511 夫婦喧嘩
――ダララララララー。
そのあと、ビスマルク率いる輸送団の皆はギガーブでギルドから帰っていった。スズッキーニからの貿易品を残して。
「へえー、あんなバイクが出来てたんだ」
セシルは去っていく輸送団の姿を見送りながらそんな感想を口にする。
「ああ、俺さっき乗ってきたけどパワーがあって排煙も少ない。いいバイクかもしれん」
「乗ってきた?」
不思議そうに首を傾げるセシルだったが、事情を話すと納得してくれた。
「ああ、そういうことね。インテグラ家の館までね……」
セシルはそう言ってエルドの方をチラッと見ると、エルドはニカッと笑って自分の乗ってきた緑カブを指差した。
「お母さん!僕、カブ乗って一回もコケなかったよ!」
セシルも少し安心したように微笑み返す。
「そう、良かった……あんた何するか分かんないから心配だったの」
「ふふー、僕天才だしー絶対こけないしー」
あ、コイツまた調子に乗ってんな?
「エルド、お前がいくら上手いと思ってても絶対にいつかコケたりして事故るんだぞ。間違いねえ」
「えーそうかな??」
「ああ、絶対にだ。特にお前みたいな好奇心旺盛な奴はな。むしろ早めに事故ってくれた方が運転の怖さが分かって良いくらいだから大いに事故っとけ!」
俺が持論を述べると、セシルが反発してきた。
「ちょ、ちょっとカイト。事故っていいなんて言い方したらダメでしょ!?この子真に受けて本当に危険なことして大怪我したらどうするの!?」
「いや、事故は長く乗ってりゃ絶対いつか起きるもんだぜ?そんなに警戒しまくってたら乗ることなんてできねーぞ?」
セシルは尚も不満気な様子だった。
「ターニャのときは心配なかったから何も口出ししなかったけど、エルドは違うじゃない!?それはカイトもよく知ってるハズでしょ?だからこそカイトがちゃんと注意しといてくれないと!」
「……っていうか、子供が変な運転したがるのは別に普通のことだろ!?コイツの頭ん中じゃ『こうしたら一体どうなるんだろう?』っていうワクワクが常に湧き出してんだよ!そういう好奇心ってのは凄え大事なモンなんだ。危ないからって大人がなんでも無闇に否定していいモンじゃねえだろが!!」
「やめてーおじ!」
――ドカッ!!
俺達の言い争いに割って入ったのはターニャだった!
いつもそうだが夫婦ゲンカになるとターニャが俺に向かってタックルを切ってくる。間に入るとかではなくタックルだ。
俺の太ももにガッツリと腕を回して低い姿勢の割とガチなやつだ。本気で俺を押そうとしている。
「ふんぬーっ!」
足腰が割と頑丈な俺なのであまり効かなかったが、そんなターニャがいじらしかったので後ろに下がってやることにした。
一方セシルの方にはエルドが付張り付いて、興奮を抑えようとしている。
「やめてー僕のために争わないで!?」
何だその乙女みたいなセリフは!?
「あ、あんたが心配だから……!……っ」
セシルが何かハッとしたように口に手を当てた。
一方俺はもうすでに落ち着いていたので、ちょっと気まずそうに頭を掻きながらセシルの方に目をやった。
「す、すまんセシル。ちょっと頭に血が上っちまってた」
「……ん……」
「……」
お互いちょっと気まずそうにしてしばらく無言になったが、こうなったら大体もうお互いの気は済んでいる。
「……仕事、戻るね」
「おう」
そうしてセシルはギルドの本館の方へ歩いていった。
俺とセシルは傍から見ると割と中のいい夫婦に見えるらしいが、こういう軽いケンカは普通にあるのだ。
「もー!ケンカしたらダメじゃんおじ!?」
両腰に手を当てて仁王立ちのターニャがプンスカと怒っていた。
「ああ、心配かけてすまんかったな……ってかお前、ケンカの時なんで毎回タックルしてくんだよ!?」
「だっておじは倒れないもん!」
「そ、そうだな」
細身のセシルにそんなことしたらぶっ倒れちまうな。
するとエルドがニコニコしながら呑気にこんな一言をぶっ放した。
「みんな仲良しがいちばんだよー!?」
「お前が原因だろ!?」
「あんたのせいでしょ!?」
「ええー!?」
エルドがあんまり反省してなさそうだったので、俺は少し気を引き締めてエルドに顔を近づけた。
「エルド……母さんはな、本当にお前が心配なんだぞ」
俺のテンションの落差に、少しギョッとしているエルド。そして人差し指で自分を指差す。
「ぼ、僕?」
「ああ、多分アイツは……セシルは俺の100倍ぐらいお前のこと心配してると思う。母親ってのはそういうもんだ」
「……う、うん」
俺はエルドの肩をパンと叩き最後にこう言った。
「バイクに乗るのは全然良い。ちょっとぐらい変な乗り方してもいい。でも、母さんをあんまり悲しませちゃダメだぜ?」
エルドは何か考えているようにしばらく俯いたあと、さっきまでより少しだけ真剣な眼差しで答えた。
「うん!」
「よっしゃ。じゃ、帰るぞ」
そうして俺達三人はギルドから家路についたのだった。
帰り際にターニャが聞いてきた。
「ねえ、おじ?」
「ん?」
「おじとセシルはたまにケンカするけど、もしかして仲悪いの?」
俺はちょっと考えて思っていたことを述べる。
「悪くねえぞ?というか、逆にずっと一緒にいて一切揉めないほうがヤバイだろうな。その場合は片方、あるいは両方がめちゃくちゃ我慢してるか、もう疲れ切ってお互い無関心になちまってるか――のどっちかだ。離婚寸前の夫婦みたいにな。まあ例外もあるかもしれんが」
「ふーん……」
「人が二人以上ずっと同じ家にいたらな、どっかで絶対揉め事ってのは起こるもんだよ。問題はその後だ。ずっと尾を引いてるのは良くねえ。ま、その辺お前らは気にすんな。っていうか心配かけて悪かったな」
「大丈夫だよおじ。ねえエルド?」
「うん!だいじょーぶ!」
なんかコイツ等子供のくせに逞しいな。ま、良いことか。
「やっぱり人間って複雑ですよね!?」
それまで黙っていたカブも自分の意見を述べるがお前も大概だぞ。
その夜、俺は寝る直前にセシルの部屋の扉をノックして半分開け、椅子に座ったセシルに後ろから「昼間は悪かったな」と小さめの声で一言謝った。
セシルは振り向かないままゆっくりと答えた。
「ごめんなさい。私、気付いたよ……肝心のエルドの気持ちを考えないで、自分の心配だけしかしてなかった、って」
「……」
俺は少し間を置いて、高めのトーンで思い出すように話した。
「エルド言ってたぜ?お母さんを悲しませないようにするって」
「……!?」
そこでやっと振り向いたセシルは、安心したような笑顔を浮かべていた。
おやすみ。