㊻ 商談成立!
「ここからバダガリ農園へはかなりの距離があるでしょう?」
「おう」
まあ片道30キロはあるな。
「そのせいで今までこの車の燃料代だけでもバカにならない額でした……しかしあなたに配達を頼むとなると、当然ながら燃料代に加えて送料もかかるのでより多く支払わないといけなくなる。ですよね?」
「そりゃまあ、そこは商売だからな」
「……となると村の皆の生活がかなり厳しくなってしまうんです……」
俺はこのとき前々から気になっていた、「この世界の車の燃費」を聞いてみようと思った。
「なあ、一つ聞くけど一往復の軽油代っていくらぐらいだ?」
「一回往復すると大体900ゲイルの軽油が必要ですね」
――900ゲイル!?
俺は驚いた。だって900ゲイルってことは軽油タンク1.5缶分だぞ!いくらなんでもこの車、燃費悪すぎるだろ!?リッター2キロぐらいじゃねーか!?
……とはいえ俺達の商売にとってはラッキーだ!
「なるほどな、分かった!ところでこのキルケーの代表者って誰だい?」
「あ、僕です!フランクと言います。よろしく!」
「フランクか。俺は配送会社『スーパーカブ』の社長のカイトだ。早速だけどよ。送料一往復1500ゲイルでどうだ?」
俺がそう言うとフランクは驚きの声を上げた。
「ええええ?めちゃくちゃ安いじゃないですか!!軽油代だけで900ゲイルなのに……送料たった600ゲイルって事になりますよ!?他の配送屋なら2000ゲイルは取られますよ……!?」
「いいんだ。今んとこ俺は安定して配送出来る納品先が欲しかったからな」
「ええええ、いや、もの凄く有難いお話ですがなんですがね……本当に大丈夫ですか!?」
まあぶっちゃけあんまり高い金額にすると後から「お金払えなくなりました!」とか言われる可能性もあるしな。
「まあ任しとけ!あ、それとは別にちょっと聞きてえんだが――」
「は、はい。何でしょう?」
「このキルケーの皆はどうやって収入を得てるんだ?発明家って成功よりも失敗作を作っちまう方がはるかに多いんだろ?」
フランクはちょっとはにかんだような笑顔で答えた。
「いやー、その通りです!今日も失敗しました……。で、先程の質問の件ですが、実は僕達は王都の研究員でもあるんです。まあ非正規ですがね」
やはり、俺の勘は当たったようだ。
「なるほどな。……つまりしばらくは王都から金が出るものの何の成果も得られないままだと資金も打ち切られるってワケだ!」
「はい、おっしゃる通りです……。なのでキルケーの住民達は寝るまも惜しんで研究だけに没頭したいのです」
なるほどなー。そりゃあ、さっきみたいに気が狂いそうにもなるか……。
フランクは続ける。
「さすがに食べるものは必要なので交代でバダガリ農園まで行くことになるのですが、これがめちゃくちゃ面倒くさいんですよ。ほぼ丸一日潰れますしね。物凄いストレスですよ!」
俺は笑顔で相槌を打った。
「はっはっはー。そうかー、研究者は大変だな。ちょうど良い所に俺が来たってワケだ!」
「いやー、ありがたいです!……でも、本当に総額1500ゲイルで配送して頂けるんですか?先程も言いましたが燃料代だけで900ゲイル、……失礼ですが配送の車はどういったものですか?」
――するとここで俺が最初に出会った女が声を掛けてきた。
「配達は車じゃなくてその精霊がするのよね。カイトさん?」
「お、おう。まあな……」
ここで適当に大嘘をついておくか。
「このスーパーカブって精霊はなんと軽油を使わずに動くんだ!」
「えっ……精霊!?本当ですか?……」
「おう、見てろよ!」
俺はカブのシフトペダルを前に踏み、1速にしてその辺をぐるっと回った。
「おおー!!凄い!?なんて軽やかな動きだ!」
フランクは驚愕の声を上げる。
「しかもあんなにも静かで煙も出ないなんて……さすが精霊……」
今度は女の方が感想を漏らす。
――この時フランクが女に何やら話しかけたが、その内容を俺は聞き逃さなかった。
「あのスーパーカブとかいう精霊……、君が研究してる素材にちょっと似てないか、エイミー?後でこっそり調べてみたら?」
――おっと、これはダメだ。一応警告しておこう。
プルルルルッ――。
俺はカブに乗って二人に近づいた。
「おーい。悪いがこのスーパーカブは自分の事調べられるのは嫌いなんだそうだ。もし変な事して機嫌を損ねられたらここへの配達も出来なくなるかも知れねぇぞ?」
カブも俺に続く。
「その通りなのだ!私は神の使いにしてカイトさんの守護者。なのでそっとしておいて欲しいんです!お願いしますーっ!!」
おいいい!途中からキャラ戻ってるじゃねえか!
しかし、フランク達はカブが喋り出した事で、ますますカブが精霊だと信じ込んでいく。いや、まあ実際精霊なんだろうけど……。
「うわっ!?く、車が喋った!?……っていうか、配送が無くなる!?そ、それは困ります……!い、いやー、精霊さんを調べたいなんて冗談ですよー、はは……」
嘘つけ。顔が本気だったじゃねーか。
とにかく俺達としてはカブを調べられるのは困るんだよな。
まあいい、とりあえず俺は気を取り直して仕事の話をする事にした。
「じゃあ次の配達はいつからだ?」
「明日から3日おきでお願い出来ますか?」
「早っ!いや、全然良いんだけども。……バダガリ農園で野菜やら買う金はどうしてるんだ?」
フランクは俺を安心させるように笑顔で答える。
「それなら大丈夫です!バダガリさんには王都ハヤブサールの彼の銀行口座に先々の分まで振り込んでいますから、カイトさんが彼と金銭のやり取りをする必要はありません。」
うおっ!この世界、銀行もあんのかよ……。なんかいきなり現代的になったぞ。まあでもそのほうが絶対良いな。
それからフランクはこう付け加えた。
「買う野菜やらもバダガリさんが用意してくれているハズです。カイトさんは荷物さえ運んでもらえたら大丈夫です。この私の家の前まで来てもらった時点で送料1500ゲイルをお支払いしますので」
「なるほどな。よっしゃ、分かったぜ。明日の昼過ぎには荷物運んできてやるよ。今後も俺の会社『スーパーカブ』をよろしくな!」
俺が笑顔で別れを切り出した時、カブもキャラを作っていない普通の喋り方で、
「あの……僕はその……研究対象にされるのは嫌ですけど、それ以外の仕事の事とかは普通に話せるので、お気軽にお声掛け下さい。カブって呼んで下さい……」
と、なんかモジモジしながら発言していた。何照れてんだ?
フランクとエイミーという名の女は互いに顔を見合わせ、そして二人共笑って手を振った。
「カイトさん、カブ。今後ともよろしく!」
「おう、こちらこそよろしくな!」
「また明日会いましょう!」
お互い別れの言葉を交わし合い、俺はカブに乗ってヤマッハへと走り出した。
商談成立!順調だ。……しかし、俺はそれまで大人しかったリアボックスの中のターニャを振り向いてギョッとするのだった……。