154 泊まっていけよ
「でもまあ今日も明日も特に予定はないし、やってみっか!」
俺はこのとき怖さと同時にちょっと面白そうだなとも感じていたのだ。
「ホント!?ありがとおじさん!」
そしてケイに一つ提案してみた。
「ああ、相手が魔法使えないならそこまで警戒しなくても大丈夫だろうしな。その代わりといっちゃ何だがケイよ、もう一件家建ててくれねーか?」
「え、いいけど前建てたやつじゃダメなの?」
今事務所として使ってるやつだな。
「アレとはまた違った用途で使いたいんだ。ウチの仕事仲間の社宅みたいなのが欲しくてな」
……てか今のところ、事務所はセシルの通勤用カブ90カスタムの駐輪場(予定)とか、ミルコとの待ち合わせ場所ぐらいにしか使われてない。
カブはその提案を絶賛した。
「なるほど!良いですねー。特にガスパルさんなんかはカターナ付近までワザワザ迎えに行ってましたし、あそこに社宅があった方が絶対いいと思います!あの人も喜ぶんじゃないですか?」
「かもな、ガスパルがどういう生活してんのか想像つかんけど……」
ふと下を見ると、ターニャが俺の顔を覗き込んでいる。
「おじ、皆のいえがたつの!?」
それを聞いたケイは得意げに胸を張った。
「そうよ。この私の土魔法でね!」
「おお!ケイ、すごい!」
「そう!私は凄いのよ!!イェーイ」
ケイは後ろからターニャの手を掴んで一緒にバンザイしている。
ケイってなんか扱いやすいな……と俺は思った。
「あ、そうそう。魔法をつかえるように木の実を取っとかないとな」
俺はポーチに入れた木の実を確認すると残り2つになっていた。
ここでケイから一つ忠告された。
「カイトおじさん。あの木の実、実は貴重品だからね。無闇に使っちゃダメだよ」
「ん、そうなのか?なんか、他にもあの木に何個か出来てたと思うんだが……」
「あの実は『魔素』の塊だから、次に出来るまで大分時間が掛かるのよ」
「そうか、分かった。慎重に使うわ。まあ俺の方は普段あの実を使う必要もないし。ケイに土魔法使ってもらう時ぐらいだな」
「うん!そうして」
というわけで俺達は明日一日中、謎の人物を探すことになった。
ここでターニャがケイに聞いた。
「ケイは今日どうするー?」
何となくケイに泊まって行ってほしそうな感じだ。
たまにはお泊まりもいいか。
「なあケイ、今日ウチに泊まっていくか?」
ケイは振り返って声高に叫んだ。
「え!……い、いいのおじさん!?」
「ああ、その人物の特徴とか色々聞きたいし、お前が良ければだけどな」
ケイは嬉しそうにガッツポーズをしながら、ターニャと一緒に踊りだした。
「やったー!じゃあお言葉に甘えて泊まりまーす!」
「ケイとおとまりーうぇーーい!!」
楽しそうだな。
――その夜はセシルと一緒に夕食にカレーを作った。
ケイにとっては2度目のカレーだがやはりめちゃめちゃ美味そうだったようで、ケイはいそいそとカレーを口に運んでいる。
ターニャも言うに及ばず、カレーをリスのように口に頬張っている。ゆっくり食え。
モグモグ……。
「お、おいしー!こっちの料理はなんでこんなに美味しいの!?」
セシルも嬉しそうに微笑んでいる。
「好評で良かった。たくさんあるから食べて食べて」
「ありがとーセシルさん!」
「向こうの飯ももっと美味くなればいいんだけどなー。そういやゴブリン達どうしてる?」
以前ゴブリン達に芋の作り方を教えて以来、人間達とは平和にやってると聞いているが。
「うん。カイトおじさんのお陰でゴブリン達も友好的だよ。この前初めて芋の芽が出てお祭り騒ぎしてたし!」
「ほう、そりゃあ何よりだな」
俺はちょっと安心した。
「ターニャも芋育ててるよケイ。大人になったらカブで芋屋さんやる!」
「ね、ターニャ。私には格安でその芋売ってくれるんでしょ?」
ニヤついて聞いてくるケイにターニャはキッパリと答えた。
「……ぶらんどだからたかい。ねだんたかい!」
「ぶはははは!どこでそんな言葉覚えたんだ!?」
「私が寝かせる時に読んでる絵本の影響かな」
とセシル。
「それ本当に絵本か?」
……それから皆がカレーを食べ終わってしばらくのんびりした後、俺は皆を連れて温泉に行った。
――ザッ、ザッ……。
辺りは真っ暗だがカブのヘッドライト+補助灯で夜道を照らしてもらいながら、俺はクーラーボックスにキンキンに冷やしたビールを入れて歩いている。
メンバーは俺の他にセシル、ターニャ、ケイの三人。
バンには護衛をしてもらった。
「ありがとうなバン!後で肉やるよ」
「カイト殿、感謝します!」
――ジャバジャバー……。
「あ、カイトさん。そろそろ温水で足元が……僕が同行出来るのはここまでですね」
「おう、助かったぜ」
そこからは3個ほど持ってきたLEDランタンに光源を切り替えてちょっと進むと、眼の前には大量の湯気とともに温泉のお湯が湧き出ているのが見えた。
最近、夜はやや肌寒さを感じるようになっていたが、温泉の湯気が立ち上るその空間はほんのりと温かい……。ああ、最高だ。
テンション爆上がりした俺は約7秒で持ってきたカゴに衣類を脱ぎ捨てダッシュして湯溜まりに飛び込む!
――ザッパーン!
「ひゅーっ。あったけー、いい湯だぞーお前ら!」
「ういーー!」
――ジャプーン!
ターニャも後に続いた。そしてそのまま泳ぎ回る。
次に服を脱いだケイは特に俺に恥じらう事もなく、お湯に手を浸けて感動していた。
「わー、すごい!?本当にお湯があふれてるんだ……!?水魔法とはまたちょっと違うね。面白っ!」
そう言うとケイは助走を取るために後ろに下がり始めた。俺やターニャの真似をして飛び込むつもりらしい。いいぞー。
「よ、よーし……いくよー!」
――ダダッ……。
俺はちょっと嫌な予感がした。
ズルゥッッ!?あっ、案の定コケた。
「ぎゃーー」
そして直ぐ側の俺の顔めがけて胸から突っ込んでくる!?ええええ。
ムニョン……。ジャッパーン……!
セシルの半分ぐらいの大きさ胸がしばらく顔に張り付いていて嫌でも記憶に残る。
……いや、別にそういう性癖はないので嬉しい訳ではないが。
「大丈夫ケイ?」
セシルも入ってきてケイを気遣った。
「ブハーッ、あ、あービックリしたー……ごめんカイトおじ!」
「はっはっ、気にすんな。ゆっくり浸かっていけ」
「うん!」
それからはケイとターニャはジャバジャバとお湯をかけ合って騒いでいて、俺はセシルの隣で座ってのんびりしていた。
「こんな所があったんだね」
「ああ、最高だ」
「うん」
夜空を見上げると無数の星々が散らばっていて、その輝きに吸い込まれそうになった。
湧き上がる湯気が時折それらを気まぐれで覆い隠してはまた現れる。
夜はふけていった。