508 それぞれの変化
俺とターニャとエルドの三人は、揃ってカブでヤマッハの町中に入った。
エルドは初めて乗るバイクに興奮しているのか、キョロキョロとせわしなく辺りを見回している。前を向け。
「あはははっ、たのしー、うぇーーい!」
ニコニコしながらヤマッハの住民に手を振るエルド。おいやめろ、選挙みたいだろ。
「エルドー、よそ見してたらコケるよ。前見て!」
先頭のターニャが真ん中を走るエルドに注意を促した。
「だいじょーぶ!僕カブのるの上手いもーん」
すぐ調子に乗る奴だな。まあいい、ターニャと前後でコイツを挟んでるから一応監視はできるしな。
それにバイク乗ってりゃ絶対にいつかコケるんだ。実際にその怖さを体で知ってもらった方が後々本人のためだ。
まあコイツの場合、本当に死ぬレベルの危険なこととそうでもないことの区別がまだついてないから怖いんだ。だからその辺は俺が教える必要がある。
町に入って西区に向かい、10分ほど走った町の外れにはガスパルの家が建っている。
以前一緒に作業したこともある土建屋のダヴィード組に建ててもらった家で、かなりの大きさだ。
うちの会社から高い給料をもらい、この世界じゃかなりの高級取りの部類でもあるガスパルだったが、その貯金を全て吹っ飛ばすような広い家である。
なんでも「デケえ家にいると偉くなった気がしていいじゃねえか!」とのことだ。
日本にいたらファミリーカーを乗り回して休日は河原でバーベキューとかしてるタイプだろう。
ここで、家の前で一人の男が背中に赤ん坊を背負いながら薪を割っているのが見えた。もちろんガスパルである。
「精が出るなガスパル」
「うおおおっ。カイトォ!ターニャも……うおっ、エルドがカブに乗ってるじゃねーか!?」
ガスパルはカブに乗った俺達を振り向き笑顔で挨拶した。
エルドも上機嫌でカブを停め、ガスパルの前でポーズを決めて何やら宣言しだした。
「こんにちわーガスパルー。僕も今日からスーパーカブ油送の仲間になったよ!一緒にたんけん行こ?たんけん!」
「おお!良かったなエルド。探検っつーか、もうじき俺ら貿易輸送で長旅に出るぞ」
「やったー!僕も行くー」
喜ぶエルドに俺とターニャが突っ込みを入れる。
「エルド、アンタまだ半人前なんだから調子に乗らないの!仕事はカブに乗るだけじゃないんだよ?」
「そうだぞ。それ以前の問題で今のコイツは怖くて目も離せねえ」
「ギャハハハハ!元気でいいじゃねーかよ。ウチもガキ共がまだ小せえから世話が大変でよォ」
ここで家の中からレジーナの声が響いた。
「ちょっとアンタ!薪割れたら買い物行ってきてよ、早く!」
「はーいはい。分かった分かったー!もうちょっと待ってくれやー」
どうやらガスパルは夫婦になってレジーナの尻に敷かれているらしい。まあ本人は幸せそうにしてるからいいか。
ガスパルとの話をすませて再び俺達は走り出した。
出発してすぐに、ターニャがガスパルの家を振り向きながらこんな感想を漏らした。
「ねえおじ。ガスパルって昔チンピラみたいだったのに大分丸くなったよね?やっぱりレジーナと結婚したから?」
「お!いい質問だなターニャ。ま、ガスパルに限らず人間お金やら仕事やらで満たされてくると、心に余裕が出てくるってもんだ。そうなると人相や人当たりも自然と柔らかくなってくる」
「そっか……じゃあずっと満たされないとどうなるの?」
強い好奇心を帯びた目でターニャは聞いてきた。
「うーん……やっぱどうしても外の世界を恨んじまうよな。結果として盗みとか殺しとかの犯罪に走ったりする奴も出てくる。元々が悪い奴じゃなくてもな」
そう言い終わって、俺は5年前に背中を刺されたときのことを思い出した。まあアイツは多分元々が悪い奴なんだろうが……。
「どうすれば皆が幸せになれると思う?」
俺はそんな問いかけをしてくるターニャに笑顔で答えた。
「そりゃあお前が政治家になって皆が幸せになるような政治をするしかねえだろ!」
「だよねー!ふふ。私いろいろ勉強するから教えてね、おじ」
「まかしとけ!」
しっかしターニャも随分考えるようになったもんだぜ。俺は密かにターニャの成長を喜ぶのだった。
そこからしばらく走ってたどり着いたマリーの家は相変わらずの豪邸だ。さっきのガスパルの家と比べても桁違いに広くてデカい。
「これはこれはカイト様。中へどうぞ」
俺達はそこの門衛ともすっかり顔なじみになっていて、顔パスで中に入ることを許されている。
中に通され、いつもの広ーい中庭で待っていると。マリーがやって来た。
「こんにちは、皆さん。ご機嫌いかがですか?」
するとターニャよりも先にエルドが両手を広げて駆け寄っていった!
「あー!マリーお姉ちゃん!僕だよ、うぇーーい!」
「まあエルド君!ちょっと大きくなりました?おいで、よしよししてあげます!」
エルドはここに来る前に宣言していたとおり、マリーに抱きついて頭を撫でられていた。マリーも一人っ子だからか、まるで小さな弟でも可愛がるかのようにエルドを抱きしめていた。
「……」
俺とターニャは少し呆然としながら二人を見守っていた。
もしかしてこやつ、すっげー女好きなのでは??今から末恐ろしいぞ……。
「……コホン」
ターニャは二人のそばまで歩いていき、咳き込む素振りを見せると、やっとマリーは俺とターニャの方を向いた。だがエルドは尚もマリーにくっ付いている。
「あ、失礼しましたカイトおじさま」
「いや、こちらこそウチのエルドがすまんな。コイツがカブに乗れるようになったからマリーに会いに行こうって話になってよ」
「そうでしたか。私も会えて嬉しいのです。お気になさらず」
「いきなり来てごめんねマリー。忙しかったら私、ここの芋菓子食べてすぐ帰るからね」
「あ、あなたは相変わらずですねターニャ……」
俺はマリー達を見ていると、昔ここに来てマリーの自転車特訓をしたことを思い出した。
実は自転車は一部の貴族しか買えないような超高級品だったが、今では庶民でもなんとか買えるぐらいの値段まで下がり、王都ハヤブサールや第二都市のヤマッハでは数は多くないがチラホラと自転車が走っているのを見かけている。
――パパッ!
「マリーさん!?」
突然カブがホーンを軽く鳴らし、皆はカブの方を向いた。
そのタブレットには、目を血走らせたカブの顔が映し出されていた!
あれ?なんかカブの様子がおかしいぞ!?