499 犯人を攻める方法
そいつはたしかに魔術師のような服を着た男で、高さ3メートルの落とし穴に落ちて這い上がれないという状況にも関わらずこちらを見てニヤニヤと笑っていたのだ。
正直怖すぎてゾクッとした俺は、そのままゆっくり後ずさりしてターニャとカブに告げた。
「ターニャ、カブ。落ち着いて聞いてくれ。落とし穴に誰かが落ちてる」
「ええーっ!本当ですかカイトさん!?はい、これはもう報復しかないです!カイトさんの恨みを晴らしましょう!!」
「おじどうする!?犯人しばくー?」
二人とも全然落ち着いてねーな……。
「だから慌てるなっちゅーの!まずは犯人の出方を見るんだ」
「は、はい!」
俺はカブと並んで、ターニャを横に抱くような感じで再び穴に近づいた。
すると、その男はとんでもないことをしてきた。
なんと穴の底からこちらめがけて石を投げてきたのだ!
「危ねえ!!」
――ガッ。
俺は背中を向けてターニャをかばい、石は俺の背中に当たった。まあ、あまり痛くはなかった。
しかしコイツ……もう少しでターニャに当たるところだったぞ、おい!?
「あっ!カイトさん。あんな感じの人でした!!マットさんとは別人ですね!!」
「おう、あとでマットに謝っとこう……それより今はアイツだ。おいこらお前!この間はよくも――」
こちらの言葉を全く聞かずに男はまた石を投げる動作を始めた。や、やべっ!!
穴の口から体を引いた瞬間石が飛んできて、そのまま家の壁に当たる。
俺はその一部始終を見て悟った。
――まずいな、コイツは本物だ、と。
ターニャとカブを連れて、俺は一旦玄関に入った。これから話す内容を奴に聞かれたくなかったからだ。
「おじ……」
「カイトさんど、どどどどうしましょう!?」
俺は努めて冷静に二人に話した。
「静かに聞いてくれ。見ての通りまずアイツはまともじゃねえ。会話が通じるかも分からんレベルだ。そしてさっきみたいに今の奴は見るもの全てを攻撃してくる。穴に近づくのすら危険だ。だがな、俺にいい作戦があるんだ……」
「な、なな、何ですかカイトさん!?」
「なに??」
俺は人差し指を胸の前に立てて言った。
「兵糧攻めだ!」
カブは手を叩くイラストを表示させて「あっ……なるほど!!」と頷き、ターニャは首を傾げた。
「ひょーろー?どういうこと?」
ニッコリ笑顔を作って説明する俺。
「あのままアイツに飯を食わせないで放ったらかしにして、腹を空かせまくるんだ!」
するとターニャは俺もビックリするような反応を見せた。
「ええーーっ!?そんな!……か、かわいそう……」
口に手を当てて眉を顰めてそう言い放つターニャ。か、かわいそう!?
「何も食べられないなんて死んだ方がマシ!地獄!!凄くかわいそう」
あ、あんな犯人にまで……なんて優しい奴なんだお前は。素晴らしい!!
……と思ったがターニャの場合、単に食い物には異常に執着心があるだけのような気もしてきた。
まあでも優しいことに変わりないよな、うん……。
こんな状況でもそんなターニャの姿を見ていると気持ちがほっこりしてくるぜ。
しかーし、今は非常時だ!
俺はターニャの顔をしっかり見つめて言い聞かせた。
「ターニャ。その優しさはお前の凄く良いところだ。これからも待ち続けてくれな」
「うん」
「でもお前、将来政治家になるんだろ?」
「うん!」
「だったら心を鬼にしなきゃいけねえ瞬間ってのが必ずくる!世の中優しいだけじゃ救えないこともいっぱいある、今がそのときだ!!」
こんなこと子供にあんまり言いたくないけどな。
「う……うん。犯人はおじを刺したから、しかたない……ね、お腹減っても」
「そうだ。だからしばらくは穴に入れたままにする。絶対に近づいたらダメだぞターニャ?」
「うん、分かった」
ふー、納得してくれたみたいで良かったぜ。
「で、でも犯人の目的とか、正体も分からないままですよ!?」
カブの言うことももっともだ。
「それも考えてある。向こうから口を割らせてやるんだ。ただ、今はまだ奴が元気だから、もう少し弱らせてからだ」
「それは空腹によってですか?」
「そうだな。あと、いつ穴から出れるのかっていう精神的な圧迫感も与えるためにしばらく一切会話しないでおく。そうすりゃ嫌でも相手からなんか言ってくるだろ?」
カブが少し引き攣ったような不気味な笑いを浮かべてこんなことを言った。
「なるほどー!精神攻撃ですか、カイトさんも中々にワルですね!?」
「まあ相手が相手だからな」
俺はあらためてあの落とし穴を掘っておいて良かったと思った。
ちなみにハシゴも何もない状態で自力で穴から出ることはほぼ不可能だ。それは穴を掘った俺達が最後に実験している。
というわけで玄関での話は終わりだ。
ターニャには、犯人がどうにかなるまで絶対に穴に近づかないと約束させてカブには一応穴を見張ってもらうことにした。
……。
それから俺達は翌日の朝を迎えた。
犯人にとったら12時間断食しているのと同じ状態だな。
なんか12時間ぐらいだと胃腸を休ませてかえって健康になるって噂すらあったような……まあいいや。
昔使っていたポリカーボネート製のカブの風防を盾代わりにして穴に近づき、俺は上から奴を覗く。すると――。
案の定、犯人は横になって寝ていた。
俺は小さめの石を掴んで、穴から落とすように犯人に石を当てた。
「……!?」
ちょうど石が奴の顔にヒットし、ハッとしたように起き上がって、すぐに俺を見上げた。
その顔はやはり不気味で、俺を睨みながら笑っているような感じだ。
俺はコイツに容赦はしないと決めている。何も会話はしねえ。
同じ輩でもあのガスパルとは根本的に何か違う気がする。
「出せよ」
初めて犯人から言葉が発された!
しかし俺はじっと奴を見て何も答えない。話したら負けだ。
俺はさっと身をひる返して落とし穴から離れていった。
このまま夕方まで放置してまた覗きにいこう。24時間断食だ。
……。
そして夕方になり、再び穴を覗くとさっきよりやや元気がない様子の奴が横になっているのが見えた。
俺に気付くと今度は不満の塊のような顔を見せて俺を睨んでくる。さすがに笑う余裕はなさそうだな。だがまだだ。
……。
次の日の朝になると、さすがに奴も空腹と疲労でやつれて嫌気が差したような表情を見せていた。
俺はここでやっとこちらから話しかけた。しかし淡白に、情を一切込めず機械的にだ。
「お前が何者で、目的は何か話せ」
するとこう返ってきた。
「殺す……!」
話す気はないってことだな、よーし。俺はまた断食を延ばすことにした。
……。
そしてその日の夕方、俺は小さい段ボールの箱に一つの小さいおにぎりを入れて上から投げ入れた。
完全に目に力のない犯人は、気力を振り絞って箱を開けて中のおにぎりにむしゃぶりついた!
その姿は人より獣に近い気がしたが、同時に俺でもああなるだろうなと思った。
さて、そろそろか。
「質問に答えたらもう1個やる」
犯人は悔しそうな顔を見せながらも気力を振り絞って答える。
「……なん……だ?」
よーし、俺は無表情を演じていたが、内心ほくそ笑んでいた。
では質問を始めようか。