㊱ 軽油8缶(130キロ)は重すぎるぜ!
「やきにくー?」
「おう、めっちゃ美味いぞー!」
「うまい!?……!おじ、早く行こ!!」
ターニャは俺の服を掴んで飛び跳ね出した。
コイツ本当に飯食うの好きだな。まあ、子供はそうでないとな……!
――「よっしゃ、行くぞカブ!」
「はい!」
ギュルギュルッ、トゥルルルルン!
いつもと変わらない控えめなエンジン音に安心する。
思えば4年ほど前に新車で購入してからエンジンに異常が出た事など全くない。
カスタム箇所はかなり多いがエンジンや吸・排気系には手を加えていない、替えたのはスプロケとチェーンぐらいか?
……なんて考えていると、カブが重要な問題を提起してきた。
「カイトさん、前もちょっと話しましたけどもし僕が故障などで走れなくなった場合どうします?」
「……む!そうだな。それも考えとかなきゃな」
俺は今までこっちの世界で色々と成功体験を積んだ事で、いつの間にか浮ついた気分になってしまっていた。
「カブよ、お前故障して動けなくなっても月一で日本へは帰れるのか?」
「はい、異世界転移はカブを動かすのとはまた別の能力ですから」
「なるほど、それを聞いて安心したぜ。とにかく日本に戻った時のプランは今から練っておかないとな。お前の予備パーツの購入やら食料品の確保……、他にもやる事が腐るほどある!」
「そうですね!この世界で毎日仕事してたら一日200キロとか日本じゃなかなか走らないような距離も普通に走りますもんねー。メンテナンスも絶対必要ですよ!」
「おう、そしてお前が故障した時に一番現実的な解決方法が一つあって――」
ドゥルルン、ガチャガチャガチャ――。
話の途中だったが、カブのスピードが上がり走行音が大きくなると一旦切り上げねばならなくなった。
「まあ続きは家に帰ってからだ。給油所が見えてきたぞ!」
「はい!」
――「あ、カイトさんじゃないスか!」
給油所に着くと、あの愛想の良い兄ちゃんが俺を見て声をかけてきた。
「忙しそうっすねー。商売繁盛ですか?」
「おう、俺は常に忙しいぞ。あのよ、今日はいつも買ってる未蒸留の軽油じゃなくて普通の軽油を5缶分欲しいんだ」
兄ちゃんは少し首を傾げて言った。
「あれ?……って事はそのカブって車の為じゃなく別の何かに使うんですか?」
「ま、まあそんな所だ……」
俺がちょっと歯切れの悪い返事をすると兄ちゃんはクスッと笑って核心を突いてきた。
「あ!分かった。どっか大口の配達先を見つけたんでしょ?大きな工場とか農場とか?」
う、……コ、コイツ鋭いな。
「ま、まあよ。そんな感じだ」
「じゃあギルドは通してないんすね!自力で営業するなんて、やるじゃないっすか!」
ん?
「お前、なんでそう思うんだ!?」
「だって軽油ってギルドで手配出来ない配達物だったハズですよ」
「危険物だから?」
「でしょうね」
「……じゃあ軽油を山間部とかへ運びたいときは皆どうしてるんだ?」
兄ちゃんは苦笑いを浮かべて説明した。
「港付近の大都市とかは水路で運ぶんですけどね――、田舎の山村とかへは基本運べないっす。どうしても欲しい時は王都の輸送団に頼むしかないんすけど、これが馬鹿高くてね……滅多に頼む人はいないんすよ」
それを聞いて俺は悟られない様、内心高らかに笑った。
――ということは今俺は軽油配送業というシェアを独占してる状態じゃねえか!ふはははははは!!――
「だからカイトさん、今頑張れば爆益っすよ!他に競合相手がいませんからね」
俺の心を読んだかの様にそう言われちょっとドキッとした。
……確かにそうなんだ。この軽油配送、他のデカい会社とかに参入されると困るんだ。
ウチの会社「スーパーカブ」は実質俺一人しか社員がいない、俺が病気になったりカブが故障したりちょっとした事で経営が成り立たなくなる。
同業者がいなければ、仕事の依頼は俺に来続けるだろうが競合他社がいたら一瞬でそっちに仕事を全部奪われるだろう。
だから今の間に出来るだけ稼ぎまくる必要があるんだ!
「お、おう。まあ頑張るわ。とりあえず今日は普通の軽油5缶くれ」
「了解っす!」
……それから20分はかかっただろうか、カブの後ろの荷車には満タンになった軽油タンクが8缶ぎっしりと敷き詰められた。
軽油代3000ゲイルを支払って残りの所持金は4500ゲイルになった。
俺はカブに跨りちょっと前後に揺すってみると――うっ!!ほとんど動かなくて俺はちょっとビックリした。
「重っ!!これは重いぞー……カブ大丈夫か?」
ちょっとエンジンをかけて軽く動かしてみる。
ギュルギュルドゥルルルルン!ガチャッ……。
「うわー重い!!荷車無しの状態より130キロぐらい重たいんですよね……。これは燃料持つかなー?」
カブは不安がっているが俺もそれは危惧していた。
昨日は荷車無しの状態でここからバダガリ農園に着くまでにガソリンを1リットル程消費した。今2リットルちょいの燃料がカブに入っているが、今回は後ろに荷物を取り付けているのでより条件が悪い……。
「がんばれーカブー!」
「ふっ、僕を誰だと思っているんですか。ターニャさん?小排気量ながら8馬力の出力を誇る僕ですよ!このくらいは……ふぉぉおおおおお!!!!」
ガチャ……ガチャガチャッ……。
カブは自分で気合を入れて軽く荷車を引っ張ったりしている。気合は十分だな!
「ほんじゃまあ行ってくるわ!また近いうちに軽油買いに来るかも知れん」
「はは、是非また来て下さい」
そして兄ちゃんは続けてこう言った。
「カイトさんはウチの太客なんで!今度とも是非よろしくお願いします!」
「おう!」
――あいつ結構しっかり商売してんなー。
「あのお兄さん、気さくで話しやすいですね」
カブもあいつに好印象を抱いているようだ。
「ああ、こっちの世界じゃイングリッドと同じく頼れる奴かもな。ウチの会社『スーパーカブ』としても大口の仕入れ先だし、これからも良い関係でいねーとな!」
そう言って俺はゆっくりとアクセルを捻っていく……。
ドゥウウルルルゥゥゥー。ガチャン、ガチャン……。
う、さすがに発進は遅い!しかし、確実に速度は上がっている。よし!
俺達は広い道を進んでいく。
常にガチャガチャと音を立てながらもなんとか30キロぐらいのスピードで走ることが出来て、俺はちょっと安心した。
「いやー、走れるもんだなー。はっはっは」
「カイトさん、思ったんですけどこっちの世界信号ないので日本より燃費よくなるかも知れませんね!……運ぶ物がなかった場合ですけど」
「ねんぴ?何ー?」
珍しくターニャがこの話に割り込んで来た。よし、ちょっと説明してやろう。