64 お話
――朝を迎えた。
俺は最近、一階の和室でターニャの隣に布団を敷いて寝る事が多い。しかし、ターニャはなぜか俺の布団に入り込み、アームロックをかましてくる。
起きると同時にその解除をしてから便所に向かうのが通常運転だった。
――しかし今日は一味違った。
「あれ?……ターニャ!?」
俺の隣で寝ていたはずのターニャの姿がない。んん!?
俺はちょっとビックリして慌てて起き上がりトイレよりも先にターニャを探し回ると、台所からいい匂いが漂ってきた。
「おじ、おはよー!」
「おおう!ターニャおはよう。……一人でなんか作ってんのか!?え、偉いなー」
俺が感心したように言うと、ターニャは
「おじ、だし巻きができない……!」
と悔しそうな表情でつぶやいていた。
ターニャの奴、踏み台を使ってコンロの上でしっかり卵焼き用のフライパンを火にかけていたのだが、……その中に出来ていたのは出汁巻き玉子ではなかった。
「おおっ、凄えじゃねえか!?一人でそんなとこまで出来るなんてお前、料理の才能あるかも知れんぞ!それはスクランブルエッグって立派な朝食だせ?」
それを聞いたターニャはちょっとポカンとして「スクランブルエッグ……?」と復唱した。
「おう、つまりお前はたった一人でちゃんとした料理を作れたって事だ!」
「お、おお……」
ポカンと口を開けていたターニャの顔がみるみるうちに輝きを帯びていく。
「わたし凄い!?」
「おう。だが出汁巻きはスクランブルエッグより難しいぞ、コツを教えてやる……が、その前にトイレだ!」
「あとで教えて!おじ」
俺は笑顔でターニャを振り返ってから便所へダッシュした!
その後、俺はターニャに作り方を伝授した。
そうしているうちにターニャは要領を掴んだらしく、完璧な出汁巻きを3本も作ってしまった!
マジでコイツ才能あるんじゃね?
「やったー!できたー」
「うおっ……凄えなお前……。でもちょっと作り過ぎちまったな。ラップで包んで冷蔵庫入れとこう」
「うん、れいぞーこれいぞーこ!」
後は適当にパンを焼いて二人で食った。
このバケットもまたバターを塗って食うと美味えんだ!
最初はだし巻きにパンは合わないと思ったのだが、実はもうそろそろ米が無くなる!
日本に戻った時の買い物リストに米を入れとかねーとな。
通販でまとめて買ってもいいが宅配ボックスがいっぱいになりそうで躊躇していたのだ。
そんな感じで朝食を終わらせカブの置いてある玄関へ向かった。
「おはようございますカイトさん」
「おう、おはようカブ」
笑顔のカブがいつものように元気に挨拶してきた。
「今日は営業でしたっけ?」
「……そうだな、特に決まった予定はねえから顧客開拓といくか!」
「了解です!」
――という訳で、いつも付けている荷車は今回は家に置いていく。
そしてリアボックスに軽油缶を一缶積み、ターニャはというと本人もお気に入りの俺の前に立って乗るスタイルに収まった。
「よっしゃ行くぜー!」
「ういーー!」
――トゥルルルルッ!
ガチャッ、ブウゥゥゥゥゥン!!
プリッピングで軽やかにエンジンブレーキを効かせつつ坂を下っていく。
やっぱり荷車がないと全然運転しやすいぜ!
「ふはははっ!よしカブ。一旦ヤマッハのギルドへ行くぞ。一応依頼がないか見てくるわ。……多分ねーと思うけどな!」
「分っかりましたー!」
……その後、ギルドに到着し俺は笑顔でカウンターに近寄った。
「……」
イングリッドは無言の笑顔を俺に向けてきた。
「無いよな?」
俺はイングリッドに問いかけた。もちろん依頼があるか無いか――という話である。
「カイトさん、実は今日……」
俺は意外に思って「おっ!?」という顔になった。
「依頼はありませーん!残念でした……」
俺はしかめっ面になってイングリッドに詰め寄った。
「なんだよ、結局ないんかい!?期待したじゃねーか」
イングリッドは両手を合わせてゴメンナサイという仕草をして、それからちょっとからかう様に俺に昨日の事を聞いて来た。
「ね、カイトさん。……昨日セシルさんといい感じだったんじゃないですか?」
俺は気恥ずかしくなり、そういう話は元々苦手だったのですぐに否定した。
「そ、そういう話じゃねーわ。あくまで商談だ。国からの依頼についてのな!」
しかし尚もイングリッドは聞いてきた。
「えー、でもお二人共凄く距離も近かったしー……気になるなー……ちなみにセシルさんは独身ですよ?」
「うっ、うるせーよ。ほっとけ!」
マジでこういう話は苦手だ。
ここで奥からセシルが出てきた。そして俺を見て自然と笑顔になった。
「あ、カイトさん。お勤めご苦労様。残念ながら今日も依頼はないよ」
俺はイングリッドの方を見て答えた。
「ん、今コイツに聞いたよ」
セシルは改めて真面目な表情を作り、話を切り出した。
「前もちょっと言おうとしたんだが……、個人的な事でもあるので恐縮なのだが、今からちょっとお時間よろしいか?」
セシルがカウンター奥を指差すと、イングリッドは俺に「どうぞどうぞ」という感じで手で俺を中へ促してくれた。
「お、おう。じゃあちょっと失礼するぜ」
俺はカウンター奥に入ったのは初めてだったが、とにかく大量の資料に圧倒された。
「うおっ!めちゃめちゃ書類が多いな!?」
「ああ、会社、個人、取引、法律……などなど文書化する事は無限にあるのでね。一応私は全て頭に入れているが……」
サラッと言ってのけるセシルだった。
え?これ全部をか!?ヤバくね?
それから俺とセシルはさらに奥の廊下へと移動し、とある部屋へと案内された。
そこは少し他の部屋とは違い、何というか室内が豪華に感じられた。
接待用の部屋かも知れない……。
「どうぞ……」
と、セシルは俺に椅子に座らせるような手ぶりをした。
机を挟んで俺の対面の椅子に座ったセシルは、息を整えて言った。
「カイトさん。今後は国の依頼も含めて話す事が増えるかも知れない。秘密にしておくべき内容の話もあるし……あの、カイトさん、良かったら私の家の場所を教えるので……細かい打ち合わせ等はそこでお願い出来ないだろうか?」
なるほど、確かに昨日の書類改ざんの件とか世間にバレちゃまずもんな。
――でもセシルよ、それだけじゃねえだろ?