51 王室
――気がつくと夜明け前になっていた。
「ああ、そういや昨日はターニャと風呂入って出たら眠くなって一緒に寝ちまったんだな……」
隣ではターニャがスヤスヤと寝息を立てている。
俺はのそっと起き上がり、トイレで小便を放出し、洗面所で顔を洗い歯を磨いた。
ややボケーっとしながらも今日の予定に頭を巡らせる。
「今日は軽油タンクを持っていく必要はないな。……いや、一応どこかで営業も出来るかも知れん、一缶だけ持って行こう」
「おじ、おはよー……」
後ろからターニャが目を擦りながら挨拶して来た。
「おう、おはようターニャ」
「今日はどこ行くー?」
ターニャはワクワクしているような顔で俺に聞いてくるのだった。
「今日はヤマッハからバダガリ農園まで行ってキルケーへ行って帰って来るぞ!」
俺がそう言うとターニャから笑顔が一瞬で消えた。
「えー……キルケーってあのゴミがいっぱいの所。やだー……」
「ぶはははははは!そうか、行きたくないか!?まぁそうだろうなー、はっはっはっは!」
ターニャの素直な意見に俺はなんか笑ってしまうのだった。
しかし意外とターニャは賢かった。
「でも行かないとダメなんでしょー?」
俺は苦笑いでこたえる。
「そうなんだよなー。いやー、お仕事の辛い所なんだなこれが……でもお金は大事だからな」
「お金、だいじ……」
「うん、そうそう!」
「カブにも乗れる」
「おう!またたくさん走る事になるぞ!」
「ういーー!」
ターニャは白い歯を見せて笑った。
コイツ、将来は立派なカブ主になるかも知れん。大きくなったら絶対運転させてやるぞ!
その日の朝食はいつも通りだった。
長くて固いパンを切ってトースターで焼いたもの、そして目玉焼きとサラダを一緒に頬張る。
うん、うまい!
なんでこの世界の食材はこんなに美味いんだろうな?
「ごっそさん!」
「おじ、はやーい」
俺はちょっと照れた。
「早食いなのは昔からなんだ。お前はちゃんと時間かけてよく噛んで食えよ。お腹痛くなるからな」
「うん」
モグ……モグ……。
「カブは異常ねーかなー?」
俺は玄関に向かうと、すぐにカブの声が聞こえてきた。
「おはようございます!カイトさん」
「おはようカブ。車体に異常はねーか?」
「バッチリです!いつでも出発出来ますよ!」
「よし、今日もしっかり稼ぐぞー。とりあえず荷車を後ろに付けるか」
「そうですね。今日は軽油缶運ばなくて良いので楽ですよ!はははー」
……それから俺とカブは広い庭に出て荷車を連結させた。
手慣れたもので数十秒で出来てしまった。
すると飯を食い終わったターニャがやって来て、なんか凄い事を言い出した!
「おじ、ターニャもカブ乗ってみるー!うんてんするー」
「いやお前、シートに座ったら手も足も届かないだろ?……ちょっと、こっち来い」
俺はセンタースタンドをかけ、カブに乗車姿勢で座りながらターニャを手招きした。
荷物満載時に非常手段としてターニャを真ん中に乗せる方法を考えていたのだ。
まず俺がシートに深く腰掛ける。
そしてターニャをステップに乗せて立たせ、尻をシートの先に乗せるようにする。
手はインナーラックの縁の部分を握らせる。
「うーん。まあこんな感じでいいか。ターニャ、絶対シートから落ちないように手足で踏ん張るんだぞ!」
「う、うん……」
「カブの一部なら僕がある程度動かせますが、足を滑らせたりして落ちたらどうにも出来ません。ターニャさん、くれぐれも慎重に!」
「……うん!」
緊張の面持ちでターニャは構えている。
俺は自分の足をターニャの足の外側にステップに乗せて置き、シフトチェンジやフットブレーキも普通にこなせるような体制である。
「ほんじゃ動かすぞ!」
ドゥルルッ……!
俺の方からターニャの顔は見えないが、恐らく何らかの感動を覚えているような気がする。
少なくとも怖がったり降りたがっている風には見えない。
「もう少しスピード出すぞ」
ドゥルルルルルー、カシャッ。トゥルルルルルッ――。
「おーっ!凄いー。カブはやーい!!」
お、やっぱりなんか興奮しているみたいだ。
「よっしゃ。このままヤマッハまで行くぞ!しっかり捕まっとけよターニャ!」
「う、うん!」
「行きまーす!」
――ドゥルルルルン!ザザザザッ。
「あはっ、あははっ!!」
ちょっとは怖がるかと思ったが、山道の下り坂でも楽しそうに笑ってやがる。
中々に逞しい……。
「安心したぜ、ターニャ」
「カイトさん、僕も同感です!じゃ、ヤマッハまでノンストップで行きますよー!」
トゥルルルルルン!
――ヤマッハへはそれから20分ぐらいで到着した。
「お、ちょっと給油所寄って行くぜ」
「あれ?カイトさん。何か買うんですか?」
「いや、給油所の店員……ミルコって言ったっけ?アイツと世間話だ。この世界はスマホやネットなんてねーから、仕事に役立つ情報とかは自分から話を聞きに行かなきゃダメだ――と思ってな」
「なるほど……情報収集ですか、確かに必要ですね!」
「じょーほーしゅーしゅー。おはなし!」
「おう、そうだぞターニャ。ちょっと話でもしてその後出発するからな」
「ういーー!」
給油所にはすぐに着いたが、店員のミルコからはやはり有益な事を聞く事が出来た。
「あっ!カイトさん。ちわっす!今日も軽油をお求めで!?」
俺の顔を見るなり笑顔でミルコは聞いてきた。
「いや、さすがにバダガリも一旦軽油は打ち止めだとよ。ところでミルコ、なんか儲かる話ねーか?」
「え?僕が聞きたいっす」
「あっそ……」
俺がちょっとガッカリした仕草を見せると、ミルコは思い出したように話し始めた。
「カイトさん。めっちゃ金儲けたいなら一つ方法がありますよ」
「ん?何だ??」
「王室に招かれてそこで仕事をする事です!」
「王室!?」
「はい、基本的に僕ら庶民は王室に入る事も近づく事も難しいぐらいなんですが、例外があって……」
「お、おう」
「民間の事業で凄い業績を上げたり、革命的な新技術を開発したり、……何かしら目立った活躍をすれば王都から名指しで招待される事があるらしいっす!それで一回でも招待されれば一生食うに困らないぐらいの莫大なお金が貰えるとか!凄くないっすか!?」
俺はミルコの話に衝撃を受け、しばらく顔がこわばった。
「招待……王室から……」
ミルコはちょっと上を見上げる。
「はい、僕の聞いた限りじゃ王室に招待されたのはあの二人――バダガリさんとエマさんっすね」
一人はよく知ってるがもう一人は知らん名前だった。