495 マット
カブの言葉に反応して、俺はその男をガン見した。
そいつはカブの言った通りダッカンと同じような魔術師っぽい服装の男だった。
「ダッカンさん離れてください!その人は危険です!!」
カブが男の隣にいるダッカンにも警戒を促す。
俺も続くぞ!
「おい!よくもやってくれたなお前!?覚悟しろよ」
男は一瞬ハッとしたような顔を見せ、すぐにこう言った。
「な、なんのことです!?」
はあ?
俺は顔を顰め、事実確認のためカブをチラ見した。
「間違いないですよカイトさん!あの人がカイトさんを刺したんです!!」
カブが力説し、やっとダッカンも危機感を抱いたらしく男に警戒するような視線を送る。
「マット!……カイトさんを刺しただと!?どういうことだ??」
どうやら二人は知り合いのようだ。
ダッカンとマットという男に、俺は背中を向けて傷を見せた。
「ほれ、向こうで自宅にいたらブッスリやられちまったわ!俺は犯人の顔を見てないけど現場を見てたカブがこう言ってるぞ?」
「そうですよ!僕も顔はハッキリと覚えてませんが服は間違いなくあんな感じでした!!」
「え!?お前、相手の顔覚えてねーのかよ??」
「僕、人の顔覚えるの苦手なんですー!」
変なところで人間味を出すな。
俺は頭を抱えた。本当にこの男が犯人かどうか自信がなくなったからだ。
するとダッカンが少し険しい顔で歩み寄ってきた。
「カイトさん。その傷はもう大丈夫なのか?良ければ我が回復魔法で治せるかもしれんが?」
な、なんか怖えな。
「い、いや、もう痛みはほとんどないから大丈夫だ。それより二人はどういう関係なんだ?」
俺は、自分の中で犯人から容疑者に変わったこのマットという男を追及すべく、まずは聞き込みから始めることにした。
正直ダッカンがいて良かったぜ。
何を考えているかよく分からないマットを尻目にダッカンは話を始めた。
「カイトさん、2〜3ヶ月前の話だ。我はこのマットに弟子入りを頼まれたのだ!」
なんと、弟子入り志願されるほどになったのか!
「立派じゃねーか」
俺は純粋に凄いと思ってダッカンを褒めた。
それに気を良くしたダッカンは胸を反り返して続ける。
「はっはっはー!そう……このダッカンの名もいつの間にか世に轟いていたというわけだ。しかーし!!」
ん?
「悲しきことに、このマットは魔術の才能がなかったのだ。初級魔術すら使えないほどだ!それではとても弟子になど出来ぬと断ったのだが――」
のだが?
「マットの夢を聞いて我はやはり弟子にすることにした!」
「夢!?……ってなんだ?」
すると今度はマットが真面目な顔をして答えた。
「はい、簡単に言うと世界征服です」
うげっ!?しかしダッカンはなんか満足げにうんうんと頷いている。いやいや……。
「な、何を言い出すかと思えば最初の頃のダッカンと同じじゃねーか!?お前大丈夫か?」
「ふふ、カイトさん。このマットの世界征服とは、以前我が思っていたようなものではない!」
俺は大人しく聞いてみることにした。このマットという20歳そこそこに見える男が何をとち狂ってそんな発想を抱いたのか……好奇心が刺激されたのだ。
「私の申し上げる世界征服とは……世界平和と同義です。つまり、世の中から争いが消える唯一の方法が世界征服だと気付いたのです!」
はあ?と思ったがあえてツッコまないでおく。マットは話を続けた。
「そう、この世の中は……人間や動物というのは、全て力によってその秩序を保っている。巨大な力の存在こそが我々を縛ると同時に本能的な暴走を防いでくれている。これは経験上お分かりでしょう?」
ま、まあ平和な日本とかでも警察とか自衛隊とかがいないと困るけども……。
そしてマットはダッカンを見て言った。
「その力というのが……この世界の魔法であり、もっと言えばより強力な魔法ということになる」
「でもお前さん、魔法の才能ないんだろ?」
突っ込まないと決めていたが無理だった。その横槍に不敵な笑みとともにマットはこう返してくる。
「世界平和のために強い魔術を使うのが私である必要は特にないということ。私は自分にその才がないことを悟り、このダッカン氏にその役を託そうと思ったのです」
ダッカンは自らの拳を見つめてニヤッと笑った。
「そう、我は力がある。力があるゆえに世界平和に貢献せなばならぬ!それこそが我が使命!!そのことに気付かせてくれたマットには感謝してもしきれないのだ」
そんなダッカンを見て俺は思う。
――なんかコイツ、騙されてんじゃねーか!?
カブを横目で見ると「ZZZ」という文字が映し出されていた。おい寝るんじゃねえ!
俺は、自分が刺された怒りや家の心配よりもこのダッカンのことが心配になっていた。
いや!それよりも肝心なのは犯人が誰かってことだ。
このままじゃ家でおちおち眠れねーぞ。
――ヒュオオオオ!
ここで突然強い風の音が響く。この風の音……なんか聞き覚えあるな。
するとすぐにドアから誰かが入ってくる。
ケイだ。やっぱりアイツの風魔法だったか。
「ダッカン!」
ケイは小屋に入ってくるなりそう叫んだ。なんかちょっと怒っているようにも見えるぞ?
「おう、ケイ」
ケイは俺を見ると、それまで怒っていた顔をほころばせて笑顔を見せた。
「あ!カイトおじさん、こんちはー!おひさ」
軽く手を振って俺に挨拶すると、ケイはまたダッカンの方を向いて眉を吊り上げた。
「ねえ、前も言ったでしょダッカン!ソイツの口車に乗っちゃダメだって!アンタ騙されてんのよ」
「めが……ケイ。それは誤解というものだ。我には使命がある!」
「ケイ氏。それは少々失礼ではありませんかな?」
「はあ!アンタは黙っててよ!!」
――ギャーギャー。
……うーん、なんか面倒くさいことに巻き込まれちまったな。俺はやれやれと頭を掻いた。
「あ!それはそうとカイトおじさん、今日はどうしたの!?」
振り向いて聞いてくるケイに、俺はひとまず背中を見せた。
「わっ!おじさん。ひ、ひどいじゃない……」
「だろ?家にいたら世界樹から出てきた魔術師っぽい奴に刺されてよ。いやー参ったぜ」
「ま、魔術師!?」
ケイは口をへの字にして怒りをあらわにした。
「アンタでしょマット!?」
ケイはマットを睨むと、体の周囲に魔法陣のようなものが出現した!
すると同時にダッカンも似たような状態になった。
なんかやべえぞ……。




