㊴ 焼肉だぁ!
俺は冷蔵庫から「牛脂」を取ってきた。こういうときにこそ役に立つぜ!
金網をコンロに乗せ牛脂をなすりつけていると徐々に牛脂がフニャッと柔らかくなっていく……。
「?」
不思議そうにその奇妙な固まりを見つめるターニャ。
「こうすると金網に肉がくっつかないんだぞ」
「ふーん……」
ちなみにカブも今ここの庭にいる。
何となく奴を玄関に置きっぱなしだと物足りない感じがしたからだ。
今はまだ夕方だが暗くなってきたらエンジン回してヘッドライトで照らしてもらおうとも考えていた。
「おっと、忘れちゃいけねえ。ご飯も持ってこねーと!」
俺とターニャは家の中から炊飯器、そしてメインの肉とさっき切った野菜を庭に運んできた。タレ、皿、そして箸。これで準備は完璧だ!
俺の期待感はこの時点でマックスになった。
「よし、火力は十分だな!最初にカボチャとか人参みたいな硬めの野菜を乗せるぞ!」
「……うん」
シーーーー……。
白い湯気と一緒に野菜から静かに水分が蒸発するような音が聞こえてくる。
その間にご飯を茶碗につぐ。
こんな焼肉と白米みたいな夕飯、この世界じゃまず存在しねえだろうな……。
まあ今はどうでもいいか。こっちの世界の料理を学ぶのはまた今度でも出来る。
今日はバリバリ食うぞー。とりあえず購入した赤身の肉を乗せていこう!
……てかこの肉って何の肉だ?やっぱり牛肉か?……この前買ったときは焼肉に使えそうな肉を適当に集めて会計したからな。
「ターニャお前、この肉が何の肉か分かるか?」
ターニャは首をフルフルと横に振った。
「知らない。ターニャ、肉は鳥の肉しか知らなーい……」
「そ、そうか、そうだよな。まあしかしこの赤い色から見て恐らくは牛肉だ。ふふ、楽しみだぜ!」
俺はその牛肉らしき赤身の肉をトングで掴み金網に乗せていった。
ジュウウウウゥゥ…………。
いい音がすると共に肉の端っこの身の薄い部分が早くも変色を始める。
興味津々でその様子を見守るターニャ。
よし、次々焼いていくぞ!今度はこの薄いタンみたいな肉だ。
もちろん俺はレモン果汁を使ったネギ塩タレも用意している。この辺のこだわりがより食事の興を引き立てるのだ。
タンは数秒でちょっと焦げ目が出るぐらいまで焼け、俺はすぐに裏返した。
ジュワッッ…………ポスッ……。
肉の焼ける音と共にタンの肉汁が炭に落ち一瞬で蒸発した。いい匂いが辺りに広がる!もう色的には食える状態だ。
俺は思わず自分で食ってしまいそうになるが、ここはターニャに先を譲ろう。チラッとターニャを見ると、その目はキラキラと輝きを帯びていた。
俺はターニャの皿にタンを入れた。
「よし、食え」
――シュッ!
その瞬間ターニャの箸が伸び、素早くタンをつまむ!そしてそのままゆっくりとタンを口に入れた……。
ターニャは真顔で口をモグモグさせ、しばらく咀嚼を繰り返しながら目を大きく見開いていた。
どういう感情なんだ?
ジュウウウウウ……!
さて、他のタンも焼けてきたぞ。お、さっき乗せた赤身肉も焼けてきた!
ここで俺はまた焼けた赤身肉をターニャの皿に入れ、一言つぶやく。
「これもいけるぞ」
そして今度は自分の皿に十分火が通って変色したタンを放り込んだ。
あとカボチャや人参にも火が通って少し焦げてきた。ふふ、よしよし。野菜も回収するぜ。
それらもまとめて焼肉のタレの入った皿に突っ込み、食う!!
モグ……、モグッ……!
「う、うまい……」
『野菜なんて焼肉の脇役……』そんな風に考えていた時期が俺にもありました……そう、たった今までは!
「な、何でただのカボチャがこんなうめえんだ!?」
次に俺は初の肉であるタンを口に入れた!パクッ。
タンのちょっと「こりっ」とした食感、タレとの相性……、口の中で旨味が満たされていく……ああ……。
「タン、ぷりぷりしてる!なんか不思議な肉……」
ターニャは肉の味より初めて経験するその食感に戸惑っているようだ。
「よし、こっからは食いたいもんをドンドン焼いて焼けたら片っ端から食っていけ!」
「ういーー!!」
赤身肉は噛みごたえがあるが、噛めば噛む程肉の味が口内に広がる……、美味すぎる。
そこに玄米入り白米を一口!強い肉の味をならすように口いっぱいに米の柔らかな触感が広がっていく。
ターニャを見るとカボチャばかり食っていた。あれ?お前肉は??
「コレが一番うまいー!」
へー、肉よりカボチャが気に入ったんか……。子供の舌はやっぱり違うなー。
俺とターニャは夢中になって飯を食っていた。
ターニャが野菜を食いまくるので俺はひたすら肉を中心に頬張っていき、言葉は少なくなりちょっとぼんやりとしてきた。
ターニャの方は野菜が好きなのか、カボチャがなくなると人参やキャベツ、サニーレタス等を中心に、時々赤身肉をご飯と一緒に頬張るといった感じだ。
空腹なのも手伝ってか、ターニャも言葉は少なく夢中になってひたすら口をモグモグと動かしていた。
そういえばコイツ、俺と会うまでは不味い草ばっか食わされてたらしいから今は美味しい野菜が一番口に合うのかも知れねえな。
そうして肉や野菜を食っているうちに辺りは徐々に薄暗くなってきて、俺はカブを呼んだ。
「おーいカブ、ヘッドライト点けてくれねーか?」
「はい!実はこの時を待ってました!!」
カブはなんか楽しそうな顔をして、自分でエンジンをかけてこっちへ近づいてきた。
「なんだ、お前も混ざりたかったのか?」
と俺がからかうと、カブは複雑な表情を浮かべてこう言った。
「正直僕も人間の食事の『美味い』って感覚がどんなものか興味があったんですけどね。二人のお話を聞いててもやっぱり僕分かんないですね……」
俺は笑って答えた。
「そんなもんバイクのお前が分かったら逆に怖いわ!俺だってガソリンやエンジンオイルの味……ってか食感?とか分かんねーしよ」
カブは照れたように、
「はは、ですよねー」
とだけ答えた。
「でもお前には感謝してるんだぜ?お前に会っなきゃ俺はずっと日本で虚しさを抱えたまま生きてたと思うしよ」
「……カイトさん……、珍しく素直ですねー」
「ふっ、うるせえな。お前こそ素直に喜んでろ!……あ、そうだ」
「どうしました?」
俺はちょっとトーンを低くして真面目に話し始めた。
「前もちょっと触れたけど、お前が故障したりしたらどうするかって話だけどな――」
カブもまた真面目な顔をした。
「は、はい!何かいいアイディアが浮かびましたか?」
「おう、それなんだが。もう一台バイクを買おうと思ってる!バイク二台持ちだ!!」
それを聞いたカブは――。