を近づけた――その時!!
バッ!!
何を思ったかターニャは、匂いを嗅ぐより先にビールの缶をぐいっと両手で掴んでラッパのように持ち上げた!!
「おいっ!!バカッ。何してんだ!?」
俺は大慌てでターニャからビールを取り上げた!
当のターニャはビールを飲み込むとほぼ同時に盛大にビールを吹き出して苦痛に顔を歪めて咳き込んでいる!当たり前だ……。
「うっ……ゲホッ!!ケホッッ……フグゥッ……。ハアッ、ハアッ……」
ターニャは苦渋に満ちた顔でビールを口外に吐き出すのに必死といった感じだ。全く、無茶しやがって……。
「全く……分かっただろ、ターニャ?これはビールっていって大人にならないと美味しく飲めない飲み物なんだ!分かった?」
口を大きく開けて舌を出し、ハアハアと肩を揺らしながらやっと我に返ったように前を向くターニャ。
「……おじは何で……こんな、の、飲めるの」
実に純粋な質問だ。
「んー、やっぱ体が大きくなったりして、そういう刺激に耐えられるようになるからじゃねえか?」
「……ふーん。ターニャもう絶対飲まない!!ぜーったい!!」
俺はちょっと安心して答える。
「ははっ、当分そうしとけ。でもいい経験になっただろ?」
「よくない!」
ターニャはちょっと憤慨していた。
「はは、そうか。ターニャ、帰ったらスープパスタを食うぞ!」
「スープパスタ!?なにー?」
俺のその一言でターニャは目を輝かせた。切り替え早っ!!
「まあ実際に作ったら分かる。お楽しみだ!」
「分かったー。ターニャ手伝う!」
「おう、頼むぜ!」
……というわけで俺達はまた家に帰ってきた。そろそろ日も傾いてきた。
「おじ!はやくつくろー。お腹へった!!」
ターニャに急かされたが俺は温泉から帰ったらすぐに夕飯が食えるように材料などは温泉に行く前に準備していたのだ!
段取りがものを言うぜ。ふふ。
「おかえりなさい二人共!温泉どうでした?」
カブもなんか楽しそうに見える。
「最高だったぜ。……バンは?」
「狩りと見回りに出かけました!」
俺は山の方を向いてつぶやいた。
「頼もしい奴だぜ。ありがとうよ」
ところで最近、俺達は夕飯を庭で作って食うことが多い。
何となく開放感があって涼やかで俺もターニャも庭でのご飯が気に入っていた。
あと、家の中で食っているとコイツ……カブが何となく寂しそうにしている様な気がしたのだ。
本当に寂しがってるのかは知らん。
俺達がカセットコンロでスープパスタの鍋を茹でているとき、そんなカブが一言。
「いやー、しかし今日は僕ほとんど動いてないので変な感じですねー。オイルが巡ってないっていうか……」
「何言ってんだ。普段が異常な程走りすぎなんだよ。たまにゃーお前も存分に休め。どうせ近いうちにニンジャーまで数百キロの距離を往復するんだしよ」
「あー、そうですね!ふふっ。なんか燃え上がってきましたよ!僕、実は距離ガバなんですよ!あっははは」
キュルルル、ドゥルゥゥゥン――。
気合十分の表情でそう言うとカブはエンジンを掛けた。
ふっ、頼もしいぜ。
――グツグツ……。
俺は鍋が煮えるのを確認すると、カセットコンロにかけた鍋の蓋を開けパスタを一本つまんだ。
「お……うん!イケるぞ」
「おじ、食べよー!!」
トングで二人の皿にパスタを盛って、いざ食す!
「いただきます」
「いただきまーす!」
スプーンの上でフォークを回してパクりと頂く!
ターニャも真似をしてパスタを巻いている。
もちろん普段はこんなお上品な食い方はせず、ズルズルとラーメンのようにすする!……のだが今はターニャの手前、手本を見せる意味でもちゃんとした食い方を見せておこう。
ターニャが他人に行儀が悪い奴と思われたら可哀想だしな。