192 フグとカブ
「薬ありがとうな!よく眠れたわ」
「良かったです。行ってらっしゃーい!」
俺達は朝食を食い、受付の姉ちゃんに元気よく挨拶して宿を出発した。
今ちょうど日が昇ってきたところで、辺りは薄暗いが物はよく見える。
「むむ!カイトさん!?」
バイクを置いた場所に着くやいなやカブが怪訝な顔をしてきた。な、なんだ?
「あの、カイトさん。もしかして、その……何かに取り憑かれてたりしませんか?」
俺はすぐにあの夢の「フグ」の事が頭に浮かんだ。
「え!?お前、分かるのか?」
「はい……一応僕って精霊なので霊的なものには敏感なんです!」
皆は「なんのこっちゃ?」といった顔で俺とカブを眺めている。
俺はとりあえず実際に起きたことを皆の前で発表した。
「カイトさん、それ、本当に夢なんじゃないですか?」
「そうだぜ。魚が自分の身を食わせて人の頭ん中に住み着くとか……なんかの物語かよ!?ぎゃはは」
「いや、確かにそうなんだけどな……」
――『夢ではありませんよ』
突如としてまた頭の中にあのフグの声がした!
「うおっ!今、なんか聞こえたぞ!!」
「俺もっす!」
「お、俺も聞こえたぞ!」
「ターニャもきこえたー!」
ガスパルやミルコ、そしてターニャもか!?
――『あなた方も私の身の一部を食べたので通信出来るようです。便利ですねー』
ガスパルは困惑して言った。
「いや、便利とかそういう話か?」
そしてカブもなぜか語気を荒げた。
「そうですよ!カイトさんも勝手に住みつかれていい迷惑じゃないですか?まったく……」
あれるカブがなんか怒っている。お前もどうした!?
『……機械のあなた。あなたも私と同じ霊の一種のようですね』
「ええ、そうです!僕はスーパーカブの精です。カイトさんの最高の相棒です。フグさん!僕達はお仕事で忙しいので変な事言わないようにして下さいよ!」
カブはなんか気が立っているように見える。
「なんか今日のカブ、ピリピリしてねーか?」
「お、俺もそう思います」
ミルコも同意した。
しかし、ここでフグはあろう事かカブを煽りだした!
『カブさん……。あなた、もしかして嫉妬してるんじゃありませんか?この私に』
ぅおい!?
カブは顔を赤くして怒りを表明する。
「な、な、何を言うんですか!?僕とカイトさんは今まで数千キロという距離を共にしてきたんです!ポッと出のあなたに何が分かるんですか!!」
あかん、カブの奴めちゃくちゃムキになっとる!
それを見ていたミルコとガスパルがちょっと引いていた。
「カブ君て結構嫉妬深かったんですね」
「すげー、なんか人間みてーだな……!」
「そうだぞ。コイツ、最初セシルに会った時も、セローやカブ90を買うって言った時もこんな感じで怒ってたぞ」
「へぇー……」
カブはなんとなくバツが悪そうな顔をしている。そこへフグが追い討ちをかけた。
『うふふ、言っておきますが私はカイトさんと肉体関係(捕食)があるんですよ』
カブは絶望的な顔をした。いやいや待て!
「え?お前ってもしかして女……ってかメスか?」
『元々精霊ですので性別はありませんがフグの時は……メスでしたね』
カブはタブレットにハンカチを食いしばるようなイラストを展開させている。
めっちゃ効いてるじゃねーか!仕方ねえ、仲裁しとこう。
「ま、まあとにかくカブもフグも精霊同士ケンカすんな。フグは目的があって俺の頭に住み着いてるだけで俺達の邪魔はしないって言ってんだからカブも争うなよ」
「は、はい……」
カブはシュンとして大人しく引き下がった。
『はーい。すいませんでした』
と、フグも同様に静かになった。
「カブはおじが大好きだねー!」
ターニャが最後にちょっと照れくさい事を言って皆苦笑いでその場は収まった。
いやー大事な輸送の出発前だってのに思わぬハプニングだったぜ。
ふと、ここでミルコが聞いてきた。
「ところでカイトさん。今日出発して明日の朝にヤマッハのギルドに着くでしょ?で、そのままバダガリ農園行きなんですよね?」
「ああ」
どんだけ疲れてても必ず届ける。それがスーパーカブって会社だ!
「あそこは誰が配達に行くか決まってます?」
それを聞いて思い出したが俺はセシルとの約束で「もうバダガリ農園には行かない」と言った事を思い出す。
「俺が行くぜ!バダガリともちょっと仲良くなったしよ」
ガスパルが名乗り出てくれた。
「よし、じゃあガスパル頼んだぜ」
「おう!」
コイツもなんだかんだ頼れる人間になってきたな。それが俺は素直に嬉しかった。
――ドゥルルルン。パルルルッ。シャルッ……トットットッドゥルルル……。
それぞれのバイクのエンジン音が響いた。
俺達は皆、行きと同じく丸一日走ってヤマッハに到着する気でいる。
ゆっくりと各自バイクを運転して関所に入ると、俺達の3台の荷車にレブルからの輸送品である薬の入った木箱が数個積まれていた。
ここの兵士に言われた通り、本当に行きの荷物の4分の1程度の体積しかなかった。
重量も軽くて運びやすそうに見える。
……え?これだけ!?
俺達は思った。
「帰りは楽勝だ!」