61 大きな取引とリスク
「その女ってもしかしてイングリッドか?」
「あ、実はそうです……はは」
ちょっと照れてそう答えるミルコ。
イングリッドもかなり性格のいい奴だ、ミルコとはお似合いだぜ。
――「よっしゃ、じゃあ飯も食ったしヤマッハまで送るわミルコ。俺とカブはそれからギルドへ行ってセシルの話を聞いてこよう」
「あざます!」
俺はその時、ターニャから「私もつれてけ!」という目線を感じ取った。
「なんだターニャ。お前もヤマッハ行きたいって?」
「うん。いくー!」
両手を上げて行く気満々だとアピールするターニャ。
荷車にミルコと二人乗せたらなんとかいけるか……!よし。
「分かった。お前はミルコと一緒に荷車に乗っとけ!」
「ういーー!」
ターニャはそう返事をすると、そそくさと荷車によじ登って中に入った。
「おおっ!ターニャちゃん素早いなー。じゃあ俺も……ちょっと失礼するよー」
ミルコも荷車に乗り込むと、ターニャは座ったミルコの背中にしがみついた。
「ターニャちゃん、しっかり捕まっといてね」
「うん!」
二人共準備は出来たようだ。
「じゃあ出発するかー!」
「はい!」
「ういーー!」
「行っきまーす!」
――プルルゥゥー……。
やはり流石に重たいらしくスタートはゆっくりだった。
しかし徐々に速度を上げていき、例の急坂に差し掛かったとき――。
ガタンガタン!!
「うっひゃー!!下り坂は怖いっ!」
「あはっ、あははっ!」
後ろの荷車からは、怖がっているであろうミルコと、それとは対照的にまるでジェットコースターのように楽しんでいるターニャの声が聞こえてくる。
「人を乗せてると緊張しますね……!」
カブが汗をかきながらそうつぶやいている。
「いつもターニャ乗せてるじゃねーか?」
「いやー、リアボックスと荷車では気の使い方が違いますよー!」
確かに、荷車を繋いだ状態で急な旋回をかますと中の荷物や人は吹っ飛ぶ!
「お前らちゃんと荷車に捕まっとけよー!」
俺は一応後ろの二人に声をかけた。
「ふ、ふぁい!!」
「うぇーーい!!」
ガラガラガラッ……。
しばらくすると俺達は見慣れたヤマッハの給油所までやって来た。
そこで俺はカブを停めた。
「ミルコ、ここでいいな。お前仕事は昼からか?」
「そっす!カイトさん。今日はありがとうございました!カブ君、ターニャちゃん、またね」
「はい!ミルコさん。またお会いしましょう!」
「またねー!」
俺は別れ際にカブに乗りながらミルコに手を振った。
――トゥルルルルン!
「いやー、それにしてもいい奴だったなアイツ」
6〜70キロの人間が荷車から降りた事によって、走りがかなり軽快になったカブに俺は話しかけた。
「はい!実に真面目で気さくな好青年でしたね」
「ミルコはいいやつー」
「おう、間違いねえ!是非ウチの整備士として雇いたいぜー!」
「その為にはもっともっと稼がないといけませんね!今の状態だと安定収入は3日おきのキルケー便の1500ゲイルぐらいですし、貯金も4万ゲイルちょいじゃまだまだ不安すぎますね」
「おう、そうなんだ。だからこそ今回のセシルの話は重要だ。しかし下手に目立つと国に目をつけられる……その辺のバランスがかなり難しい……」
「ですよねー。うーん……悩ましいなー……」
――などといった心配事をかかえつつ、俺達はいつの間にかギルドに到着していた。
「よし、ターニャ。ちょっとセシルと話してくるから待ってろよ」
ギルドの前で俺がターニャにそう言うとターニャは渋い顔をした。
「えー。ターニャも行くー、セシルと話すー!しょうだん!しょうだん!!」
「いつの間にそんな言葉覚えたんだ!?まあいいや、じゃ行くか。でも多分お前にゃよく分かんねー話になる思うぞ?」
「いいー。それでも行く!」
俺は「ふっ」と笑って、無言でターニャの手を引いて中に入った。
カウンターに行くといつも通りイングリッドが書類を眺めていた。
「あ、カイトさん!ターニャちゃんもこんにちはー」
いい感じの笑顔で俺達に挨拶してきた。
「おっす」
「こんにちはー!」
お、ちゃんと挨拶できたなターニャ!
「あ、そうそう。セシルさんがお話ししたい事があるって……ちょっと呼んできますね」
「ああ」
しばらくしてセシルがカウンターの奥から顔を出した。
「カイトさん。……来ていただき感謝する」
あれ?セシルの奴、なんかやたら嬉しそうに微笑んでいる……ような気がするぞ?こんな奴だったっけ?
「今回の話なんだが――外でいいかな?カイトさんの車を見ながら話したいんだ。どれくらい荷物を積めるのか見ておきたい」
うわっ……。早速か、まあいい。セシルに俺達の抱えてる問題を打ち明けてみるか……。
俺は「おう」とセシルに同意してカブを停めた場所に案内し、まず初めにこう伝えた。
「あのよセシル。国の物資を輸送するって仕事はめっちゃ引き受けたいんだがな……一つ心配事があってよ」
「……何?」
「実は俺の乗ってるこの車なんだが、出来れば周りの人間にはあまり知られたくねーんだ」
「それは、どういう理由で?」
俺はカブのシートに軽く手を乗せて説明した。
「俺の車……カブって名前なんだけど、コイツはちょっと高性能過ぎてよ、変に目立つと国の役人とかに目をつけられて研究対象とかにされちまうかも知れん。もしカブが国に没収でもされたら俺は仕事を失うし……なによりコイツは俺の大事な相棒だから手放したくねえ!」
それを聞いたセシルは顎に手を当ててしばらく考えた後、口を開いた。
「なるほど、確かにこのスズッキーニは今、技術開発競争の真っ只中だ。以前カイトさんがやってのけた様にヤマッハからハイビム村までを半日もかけずに往復出来る高性能な車の存在を、国の連中が放っておくとは思えない……」
やっぱりか……。
セシルは続けて言った。
「しかし……、隠し通すのは難しいだろうな。カイトさんが普通に普段の仕事をこなすだけでそれがカブの高性能さを証明する事になるし、やはりどこかで噂は立つだろう」
「うーん、そうなんだよなぁ……」
するとセシルは俺に近寄り耳元で小声でささやいた。
「コレは内密にしてて欲しいんだが、国からの配送依頼に関しては私の裁量で配達開始日を大幅に前倒しに偽装する事が出来る。それなら目立たずに済むかも知れない」