194 最後の関門
――パルルルルッ!
「うはーっ!気持ちいいー!」
セローに立ち乗りするミルコの溌剌とした声が山中に響き渡る。
俺達は先頭を交互に入れ替えて走っていた。今は2番手がガスパル、最後尾が俺だ。
「うおおーい!ミルコ、速えぞコラ。俺達を置いていくなー」
ガスパルが大声で叫んでいるが、確かにミルコの奴ちょっと飛ばし過ぎだな。よし。
「おーい。ちょっとバイク交代してみっかー!?」
俺は後ろから二人に声をかけ、ガスパルが真っ先に反応した。
「おおー。いいねいいねー!俺ミルコ見てたらセロー乗りたくなってきたわ!」
一方でミルコはちょっと残念そうな顔だった。
「あー、交代っすかー……りょーかいっすぅー……」
俺は笑いながらミルコを茶化した。
「ははは。お前すっかりセローにハマっちまったな。あれか?セローには誰も乗せたくねえ!って感じか?」
「い、いやいや……はは、そうじゃないっすけど……」
カブ90を降りたガスパルはさらに言及した。
「にしてもお前、運転上手くなったよなー!最初下手すぎて見てらんなかったんだぜ?」
確かに、昔のミルコはバランスを取る事すら出来なかった。
「体でコツを覚えたらなんかスッと乗れるようになったんすよ!じゃ、俺はカブ90に乗りますか……」
「90でいいのか?カブでもいいぜ?」
俺はカブを指差した。
「あ、マジっすか!あざます。じゃあカブ君よろしく!もうあの時の俺じゃないんで安心してね」
カブはニコニコしながら答える。
「ミルコさんに乗られるの久しぶりです!よろしくお願いしまーす」
「ターニャはおじの後ろのる!」
「おう。じゃあお前は90の後ろな」
すぐさまカブ90のリアボックスへ乗り込むターニャ。慣れたもんだな。
「よっしゃー!行くぜーー!」
――ギャルルッ。パルルルルン!!カシャッ。
威勢のいい声を張り上げ、セローに乗ったガスパルが動き出す。
俺も後に続き、その後ろからカブに乗ったミルコが続く。
――パルルルルン!ドゥルルルルッ。ドゥルルルルン!
順調だ……。
ぐっすり寝て体の疲れも癒され、道は単調で路面も荒れていない。
バイクの運転技術は3人共かなり上達していて不安はない。ふはははは!なんて余裕なんだ!
そんな風に考えていると、再びあの山賊出没地帯に差し掛かった。しかし――!
――パパァァァァーーーーッッ!パーッパパパパパパーーッ!ドゥルルアアアアアァァンン!!
「うおおおおおおおお!!」
「おらああああああああ!」
「はあああああああああーー!!」
またもホーン+空ぶかし+雄叫びという爆音ビビらせ作戦が功を奏した!
「うおおおおお!うおおおおお!!キィンキィン!パンッパンッ!!ヒヒーン!!」
カブに至っては家にいる時にダウンロードしていた時代劇をMAX音量で流している!世界観は違うが効果は抜群だぜ。はーっはっはっは!!
「ぎゃああああなんだコイツ等ら!!??化け物だーーーー!!ひぎゃーー!!」
などと言って山賊達は散り散りになって逃げて行った。
「大勝利だぁー!!」
「無敵っす!」
「ハッタリかますの楽しすぎだぜ!!」
「うぇいーー!!」
といった感じで俺達は難なく山賊の出没地帯を抜け、昼休憩をとって残っていたセシルの弁当を食べた以外はノンストップでひた走った。
しかしここだけは要注意だ。そう、行きの時の最初の関門だった超急坂である。
もちろん今回はより危険度の高い「下り」なのだ!
「いよいよ例の急坂だぞ皆!」
俺は全員に注意喚起を促した。
圧倒的に行きの時よりも帰りの今の方が荷物が軽いとはいえ、一応7~80キロ近くの荷物を荷車に乗せている。
俺は思った、
このままの走行スタイルでは危険かも知れない!……と。
「おう、ちょっとここを下るにあたって一つ注意がある」
皆は俺に注目した。
「何でしょうカイトさん?」
ミルコが不思議そうな顔で聞いてくる。俺は自分で坂を下るシーンを想像した。
……うん、やはりマズイ!皆にも説明しよう。
「なあ、この荷車の荷物、軽いとはいえ100キロ近い重量がある。それで今のままゆっくり坂を下ったらどうなるかちょっと想像してみてくれ」
「えーっと……」
ガスパルもミルコも、素直に俺の言う通り頭にそれぞれのイメージを描いているようだ。
「……いやー。普通にゆっくり下ったらよくねーか?カイト」
ガスパルはすぐにそう答えを出した。
俺は首を横に振る。
「いや、危険だ。ガスパル、ヒントを出すぜ。この荷車と俺達のバイクはあくまで丈夫な紐で結ばれてるだけなんだ」
「おう?」
「だから荷車はただ単にバイクに引っ張られているだけなんだ。だから、平らな道や登り坂なら起きない事が下り坂では起きるかもしれねえんだ!」
「……あっ!」
その瞬間ミルコがハッとしたようにパン、と手を叩いた。
「も、もしかして……バイクと荷車の接続部分を支点にして、後ろの荷車が折れ曲がってくるって事っすか!?」
「そう、その通り!」
俺は自分の左右の人差し指同士をくっつけ、それを曲げるような手振りを二人に見せた。
「あー……そうか!なるほどな、確かにそうだ!!」
ガスパルも納得したようだ。
「さっすがカイトだぜ。でもどうすんだ?」
ガスパルがとりあえず疑問を口にする。
「荷車を後ろに付けてるから駄目なんだ。前につけりゃいい!」
「ま、前!?……」
ミルコもガスパルも狐につままれたような表情だ。
「カブとカブ90はフロントキャリアに、セローはそのヘッドライト前のフレームにつけるんだ」
それぞれの接続場所を指で示し、俺は説明を続けた。
「で、バイクに乗った俺達は荷車に引っ張られながらブレーキを掛けつつじっくり進めばいい。幸いなことにこの坂はカーブが無いからな」
ガスパルとミルコは感心したような顔で俺を見た。
「ははっ、いやーしっかしいつもいつもカイトの言う事は理にかなってんな」
「ホントっす。多分僕とガスパルさんだけだったら確実にどっかで事故ってると思います……」
「おじはすごい!」
俺は謙遜しつつ照れ笑いした。
「ふっ。まあお前らよりちょっと経験値が多いってだけだ。じゃあ、降りるか!」
「おう!」
――ジャリッ、ジャリリッ……!
3台のバイクはゆっくり確実にその急坂を下りていく。
流石に各バイクのブレーキの方が強いようで、数分で坂の下の平地までたどり着いた。よし、オッケー!!
「よっしゃーー!最後の関門を突破したぞー!!」
「いえーい!」
「うぇーい!」
浮かれる3人を眺めながら俺はマイペースに考えていた。
いや……この下り坂がもし行きにあったら、俺達相当苦戦してたんじゃねーか?
いや、荷物を分ければ行けることは行けるが大幅な時間のロスだ……って事は、これはもうアレだな。
荷車にブレーキ機能を付けるしかねえ……。
突如として降ってきた次なる発想に、俺は薄く微笑むのだった。