515 長旅お疲れさん
俺は大泣きするエルドを抱えて、緑カブのところへ運んだ。
そしてエルドをシートに乗せるとエルドはピタッと泣き止んだ。
「お前、体どっか痛いか?」
「んー……痛く、ない」
「よし、じゃあもう少しで出発だからな。もう少しだぞ」
そう言って手で頭をクシャッとしてやると、エルドからはもう笑顔が漏れていた。
「もー、心配させるな!エルド」
後からターニャもやって来て俺と同じように頭を揉んで慰めてくれていた。
「うひぃー、ごめんお姉!あはっあははっ!」
呑気な奴め、まあ怪我がなくて良かったわ……。
さて、一方ではミルコとガスパルの出発の準備が整い隊列の先頭から2.3番目に入っていた。
「どうだガスパル。行けるか?」
――ドコドコドコドコ、ドルルルル……。
「うおっ!これ、かなり重てえなァ!?荷物3分の2にしてこれかよ!!」
「こっちも3分の1にしては異様に重いっす!……まあなんとか引っ張れますけど」
ガスパルとミルコが唸っている。どうやら相当な重量らしい。
まあそうだよな。ギガーブの内部構造は知らねーが、実際にギアがぶっ壊れるレベルの物量なんだよな。
「ビスマルク、これも貴重なデータになるんじゃねーか?どれぐらいの重量までギガーブで引っ張れるかっていう」
俺にそう問われたビスマルクはコクリと頷く。
「そうだなカイト社長。今回はギガーブの初の長距離走行だ。もちろん記録はしっかりと取っているさ、サスペンションの沈み具合から積載可能重量を割り出してな」
俺はビスマルクの返答に安心したが、さらに助言しておこう。
「サスペンションの沈み具合で重量が割り出せるならよ、同じようにギガーブと荷車を繋ぐ部分にもバネを用意してその伸び方を見といたらいいぞ。坂道の勾配によって負荷のかかり方は全然違うからな」
「ありがたい。帰ったら報告しておこう」
ビスマルクの奴、最初の頃の傲慢さが薄まってかなり真面目な受け答えになっているな。いい感じだぜ。
最後に、壊れたギガーブに乗っていた団員から挨拶が交わされた。
「では副長。私はこのギガーブの見張りを致しますのでどうかご安全に!」
「ああ。忘れてないだろうが、そのギガーブは開発に一台2000万ゲイルの資金が投入されている。盗賊に破壊されでもしたらそれこそ我らの信用も地に落ちるというものだ。しっかりと頼むぞグリーン!」
「はっ!お任せを!!」
グリーンと呼ばれたその団員は自慢の大剣を構えて不敵に笑って見せた。その立ち姿からは強烈な威圧感が放たれ、同時に任務に対する使命感も感じ取れた。
そうだ、コイツらバリバリの兵隊なんだよな。盗賊なんて相手じゃねえか。
おっと、もうそろそろ日が落ちる。さっさと出発しよう。
「カイト社長、出発準備はよろしいか!?」
先頭のビスマルクから大きな確認の声が飛んだ。
――パッパッ。
「大丈夫だーっ!」
俺はホーンを2回鳴らして大声を返した。
――ドゥルルルルン!
そうして再び出発した俺達。すでに辺りの山道は真っ暗である。
そんな中で、俺はカブのヘッドライトの明るさに比べてギガーブのヘッドライトが非常に暗いことに気付き、久しぶりにカブに声をかけた。
「なあカブ」
「はい!何ですかカイトさん!?」
「ギガーブのヘッドライトって暗くねーか?」
カブはタブレットに苦笑いを浮かべて答えた。
「いやー、まあ仕方ないんじゃないですか……?多分ギガーブのヘッドライトってLEDじゃないのはもちろんハロゲン電球ですらないでしょう!?」
「多分な。何らかの金属線に電気を通しただけの、本当に純粋なただの“電球”だろうな」
電気技術も最近やっと進歩してきたぐらいだ。そのうち少しずつ良いモンが開発されるに違いない。
俺はそういった技術発展ってのに凄くワクワクしてしまう方なのだ。ふふ。
しっかしこの辺も山賊はほとんど出なくなっちまったな。
以前、ゼファールにはスパイダーという犯罪組織があった。
しかしそのボスを俺とカブが捕まえてドゥカテーの王様に突き出してからというもの、代わりのスパイダーのボスにカリスマ的な存在が出てこず、ほぼ壊滅状態だと聞いている。
まずそもそも犯罪が起きる原因として大きいのは、やはり“貧困”があるだろう。
食うに困った状態で目の前に食料があれば盗もうとする人間もいるだろうし、どうせなら犯罪組織に入った方が確実に飯にありつけると思う奴も出るだろう。
この5年間で、スズッキーニの宰相であるジクサールはその大元の原因を解決すべく俺達を大いに活用した。
国も理解していることだが、俺達スーパーカブ油送は輸送に関するコストがかなり低い。燃料、時間、人材……どれも非常に少なくて済む。その割に仕事は確実にこなす。
そりゃあまあ重宝されるわって話だろ?
――他国が不安定な情勢のときには食料や医療品などの生活に必要な物資を輸送支援して、その見返りに国の現状をスズッキーニに持ち帰って欲しい――。
俺達がジクサールから頼まれた内容だ。
まあ物資を支援するといえば聞こえはいいがぶっちゃけ他国に貸しを作っているともいえて、その辺さすがに抜かりないと感心する。
あと、他国の情報を持ち帰るといっても、俺達がその国のスズッキーニ大使館から文書を持って帰るだけの楽な仕事だ。
おかげでスズッキーニ周辺のゼファール、レブル、そして治安の最悪だったあのニシナリアでさえも紛争の火種すら聞かなくなった。
そんだけしっかり国益や外交を考えてくれてるんなら俺達としても仕事のしがいがあるってモンだぜ。
さて、そこからの旅路は順調に進み。いよいよゼファールの要塞都市ニンジャーが見えてきた。
「おっ、すっかりお馴染みになってるニンジャーだ」
「カイトさん、僕らもうかれこれ20回はここに来てますよね!?」
「だな!」
慣れた俺達に比べて、初めてここに来るエルドはどうだろう?
皆が荷物検査を受けるためにバイクを停めたとき、俺は真っ先にエルドを見に行った。
「よく頑張ったなエルド!疲れただろ!?」
するとエルドは目をシパシパさせながら俺の方に体を倒して来た。
「お父……ねむいよぅ〜…………」
どうやらとっくに限界を迎えていたようだ。
俺はそんなエルドを抱きかかえてカブの荷車に寝かせた。
そしてターニャにこう告げる。
「お前もお疲れさんターニャ。俺達は荷物も積んでないし、先に宿に入っとくか」
「うん……私もちょっと眠いししんどい。ふあぁー……」
ターニャも口に手を当てて眠そうだ。お疲れさん。
その後、俺達はほぼ顔パスのような状態でニンジャーを通過する。
そして輸送団のメンバーやミルコとガスパルに先駆けていつもの宿屋に到着した。
この宿も、以前より貿易が盛んになったおかげで家屋は増築されて大きくなり、裏手にはだだっ広い駐車場と倉庫が建てられていた。
「あ、いらっしゃ……あれ!?もしかしてカイトさん!?」
「おうハンナ。ちょっと子供が眠っちまいそうでな、他の皆より先に来たんだ」
俺はそう言って背中におぶったエルドを見せた。
「あ!そーかそーか、うん。分かったよ。じゃあ部屋に案内するね」
相変わらず明るい奴だ。つられて笑ってしまう。
しかしここでハンナは一つお願いをしてきた。
「ね、カイトさん。ここを出るときでいいからさ、ちょっとお願いがあるんだけど……」
ん?