66 カブとターニャとセシル
ま、俺も男だし、あんな美人に家に呼ばれりゃ本能が湧き上がっちまう。
しかし、その上で――。
俺はターニャを連れてギルドの裏手までカブを走らせていた。
「おじ、どこ行くー?」
俺のいつもとちょっと違った雰囲気を感じたのか、ターニャは不思議そうに聞いてきた。
「ん、これからセシルの家にお邪魔しにいくんだ!楽しみだろ?」
「おー。セシルの家……?」
――とターニャは答えたが「それってどうなん?」みたいな顔だ。
ここでカブはまたおかしな事を言うのだった。
「ええっ!?セシルさんの家に……部屋に!?そ、それって何か、深夜の密会じゃないですかー!?」
「何を言ってるんだお前は!」
「だって大人の女性の部屋に呼ばれるなんて……コレはもう、アレをアレするって事じゃないですか!!そうですよね?ねえ??」
「う、うるせえよお前!……全くえらく想像力の逞しい精霊だな。てかお前らに話してる時点で密会じゃねーだろ!」
「おじ!カブ!いみ分からん!」
ターニャが俺達の意味不明な会話にちょっと怒っているようだ。
「おう、ターニャ。お前もセシルと会っといた方が良いだろ?ちょっ……と、とっつき難い奴ではあるからな」
「セシル……よく分からん!」
そう言うターニャに俺は苦笑いで答えた。
「アイツは多分優しい奴だと思うぞ、ちょっと不器用なだけで……」
「ふーん……じゃあ仲よくするー!」
「ははっ、そうしてくれぃ」
――ガチャッ。ちょうどその時セシルが出てきた。
「あ、カイトさん!……カイト」
「うっす」
セシルの表情は、最初にあった時より大分柔らかくなったように見えた。
「お前の家ってここから近いか?」
「しばらく歩くかな……」
「おう、ぼちぼち話しながら歩くか?」
「ええ」
セシルは俺の隣に立っていたターニャの方を向いた。
ターニャはなんか俺の後ろにサッと隠れた。
「あ、……ターニャ」
セシルは女ながら背は俺より高くて、僅かながら威圧的な雰囲気を持っている。そのせいかターニャはちょっと怖がっているようだった。
「おう、ターニャ。セシルに挨拶しとけ」
「……」
「……」
ところが、セシルもターニャもお互いジッと見合ったままだ。
い、いやセシルよ、そこは適当に笑って話しかけてやってくれよ?イングリッドみたいに。
……と俺が思っていると、セシルが口を開いた。
「……よろしく、ターニャ」
そう言ってターニャに手を差し出すセシル。
いや、取引相手と握手するみたいなんじゃなく、もっとこう……。
「……うん」
ターニャも一応それに応じるように手を出す。偉いぞ!
お互い握手――というよりはターニャの手をセシルが包み込んでいる、と言った方が正しいか?――して固まっている。
俺にはその時のセシルが凄く優しい目をしているように見えた。
「子供の手って柔らかいんだな……」
ポツリとそんな事をつぶやくセシル。
セシルに手を取ってもらっていたターニャはセシルに近づき、その足元にもたれかかった。
その瞬間セシルの顔がふわっ……と緩んだ!
なんか感動さえ覚えているような表情だ。
これは……、初対面の犬や猫に擦り寄って来られた時の感覚が一番近いのかもしれない。
セシルは膝をたたみターニャと同じ目線まで屈むと、
「じゃあターニャ、行こうか」
と微笑みながら話しかけた。
「ういーー!!セシルいこー!」
ターニャも元気に答える。
「よっしゃ!ほんじゃあ行くかー!」
――それから俺はしばらくセシルの隣でカブを押しながら歩いていた。
セシルとは商売の話ばかりしていて、当然といえば当然かも知れないがターニャは退屈だったようだ。眠くなってきたらしい。
俺はそんなターニャをリアボックスに突っ込むと、ターニャはその中で一瞬で眠りに落ちてしまった。
さすがに後ろに20キロの重量を乗せたカブを押して歩くのは重労働だ。俺はカブのシートを指差しながらセシルに、
「悪いけどここに乗ってくんねーか?道案内頼むな」
と、イングリッドの時と同じ乗車スタイルを提案した。
「え!?……でもカイトはどうするの?」
「俺はここに立って乗るから、お前は案内だけしてくれ」
と言う感じでセシルに説明したその時、カブがセシルの前で始めて顔を現した!!
「どーも、セシルさん!あなたに破れた敗北者です!夜露死苦ゥゥ!!」
げっ。この不貞腐れた様な態度……コイツまだ根に持ってるんじゃ!?
「え!?ええええ!?な、なんか……顔?が出てきた!?カイト、これは一体!?」
タブレットを凝視し、今まで見たことも無いぐらいの勢いでセシルは質問を投げてくる。
ここはカブ自身に答えてもらおう。俺は黙っておく。
で、カブはというと――。
「僕は会社名でもあるこの『スーパーカブ』の精霊であり、カイトさんのパートナーでもあります!……まあ、どーせ貴方には勝てませんがね……」
おいいい。なんでそう斜に構えてんだよお前は!?やっぱりまだ根に持ってやがるな。
「こ、この車は自分の意志を持っているのか……凄いとしか言いようがない……」
それはおれも同感だ。しかしそのおかげでお前は今までそいつに敵認定されてたわけだが。
「僕、凄い?」
「ああ、こんな小さい車体で長距離を走れるだけじゃなく、自分の意志まで持っているなんて、機械……というより本当に精霊なんだな……!」
カブは鼻を高くして答えた。
「もちろんです、僕はスーパーカブの精霊!なので僕は自分の意志でこの車体を動かす事もできるのです!」
ドゥルルルルン!!
カブはエンジンをかけギアを1速に入れ、軽く前に進んでみせた!
口を大きく開けて驚くセシル。そのままカブに駆け寄り真剣な表情でカブに今の思いを伝えた。
「カブ。これだけの事ができる君が、もし国の役人に見つかったら間違いなく研究施設送りだ!」
「あ、やっぱりそうですよねえ……」
共通の悩みとして俺も参加させてもらおう。
「そう、それなんだよ。そこが俺の一番の悩みでな。お前んちで一番話したかったのがそれなんだよ!」
セシルは目をつむり、ちょっと考えた末こう切り出した。
「カイト。国からの依頼に関しては私に任せてほしい。今回の貿易輸送でもカブの事は確実に秘匿にできる」
「あ、ありがとうございますセシルさん!僕あなたのこと誤解してましたーー!!」
カブは泣き顔をタブレットに映しセシルに感謝していた。全く調子のいいやつだ。
……ま、これでセシルとターニャ、そしてカブの関係は悪くないものになりそうだ。
俺はちょっと嬉しかった。
「じゃ、セシルよ。シートに乗って家に案内してくれ」
「了解」
セシルはそっとカブをまたぎシートの後部に座った。