65 愛の話
俺はちょっと悩んだ末にセシルに切り出した。
「なあセシル。実は俺はバツイチ――過去に結婚したけど今は離婚してて、元嫁さんや娘にも全く会ってねえんだ」
セシルの顔を見ると、ものすごく真剣な眼差しをこちらに向けていた。
俺は話しを続ける。
「まあ、これは俺が悪いんだ。家族をほったらかして趣味に没頭してた俺が悪い」
セシルは何も喋らないでただ俺の目を見つめている。
「ただ、俺も人間だからよ、たまーに人恋しくなるときもあるんだ……だから、その、……セシルよ」
「……はい」
「お前、めちゃくちゃキレイだし……、その、悪いけど二人きりでそういう感じになっちまったら正直自分の欲を止められる気はしねえ……」
セシルは少しだけ口を開けたまま黙っていた。
「……それでもいいって言うなら俺は行く!だが、ちょっとでも嫌なら断ってくれ!!」
途中で、俺ァなんちゅう事言ってんだ……と思ったが、なんとなくこれで良いような気がした。
後は、セシルの答えを待つのみだ!――どう出る??
「……………………」
しばらく長い沈黙があった。
セシルはうつむいていたが、その目から一筋の涙が流れているのが見えた。
俺は緊張したが何となく悪い予感はしなかった。
「カイトさん……私は……今まで仕事ばかりしていて、こういう事に触れて来なかったんだ。性格的にも何を考えているか分からないと言われ、一方的に嫌われる事も多かった」
俺は最初、ギルドでセシルと初めて会った時の事を思い出した。
誤解されやすい女……そんなイメージがしっくりくる。
「だから、……仕事に打ち込む事で恋愛事を忘れようとしてた。……でも、無理。やっぱり無理!」
セシルは泣きながらも顔を上げ、しっかり俺の顔を見て言った。
「カイトさん……今、凄く嬉しい……」
「カイトで良いぞ」
「――カイト、今日の夕方、ギルドの裏で待ってる」
「ああ、必ず行くぞ!」
俺は笑って答え、机を挟んだセシルの椅子の前まで歩いて行って両手を広げた。
セシルは立ち上がって俺にもたれかかるように抱き付いてきた。
そんな長身のセシルをしっかり受け止めて、涙を流す彼女を慰めるように背中をさすってやった。
――それから数分後、セシルは仕事に戻り、俺も仕事(営業)の続きをすべく奥の部屋から出て行った。
途中でカウンターで業務をこなしていたイングリッドが何かを期待するような意味深な笑顔を俺に向けてきた。
女ってほんとこういうの好きだな……。
俺は現代でも芸能人の恋愛や結婚、不倫など何が面白いのかさっぱり分からない人間だった。
「お、俺からは何も言わんぞ……」
とだけ言って逃げるようにギルドを後にした。
ふーっ。お次は……。
「あ、お帰りなさいカイトさん!」
コイツだ。
また前みたいに嫉妬されると厄介だが――俺は嘘をついたままでいる事が出来ない人間だ。
俺は真面目な表情を作ってカブのタブレットを見つめた。
カブは不思議そうに俺を見返している。
「俺な、セシルと付き合う事にしたぞ」
シンプルにそう伝えた。――さあ、どういう反応が返ってくるか!?
正直セシルと話してた時より緊張感がある!また暴走したりしねえだろうな!?た、頼むぞー……!!
するとカブはテレビが消えた時のように「プチュン」とブラックアウトし、111〜999までの揃った3桁の数字を画面での中で回転させ始めた!?パチスロ台か!?
「タッターララッターララッタッタッターン!」
謎の効果音と共にタブレット画面には777という数字が表示されている。
いやいや、どういう感情なんだお前?
「カイトさん、おめでとうございます!あんなキレイ女をゲットするなんて凄いですね!」
なんかいかにも作ったようなセリフだ。
俺は逆に心配になった。
「お前、それ本音か?」
俺がそう聞くと、カブはゆっくりと今の顔を映し出した、――げっ!?
……それは口をポッカリと開け目は虚ろで、生気の抜け切ったような表情だった。
しっかりダメージ受けてるじゃねーかお前!?
「おらっ!カブ、しっかりせんかいワレ!?男なんてフラれてなんぼだろが!(男かどうかは知らん)」
「カブ、げんき出せ!」
――精霊に乗り移られたスーパーカブが、その慕っていたカブ主をライバルの女に取られてしまい落ち込んでいるのを、カブ主の俺が励ます――という、文字にすると意味不明なのだが実際その通りだという不可思議な出来事が目の前で展開されてゆく。
ターニャも少ないボキャブラリーながら一生懸命カブを励ましていた。
――俺達の激励が功を奏したのか、カブは徐々に回復していくのだった。
「はは、そうですよね。……なんで僕カブのくせに人間の女性に嫉妬してるんでしょうか?」
「それは俺が一番聞きてえよ。とにかくちょっと落ち着いたか?」
「はい!ご迷惑おかけしましたがもう大丈夫です。張り切って仕事しましょう!!」
ターニャがカブの顔に笑いかける。
「カブ良かったねー!元気になって」
「ええ、これもターニャさん達が励ましてくれたお陰です!感謝します!」
そうなんだ、コイツは一時的に感情が爆発するが後からちゃんと反省するし謝ってくる。下手な人間より人格はまともだと思う。
……そもそも「人格」ってのが変な話か。
「よっしゃ、じゃあこっからは普通に仕事だ!営業するぞーカブ!」
「はい、カイトさん!でも当てはあるんですか?」
俺はちょっと考えてこう言った。
「最初はヤマッハで飛び込みで軽油を欲しがってる家をしらみつぶしに当たろうかと思ってたけどよ、そんな事したら俺もお前も目立ってしょうがねえよな?」
「そうですね!せっかくセシルさんが色々根回ししてくれてるのに……」
「だろ?……って訳で、考えると俺達が目指すのは――郊外の畑!第二のバダガリ農園。それを開拓していく!!」
「はい!了解です」
「ういーー!!」
――俺達はかれこれ6時間ほどそういった郊外の畑を探し回ったが、軽油を大量に買ってくれそうな所は全く無かった。
俺はガックリと肩を落とした。
「はあー……。何の成果もなかった……くそっ!」
「しょうがないですよ、むしろ営業ってそんなもんです!」
「おじ、元気だしてー」
今度は俺がカブとターニャに励まされるというなんとも情けない事になってしまった……。
そうこうしてる間に日が傾きかけてきた。セシルとの約束の時が近づいていく。
ここで一つの決断を迫らされる。
俺が男を見せるならターニャは家に置いて行かないといけない……。いやしかし……。
――悩んだ末に俺は決めた。