㉛ 酷道再び!
俺はイングリッドからもらった皮の袋をちょっと覗いてみると、そこには黄金色に輝く芋が2つ入っていた。こ、これが『プギャ芋』か……!
そして同時にあま~い匂いも漂ってきて、思わずゴクリとなる。
「よっしゃ、じゃあ行ってくるわ」
俺はイングリッドに手渡された伝票をポケットに入れた。
「はい、お願いします!」
イングリッドの声を背中に感じながらターニャを連れて外に出る。
そして停めていたカブに向かって俺は第一声をあげた。
「カブ、緊急の仕事が出来たぞ。今からヘドライト村へ行く!!」
カブは嬉しそうな顔を映し出した。
「あ、仕事あったんですねカイトさん!」
「ああ、しかもめちゃくちゃ割りのいい仕事だ!この芋を届けるだけで6000ゲイル(約24000円)の報酬だとよ」
「6000ゲイル!?マジですか!凄い……」
俺はちょっと上を向いて少し考え、今日の配送予定を決めた。
「急いで配達して昼過ぎに帰って……そうだな、報酬金で軽油も買ってバダガリ農園もついでに今日行っちまうか!」
「ウヒョーッ!今日だけでかなり稼げますよカイトさん!」
「おう!ターニャ。今晩は焼肉だ!」
「やきにく?何?」
ターニャが首を傾げる。
「夕飯を楽しみにしてろって事だ」
「うん!」
そんな風に話をしながら俺は荷車をカブから外した。――と同時に一つの不安が俺の頭をよぎった。
「この軽油と荷車……、盗まれたりしないかな?」
カブをチラッと見ると、斜め上を見上げて考えている様子だった。
「いやー、確かに怖いですね……軽油も貴重な燃料資源だし、何よりこの荷車自体が凄く高価な代物みたいですしね」
――『コレ、バダガリ農園の荷車じゃないっすか!?ブランド車ですよ!!』――。
あの給油所の兄ちゃんの言葉が思い出される。
そもそもこの荷車自体の価格が24000ゲイルもするし、普通に荷車として欲しがる奴だってそこら中にいるだろうし……置いていくのは心配すぎるな……。
俺とカブが頭を抱えていると、知っている人物が声を掛けてきた。
「それ、ウチで預ろうか?」
そう言ってくれたのはセシルだった。
俺はセシルの顔を見てしばらく考えてちょっと皮肉っぽい事を言ってみた。
「なんだ?子供は預からないのにコイツはいいのか?ギルドの利益にならない事はしないんじゃなかったのか?」
セシルはほとんど感情の読めない表情のまま説明を始めた。
「カイトさん、あなたはウチのギルドに登録された配送業者であり、その荷車はあなたの配達効率を上げる大切な商売道具だ」
「……おう、そうだな」
なんか回りくどい言い方だな。
「その荷車の有無はあなたの利益、ひいてはウチのギルドの利益に大いに繋がってくるものだ。……カイトさん、私の言葉に矛盾はないね?」
俺はそれにキッパリと答えた。
「おう、何も無い!ありがとうセシル、コイツを預かってくれ」
ここは変に突っかからずにセシルの善意に甘えるぜ。それが正解だ!
俺がそう答えると初めてセシルはうっすらと口元を緩め、微かに笑っているような表情を見せた。
俺はその顔に少し見惚れてしまった。
美しい……、俺の頭の中にはそんな感想が湧き出ている。
「では、こちらはウチが責任をもって預かろう。……ん……重い!な……」
セシルは荷車を裏手に運ぼうとして引き手の部分を掴み前に進もうとするが、かなり大変そうにしていた。
荷車には合計60リットルのタンクが積まれてあり重量もそれなりにある上、ギルドの裏手までは少し上り坂になっているからだ。
セシルは俺より背が高いが細身で力仕事はどう見ても向いていない。
よっしゃ。
俺は荷車の後ろに手を当てて、腰を入れてグッと押した。
「おい、押してやるから方向はそっちで操作してくれ」
セシルは後ろの俺を少し振り向き、
「助かる」
と一言添えてきた。
そのままセシルと俺はギルドの空き部屋のような所に荷車を運び入れた。
「うっしゃ!じゃあコイツ(荷車)の事は任せたぜ。行ってくる!」
「お気をつけて……」
俺はセシルを振り向き笑顔だけ返すと、すぐさまカブの所に直行した。
セシルもなんだかんだ言って冷てえ奴じゃねえかもな……。そんな風に考えた。
「じゃあ行きましょうカイトさん!」
「おじ、出発ー!」
カブとリアボックスの中のターニャは声を揃える。
「おう!」
キュルルルッ、ドゥルルルン――。
カブは俺がシートに座ると同時にエンジンを始動させてきた。もはや生き物だな……!
シフトペダルを前に踏み1速に入れ、アクセルをひねる。車体がゆっくりと進みだす。
このとき俺は仕事の報酬額の高さから、かなりの興奮状態だった。そしてターニャはそんな俺につられるようにちょっと嬉しそうにしている。
そしてカブはカブで気分が高まっているらしく、こんな事を言い出した。
「うわあーーっ、久しぶりに荷車を外して走るとすっごい軽いですねー!!あっはっはっはっは!」
「ういーー!カブはやーい!」
「ははっ、確かにさっきまでとは運転のし易さが全然違えわ。でも油断は出来ねえぞ!」
そう、ヘドライト村へはあの超荒道がある。しかもそれが10キロ近くもある。
かかる時間は片道で一時間以上というハードさだ。
しかし今の俺は……いや、俺達はそんな道の荒れ具合など意に介さないレベルのハイテンションだ。
行くぜーー!!
――ザザッ、ジャリジャリッ!!パキパキッ、ドゥルルルン!!
山の中に響く音は以前と同じ、しかし今はあの時ほど荷物を積んでいない。
前回はリアボックスから山盛りの荷物がはみ出てネットまで使うレベルだったが、今回は芋二つと小さな乗員――ターニャである。
ターニャは急な坂に入ると、自分から降りたがるようになった。
そして後ろからカブを押してくれた!
「ありがとうございます!ターニャさん。一瞬ですが排気量150ccぐらいになった気分です!」
カブはそう言ってターニャに礼を言ったが、実際かなり助かっている。いいぞターニャ!でも無理はするなよ。
俺は身を尽くしてカブを押してくれるターニャに感謝すると同時に、あまりきつい事をさせたくないという感覚にもなった。
「ターニャ。ゆるい坂になったらリアボックスに掴まれ!カブが引っ張ってくれるからな!!」
「うん!きゃははっ。カブ待ってー、あはっあははっ!!」
ターニャは俺が言った通りカブを押すだけでなくカブに引っ張られもした。
どうやら本人にはそれが楽しいらしく、きゃあきゃあという笑い声が聞こえてきた。
――コイツは結構逞しく育つんじゃないか?
俺はそんな風に考えるのだった。