209 ボルト
「よく喋るなー」
俺はちょっと笑いながらそのボルトと名乗る男に言った。
ボルトはやはりヘラヘラしながら答えた。
「いやーサーセン、へっへっ。昔っから僕ってこうなんすよ、スハーッ」
そう話しながらもユラユラと揺れたまま喋るボルト。うーむ、なんとも面白い奴だな。
「さっき言ってた事だけどよ、ウチは労働時間も給料も出来高性で固定じゃないんだ。ただ、これから仕事がどっと増える予定でな、それに合わせての人材募集なんだ」
ボルトは唇を尖らせて感心(?)したように話を始めた。
「へぇーー!!やっぱり仕事あるんスね!?しかも今から増えるんだ!へぇーーそんな事あるぅ!?」
その言い方にガスパルが怒りを抑えられずに詰め寄った。
「おいコラァ!!仕事があるからこうやって人募集してんだろが!?つーかお前、俺等の事舐めてねーか!?」
いつものガスパルの癇癪というか恫喝だったが、今回は俺もミルコも止めには入らなかった。……というか止める必要もなかった。
「あっ、すいませーん。へへっ。僕思ったことすぐ言っちゃうタイプなんで!ホンットすいません、へっへっ。」
などとペコペコと頭を下げつつもガスパルに全く怯んだ様子を見せずに笑うボルト。
ようし、じゃあこっちも色々聞いてみっか。
「ボルト君よう。どうしてウチの会社『スーパーカブ』に仕事がないと思うんだ?」
するとボルトは頭を掻きつつ少し上を向いて自分の考えを長々と、しかし論理的に述べるのだった。
「スゥーーッ……。いや、まず、こちらの会社って配送会社じゃないっスか?要するにモノをこっちからこっちに運んでその送料で稼ぐビジネスじゃないっすか?」
「ん、間違いない」
「でぇ、今って、ぶっちゃけ配送会社、『キャット』と『サガー』の2社にほぼほぼ業界のシェア奪われちゃってますよね?確かヤマッハとスズッキーニを往復する大型車もその2社しか持ってなかったハズなんですけどー……」
「ああ、少なくともウチにはないな」
「んで、そう考えると後発の配送会社ってめっちゃ厳しくないっすか??」
「ほう、その理由は?」
「いやー、まずー、気になったのは配達の単価なんですけどー」
「単価……」
「そっすそっす。えと、例えばその、ヤマッハ内のAさんの家まで配達物を運ぶ場合ー、大手の配送会社ってAさんの家まで行く間にBさん宅、Cさん宅、……Dさん宅ってついでに配送できちゃうんですよー。これって配達物が多いから出来るんですけどー、つまりそうなると……」
ボルトは俺に問うような視線を向け、俺は答えた。
「ん!確かに荷物1個あたりの配送単価は下がるな」
「でしょ?ヤマッハにしろスズッキーニにしろ町中にそういう配達網が先の2社はすでに出来上がってるハズなんでぇー、そうなると皆単価の安い大手に配送依頼するじゃないっすかー?えへっへっ」
……確かに、この男の言っている事は事実だ。
「だから新しく出来た配送系の会社ってー、配送出来る荷物自体殆どないはずなんすよねー。……なのにそんな中事業拡大のために人員を募集するなんて、いやー、ふふっ、ちょっと意味不明じゃないっすかー!えーなんだこの会社??なんか特殊なルートなり配送システムなりがあんのかなー??……って募集の広告見て僕思っちゃってー。へっへっ。まあその、大手の下請けとかなら全然分かるんですけど独立してるみたいだしー、いやーホントすっごい不思議なんすよね、御社の『スーパーカブ』って……」
……ここまで聞いて、まず俺はこの男の洞察力に本気で感心した。
ミルコとガスパルも、ボルトの落ち着きのない挙動や軽い言い方に反比例するような理路整然とした話の内容にあっけにとられていた。
しかしながらウチの要であるカブやセローといったバイクについては何も知らないと見える。
俺は腕を組んで息を大きく吐き、質問した。
「なるほどな、いやーボルト君。君の考察には素直に感心したよ」
「へっへっ……あざーっす」
「ところで――最初にも聞いてたが月給はどれぐらいを希望してる?」
何となくこの男は高給を求めそうに見えるが……。
ボルトは目を丸くしてちょっと驚き、すぐにニヘラッと笑いながら頭を上下に動かし頷いた。
「へっへっ、そうっすねー。金はもちろん欲しいっすけど、まあ正直3万ゲイルぐらいは欲しいっすね。……てか、ここ実際に働いたら結構金払い良さそうっすけどね、なんとなく。えっへっへ」
ここでミルコが席を立って宣言した。
「そりゃ良いに決まってるでしょー。ねえカイトさん!?」
ガスパルも乗り遅れまいとミルコに続いて席を立つ。
「そらそうよ!カイトの……社長の羽振の良さはスゲーんだぜ!?だよなあカイト?」
「お、お前らそれ自分のために言ってるだろ!?」
「あはははははっ」
俺達は笑った。
ボルトは俺達三人の顔を興味深く眺めて、そしてちょっと真面目な笑顔になってこう言った。
「へぇーー……なんかここ雰囲気良さそうっすね。僕、働くっすよ。ここで」
すかさずガスパルが突っ込んだ。
「いや待て待て!それはこっちが決めんだろーが!!実はやる気ありまくりかァ!?お前」
「あははははっ」
な、なんか面接とは思えないぐらい和やかな空気になってきたぞ。
「あ!も一つ聞きたいんですけどー、ここの従業員の人数って何人っすか?」
俺は正直に答えた。
「ん?ここにいる三人だが?」
ここで椅子の後ろからピョーンと飛び出て来た少女が一人。
「わたしもいるよー!」
もちろんターニャだ。
その瞬間ボルトの顔が引き攣った。
「え、子供!?い、いや、……ってゆーかたった三人しかいないんすか??マジすか!?」
「いや、よく考えたらさっき4人になってたわ」
ウドーを忘れてた。
するとさっきと違い何か険しめの顔付きでボルトは質問してきた。
「えーっと社長の……カイトさん、でしたっけ?」
「ん?おう」
「その、あの、違ったらすいませんなんですけど。ここって何か特殊な薬物を裏で売っているとか……そういう仕事してたりします?ち、違ったらホントすいません!」
ボルトは今までの余裕綽々《よゆうしゃくしゃく》とした姿から一転して怯えにも似た縮こまったような挙動をみせた。表情にもヘラヘラとした以前の余裕はなくなっている。
あ、もしかしてコイツ、俺達が裏の商売人かなんかだと疑ってんのかな?ちゃんと訂正しておくか。
「いや、俺達はそんなヤバい集団じゃねえし、もちろん犯罪とは無縁だ。ただ特殊な商売道具があるだけだ」
「え……あ、そ、そうなんすね!!いやー、ちょっとマジで怖かったんですけど今……へっへっ」
ちゃんと怖いものは怖いと言えるのか。なるほど、もう一つ質問してみよう。
「ボルト、自分の嫌いな事を一つ挙げるとしたら何だ?」
ボルトはその一瞬、ものすごく大真面目な目つきでこう述べた。
「嘘をつかれる事っすね。自分が嘘つくのも含めてですけど、計画とか色々と狂っちゃうので」
まっすぐ俺を見るその目には、しっかりとした芯のようなものが感じられた。俺は採用の合否を言い渡した。
「採用するぞ。ウチ来るかいボルト?」




