57 オイル交換
「あ、カイトさん。メンテ始めますか?」
「おう!久しぶりで結構忘れてるとこもあるけど、ミルコに解説できるぐらいには思い出さねーとな。とりあえずカバー外して……ついでにオイル交換だ」
工具とマニュアル、そして無線LANの電波の届く範囲で動画を見るためにスマホも用意した。
「うっし。じゃあ始めるぞ!」
「はい!お願いしまーす」
カブは毛を刈られている羊のようなうっとりした表情になった。
なんか羨ましいなお前……。
……というわけで早速俺はカブのフロントカバーから外していった。
カブのカバー類は大体ほぼプラスドライバー一本で外す事が出来る。
「あー、なんか思い出してきたぞ。このレッグシールドのネジが鬼のようなトルクで締められてて最初に外す時かなり苦労したんだよなぁ……」
「へー、そうだったんですかー」
カブが相槌を打つ。顔は相変わらず緩んだままだ。
俺は気にせず作業を続けた。
――ガコッ……カパッ……。
「ふぅ、よし外せた。これでカバーは大体外せたな」
するとカブが感想を述べた。
「うー、なんかスースーしますよカイトさん!僕はクロスカブやハンターカブと違って元からレッグシールドで覆われてましたから……なんか落ち着きません!」
「ホントに人間みてえな奴だなお前」
「親しみやすいでしょう?僕」
「うっせえわ……なあ、ところで今ちょっと考えてんだがよ……」
「何です?」
「キルケーでもちょっと思ったけど、お前の事調べたがってる奴に今後、どう対応するべきかと思ってな」
カブは一瞬キョトンとした顔をして、俺の質問を理解したように「あー……」とうなった。
「まあ確かに僕の存在ってこの世界では特許の塊みたいなもんですからね。ミルコさんは信用出来そうですが他の人……特に研究者っぽいタイプの人は強引に僕を調べようと狙ってくるかも知れませんね」
「ああ、いつまでも――コイツは精霊だ――でまかり通れば良いんだが、中途半端に科学が発展してるこの世界の事だ。いつ国から『カブの事調べさせろ』と言われるかも分からん……それが不安ではある」
ここでカブは思い出したように話を始めた。
「え、じゃあギルドでセシルさんが言ってたような国からの依頼も受けないって事ですか?」
俺はますます悩ましげな表情になって首を横に振った。
「い、いや……そこを何とか上手くやるんだよ!なんせ国からの報酬だぞ?相当な額になるハズだ!ぐふふふ……」
カブが白けた目で俺を見つめてくる。
な、何だよ……お前にとっても金は必要だろ?
「ま、まあその辺はなんとか上手くやるしかないですよ。今はミルコさんのように信用出来そうな人を増やしていきましょう!」
「お、おう。そうだな!」
カブに上手い事まとめられるとは思わなかったが確かにその通りだ。
とりあえず今はコイツのオイル交換に専念しよう。
俺は平らなトレーに大きめのビニール袋をかけ、その中にオイル吸収用のキッチンペーパーをガサっと多めに入れた。
次はソケットレンチで、下から傘付きのボルトをまわ、……す……くっ、硬っ!
忘れてたがこのドレンボルトは結構硬めに締めてある、ゴムハンマーとかがあればいいんだが……。ふっ!……おらっ!!
「ああーカイトさん……そんなっ乱暴にしないでー!あっ……ああーっ!」
「うるせえ!!変な声を出すな」
俺はちょっと力が抜けた。しかし――。
――カキッ!!
あっ!やった……。やっとだ、回ったぜ!ははっ。
そこからもう少しソケットレンチでボルトを回した後
俺は薄手のビニール手袋をはめた手でゆっくりとボルトを緩めていった。
コポッ!……ボルトが外れてスプリングと茶こしみたいなものと一緒に黒茶色のオイルがドバッと溢れ出てきた。
「ああーっ。で、でるうぅー、ああーーっ!!」
「おい!お前ワザとやってるだろ!?気色悪い」
「あはー、ああー気持ちいいー……」
カブは昇天したような顔をしていた。コ、コイツ……。
俺は呆れた。
もうカブの言う事はほっとこう。交換作業を続行する!
俺はカブの車体を前後に揺らし出来るだけ多くのオイルを排出させた後、ドレンボルトを下からはめてソケットレンチで締め直した。
「ふぅぅぅぅぅーーーーっ……」
湯船から上がったおっさんかお前は。……まあいい。
「じゃああとはこの新しいオイル『ウルトラグレート1』を入れて終了だ」
――トポトポトポ……。
現在、オイルの給油口に注がれているオイルは予め必要な量を計量してあるので、そのまま全て注ぎ込んでも溢れることはない、が、一応オイルレベルゲージでオイルの溜まり具合を見つつ微調整して注ぐ。
「よっしゃ。これぐらいでいいな。おいカブ、どうだ?新しいオイルの感触は?」
まどろんだ状態からハッとしたようにカブは答えた。
「は。はい、カイトさん。ちょっとエンジン回してみますね!」
「おう」
ギャギャッ、ドゥルルルルン――!
そうしてエンジンを始動させ、しばらくオイルを循環させてから、カブは感想を漏らした。
「あ、何かほんのちょっっっとだけエンジン内部の摩擦が少なくなったような……気がしないでもないような……うーん……」
「……結局お前本人にも変化はよく分からんって事か?」
「は、はい……すいません!僕の感性が鈍いのかな……?」
「いや、俺もオイル交換でそこまで走りとかが変わったと思ったことはない、そんなモンじゃねーか?」
「で、ですよね?でも交換せずにいると必ずエンジン壊れますから注意は必要です!」
「おう」
そしてオイルの交換作業を終えた俺は、ミルコに説明しづらいあるエネルギーについて考えていた。
「……そう、あと『電気』の事をどうやって説明すっかな」
カブは即答した。
「電気――ですか。それはもう精霊特有の魔法エネルギーと言うことで納得してもらうしかありません!」
「うーむ、それしかねえか……」
俺は渋い顔をした。カブは不思議そうに俺に聞いてきた。
「カイトさん、なんか残念そうですね?」
「ん、ああ……。ミルコみてえに純粋な奴にはちゃんと科学的にちゃんと教えてやりたいんだがな……、ただ……」
俺が言い淀んでいると、カブがその代弁をした。
「あんまり科学的な事を詳細に話すと、いつか噂になって誰かの耳に入り目をつけられる……とかいう話ですか?」
「ああ、目立ちすぎないように、かつ会社としてスーパーカブの仕事はしっかりこなさなきゃならねえ。その辺のバランスが難しい」
「カイトさん」
「ん?」
カブは目を瞑って言う。
「大丈夫です!」
「……何でそう思う?」
「何となくです!カイトさんは心配性過ぎますよ。前向きにいきましょうよ!はっはっは。僕なんか何も考えてないんですよ!」
……胸を張って言うな。と俺は心の中でつぶやいた。