505 成長
転機が訪れたと感じた俺は参考にカノンに尋ねてみた。
「なあ、この屋敷にゃ何人ぐらいが働いてるんだ?もしパンが気に入って買ってくれるってなったときにどんだけ個数いるか知っときたいんだ……だよな?サラ」
「あ……は、はい。多すぎると、時間がかかりますので……」
さっきより少し緊張がほぐれたサラは愛想笑いを浮かべながらカノンに説明するが、カノンに釘をさされる。
「なあに?もう買ってもらえるつもりでいるわけ?」
「えっ!?あ、いえ……その」
再び動揺し始めるサラ。カノンはそんなサラに追い討ちをかけた。
「大体さぁ。アンタが自分でやってるパン屋でしょ?自分からもっと自社の製品を宣伝していかなきゃダメでしょ?町中でパンが売れなかったのって値段のこともあると思うけど、アンタのそういう消極的な姿勢がダメだったって考えないワケ?さっきだってカイトに全部話してもらってさ……アタシそういう人任せな奴って大嫌いなのよね」
「……す、すいません……うう……」
職場のお局かお前は!?
まあたしかにカノンの言ってることも一理あるが、サラが泣きそうな顔で俯いていてなんか可哀想だ。
ここはちょっとサラを庇っとこう。
「カノン」
俺は真剣な顔でカノンの方を向いた。
カノンは不敵な笑みを浮かべて「なによ?」と返す。
「人は変われねえぞ」
これは俺が44年ほど生きて得た気付きだ。
それに対してカノンは首を傾げる。
「……なにそれ?この子がどうにもならない人間だってこと?」
「いや違う。根本的な部分は変わらねえって話だ。普段のほほんとした奴がいきなりお前みたいになれるワケがない。そうだろ?……でもよ」
俺はサラの方に手を向けて話しを続けた。
「自分で何かをすることはできるんだ。人間の中身はすぐに変わらなくても、自分の行動は自分で選べるんだ!普段引っ込み思案なサラが、一人で商売するって決めたのは正直すげえなって俺は思ったぜ?だから応援したくなった。だからこうやって今ここに来てんだよ!」
「……」
あー、話してて少し熱くなっちまった……。
皆黙って俺の方を向いている。少し恥ずかしくなってきたぞ。
カノンはしばらく俺の目を見て「ふぅん」と一言呟いた。
「カイト、あんたって相当お人好しね」
「そうか?」
俺は照れくさくなって、斜め上を見上げ頭を掻いた。
するとサラがカノンの前に歩みを進め、さっきまでとは違いハッキリとした声で伝えた。
「あの、カノンさん!ぜひ、ウチのパンを食べて下さい。絶対美味しいですから……!」
それはさっきまでのオドオドした態度ではなく、どこか吹っ切れたような言い方だった。
いいねえ。
カノンは少し微笑みながらサラにこう返した。
「ふっ。アタシは本館の方にいるから出来たら呼びにきて。やっぱり焼きたてが美味しいからね」
「はい!」
そしてカノンが部屋を出ていって、サラは滅多に見せない力強い笑顔で俺達を振り向いた。
「今から作ります!美味しいパンを」
「ういーー!私も手伝うよサラ!」
「ありがとうターニャちゃん」
「俺もパン作りは素人だけどなんか手伝うわ」
「ありがとうございますカイトさん」
「しょうがない。私もやってやるわよサラ」
あ、やっといつものレジーナに戻りやがった。さっきまで異様に大人しかったのに……コイツ権力者に弱えな、さては。
早速皆のカブを停めてあった場所に戻り、調理を開始した。
サラは慣れた手つきで小麦粉と水と牛乳を器に注ぎ、砂糖、塩、そして酵母を入れて塊になるまで混ぜていく。
しばらくして塊になったら、それを板の上に移し謎のバターのような物体を混ぜてこね、やがて綺麗に丸い形になったものに濡れた布を被せてしばらく放置した。
「今発酵させてます。1時間ぐらいで大きく膨らみますから」
「へー、パンを生地から作るなんて普段やらないから中々面白えよな」
その後も慣れた手つきでパンを作っていくサラ。さすが自分で店を持つだけはあるな。
……。
パンを作り始めてから2時間くらい経つと、釜の中から焼きたてのパンのいい香りが漂ってきた!
「うわっ、めっちゃイイ!匂いだけでも美味いって分かるわ!!」
「おじ!さっそく食べよー」
「待てターニャ。お前が食ってどうすんだ?カノンに食べてもらわねーと」
「あ……そうだった、はぁー……」
凄えガッカリした顔だな。
「ターニャちゃん、皆の分も作ってるから」
「やったーうぇーーい!」
今度は踊り出すターニャ。分かりやすいやっちゃな。
やがてカブを停めていた場所にカノンがやってきて、その場で試食会が始まった。
「わー、いい香り……」
それまで常に厳しめの雰囲気を纏っているカノンが、子供のような感想を述べている。
俺は少しほっこりしてしまった。
サラも少し嬉しそうにしながら、出来立てのパンを乗せた皿をカノンのテーブルの前に置く。
カノンはパンをゆっくり味わいながら口に運んだ。
緊張の面持ちで見守る俺達。
「……へぇー、美味しいじゃない!正直期待してなかったけどビックリしたわ」
「あ、ありがとうございます!じゃ、じゃあ……」
「あなた、サラだっけ?毎朝ここにこれる?」
「はい!」
「この領主館には50人の人間がいるからパンはあなたが担当して。頼んだわよ」
おおおおー!やったなサラ!
サラも満面の笑みを見せ、小走りでこちらにやってきて俺の顔を見上げた。
「ありがとうございますカイトさん!皆さん!」
しかし最後にカノンにこうも言われた。
「でも、朝だけよ?それで生計立てられるの?サラ」
サラは少し俯いたあと、顔を上げて力強い目でカノンに答えた。
「私、今までパンを作ることばかり考えてましたけど、お昼は自分でお客さんを探しに行ってみます」
おお、偉いぞ。
サラは続けて決意表明した。
「カイトさんがここに連れてきてくれて、美味しいって言って下さる方がいるんだって分かりました。きっと……値段が高くても買いたい人はいるはずです。私、朝のパン作りが終わったら自分でお客さんを探します!」
最初のころの弱々しい様子からは想像できないぐらい芯のある言葉に俺は素直に感心した。
「サラ、需要は絶対ある。いろんなところに行ってみ?営業は大事だぜ!」
サラは笑顔で頷く。
そう、どこにでも行けるさ。お前にはスーパーカブがあるんだからな。