159 朗報
トンッ……。
テーブルの上に置かれたホカホカのチャーハンからはフワッと湯気が立ち昇っている。
「ふわー……!」
「うわあぁーー……、いい匂い!」
ターニャとケイもうっとりしてチャーハン皿を眺めている。
ガタッ。
俺も椅子に座り二人に麦茶を配る。
ケイはやはりウットリしながら……、そしてターニャはまるでおあずけをくらった犬のように、チャーハン皿と俺の顔を往復するように見つめている。
ふふ、ヨダレが出ているぞターニャ?
「……いただきますッ!」
俺の音頭で皆一斉にチャーハンを口に運んでゆく!もちろん俺も!
ばくっ……。
「……」
「……」
「……」
…………。
……!……!?
!!!!……!!
……その空間に人の声はなかった。
ただ、一人の少女と一人の幼女、そして一人のおっさんがひたすら目の前のチャーハンを口に入れるその音だけが僅かにあたりに溢れていた。
ふと気がつくと俺のチャーハン皿は空になっていた。
眼前の二人を見ると、夢中になってチャーハンを貪っている。
人は真に美味いものを食した時、笑顔にはならない。目の前の食べ物に集中し没頭するからだ……。
もしかしたら、獲物を取られまいとする狩猟時代からの生存本能がそうさせるのかも知れない。
「おじ!」
不意にターニャの声が響いた。
「どうした?」
「おかわりある?」
「何ッッ!!お代わりと言ったか今!?」
「うん!」
「ターニャよ、まずは目の前の飯を全て平らげてからだ!食いかけのままお代わりなどこの俺が許さん」
「なんかカイトおじさん、おかしくない?さっきから」
うむ、確かに今の俺はチャーハンを作りそしてチャーハンに取り憑かれし者……。
いわばミイラ取りがミイラになった……とでも言うべきだろうか!?
……いや、なんか俺もこのキャラしんどくなってきたぞ。
「お、すまんすまん二人共。ちょっと正気に戻るわ」
「おー、いつものおじになった!あははっ」
そう言って笑うターニャ。
「いやでも、おじさん凄いね!お米を炒めただけでこんな美味しくなる??フツー……」
ケイからも賞賛の言葉が飛ぶ。
ふふっ。作った甲斐があったというものだ。
その後、皆で「ごちそうさま」の後食器を洗って夢のような昼飯は終わりを告げた。
……。
「じゃ、私もう帰るね!チャーハンありがとおじさん。ターニャ、また遊ぼうね!」
「うん、ケイ。いつでも来て。ターニャも行くから!」
ターニャとケイは握手を交わした後、ケイは木の穴から異世界ドゥカテーへと消えていった。
物悲しそうな顔をするターニャ。
俺はその小さな肩に手を置いて囁いた。
「ところでターニャ、お前ちゃんと『芋』育ててるか?」
「芋!そうだ。おじ、こっちこっち!!」
ターニャに引っ張られてついて行くと、そこには芋の芽を出させるための皿があった。
「まだ早えよターニャ。あと10数日はかかるぞ?」
……と言いつつ浅い水面に浸した芋を見てみると、なんと0.5センチほど芽が出ている!?は、早いな……!
「ははっ。これならすぐ芽が出てくるぞ!良かったな」
「うぇーい!」
「へー。今度は農業ですか?」
いつの間にか後ろに移動していたカブが唐突に聞いてきた!ビックリしたー。
「おう、まあ俺は農業どころじゃねーから、ターニャの手助けをする程度だがな」
カブはほっこりした感じの笑顔を浮かべた。
「植物って不思議ですよねー。あんな小さな種が巨大な木になったりするんですから!」
「お前の存在の方がよほど不思議だぞ」
「い、いやー、はは……」
――それから夕方が過ぎ辺りが完全に暗くなった頃、いつものように俺とターニャはセシルを迎えに事務所へ行った。
セシルはいつも、仕事を終わらすと事務所で待ってくれている。
「おう、お待たせ」
セシルは俺をみるや否や俺に問いかけた。
「カイト!建物が増えてるんだけど……これはケイがやってくれたの?」
「その通りだ。またもや家建ててもらっちまったわ」
セシルは苦笑いして聞いてきた。
「カイトの事だからもちろん何かしてあげたんでしょ?」
「ああ、指名手配犯を一緒に捕まえて王様の所まで連行したんだ。コイツがまたとんでもない奴でなー……まあ帰ってから話すわ。おうセシル、乗れ乗れ!」
俺は親指でカブの後の荷車を指差す。
セシルは荷車に乗り込みながらちょっと含み笑いのような表情を浮かべて、とある報告をした。
「カイト、いいお知らせがある。貿易輸送の事だけどね。前回のカイト達の仕事が評価されて、輸送先がもう一つ増えるかも知れない」
「え!?……」
俺はビックリした。
「しかもその輸送先はゼファールよりも遠くて、その分輸送報酬も高くなるって!」
「マ、マジか!?すっげー嬉しいぞそりゃー」
カブも喜びの声を上げた。
「凄ー!ちょうどバイク増台したところですしタイミング良いじゃないですかー!」
「おう。まったくだ!」
「ぼうえき……ほかの国と物をこうかんするやつ……だっけ、おじ?」
おお。ターニャが学習している!
「そうだぞターニャ。よく知ってるじゃねーか!」
「うふふー。てんさい〜てんさい〜♫」
などと、ターニャは上機嫌でケイの歌を完コピして踊り出した。上手いぞ!
そんな感じで俺達は浮かれながら家に帰るのだった。
……そして詳しく話を聞いた所、なんと貿易相手の国は俺達も話していた隣国のレブルだった!
「レブルはスズッキーニから東にずっと進んだ所にあるの。西にあるゼファールとは真逆の方向だね」
「へー」
もちろん俺達にとっては未知の国だ。
「それで、こちらから運ぶものはゼファールの時と一緒でロール紙とペン」
「レブルからは何を??」
俺はワクワクして聞いた。
「うん、薬品の材料とかだね。レブルは医療が進んでるから」
「へー、具体的にはどんなの?」
セシルは思い出すように言った。
「えーっと、……確か、芋の煮汁だとか」
「芋ぉお!?」
ターニャが思わず前のめりになる。
「米のとぎ汁だとか……」
「米ぇえ!?」
ターニャ落ち着け!
「……他にも色々あったけど、……えーっと、何だっけな……あ、カビだ!青カビ!」
「……」
ターニャは沈黙した。分かりやすい奴め。
そして次に発されたセシルの言葉に、俺は興奮を抑さえられなくなった――。
「でね、スズッキーニとしては至急それらの素材が欲しいんだって。カイト、いつから出発出来る?」