149 キャットのルナ
カブと俺とターニャで合計200キロオーバーの車体に衝突されたガスパルだったが、スピードは遅めだっため、気を失う程のダメージはないようだった。
「な、なに……すんだよ、カブ……!?」
ガスパルは地面に膝をつきながらも困惑した表情をカブに送っていた。
カブは泣き顔のままガスパルを見つめて言った。
「ガスパルさん……、辛い時期ってありますよね。お金もなく、仕事もない……、そんな時に人が取れる行動は一つしかありません!」
「――そう、生活保護です!」
俺は呆れ返った。何言い出すんだコイツ!?
「な、……何だよそりゃあよ!?」
「ガスパル、気にしなくていいぞ。そんなもんこの世界に存在しねえから」
「ええっ!?この国は生活困窮者を助けてくれないんですか?」
「そんな制度があるような世界に見えんのかよ、お前には!?」
俺とカブがそんなやり取りをしていると、ターニャがガスパルに駆け寄っていった。
「ガスパルへいきー?」
「ターニャか、平気……でもねえな。いてて……」
そんなガスパルをミルコは困ったように眺めていたが、やがて意を決したようにガスパルの側に寄って手を伸ばした。
「んんー!?なんだミルコ。盗賊は嫌いなんじゃなかったのか?」
「確かに盗賊は嫌いだけど、あんたはスーパーカブの貴重な配達員……、いなきゃカイトさんが困るだろ」
「おっ。その通りだ!」
俺は笑顔で頷く。
「……」
ガスパルは無言のままミルコの手を握ってサッと立ち上がり、カブ90の前に立って何か考えているのかしばらく動かなかった。
そしてゆっくり口を開け、気合いの入った元気な声でこう言い放った。
「……よっしゃあ!痛みとか吹っ飛んじまったぜ、ミルコお前後ろ乗れよ!」
ガスパルはカブ90に取り付けられた荷車を指差して爽やかな顔をしている。
その顔は最近俺が見たどんな笑顔よりも清々しさと覇気に満ちていた。
「なぁカイト。次は俺がカブ90運転していいだろ!?もちろん変な事はしねえからよ!」
そう聞かれた俺も思わず笑顔で答える。
「お、おう。元々そのつもりだったぞ。ヤマッハまで俺の後について来い」
「よっしゃー!任せろ。ミルコ、行くぞ!」
「りょ……了解!」
ミルコは少し戸惑いつつも荷車に乗り込む。先程の怒りの感情はその顔から綺麗さっぱり消えているようだった。
ターニャはどこかの漫画のように、
「ふっかつ!ガスパル、ふっかつ!」
などと叫んでいる。
うーむ、しかしやはり不良が良い事すると過剰に良い奴に見える現象って実際あるもんなんだなー……と思うと同時に、
――なんかズルくね!?
とも思うのだった。もしかして俺って器が小さいのか?
「よーし、じゃあ行くぞ!」
――ドゥルルルルー、ドゥルルルルー!
俺はカブに乗ってヤマッハへと走り、後ろからガスパルのカブ90もしっかり付いて来ていた。
運転に関してはガスパルには何も言うことはない。飲み込みの早い奴だ。
そんなガスパルが俺のカブに近づいて聞いてきた。
「なあカイト。キャットの奴ら本当にすぐ仕事よこすのか?」
「多分な。儲けが少ないだろうから仕事自体は外部に委託したがってると思う。ただ――」
「ん?」
「足元見てくるかも知れんな」
「……それって僕らへの支払いの事ですか?カイトさん」
とミルコ。俺は声を大にして二人に伝えた。
「ああ、奴らが安っすい賃金で俺らをこき使おうって腹ならトコトンゴネ回してやる!ここで『はい』と返事しちまったらずっと低賃金で労働する羽目になるからな」
「クックック……」
悪そうな顔で不気味に笑うガスパル。
ミルコも少し眉を釣り上げ、不敵な営業スマイルを浮かべている。
「カイトよぉ。俺はいつでもやってやるぜ!?なんか血が騒いできやがった!!」
「いや、ガスパルさん。ケンカじゃないっすよ。あくまで交渉だからさ」
ミルコは笑顔のまま荷車の上からガスパルをなだめた。そして続けて俺に質問する。
「でも、具体的にどれくらいの労働条件でどれぐらいの賃金が適正かとか、僕らよく分かんないっすね……」
「その辺は俺が何とかする。任しとけ!」
「お願いします!」
「頼むぜカイト!怒鳴りつける役は俺がやるからよ!」
「尋問じゃねーかそれ!?」
「あははははっ!」
「ギャハハハハ!!」
などと、キャットとの交渉が近づくにつれ俺達のテンションは徐々に上がっていった。
やがてヤマッハの中央区に位置するキャットの倉庫が見えてきた。でけぇな!
――キキッ。ガタンガタン……。
倉庫の前にカブを2台止め、俺達3人は中へ入ろうとした。
「ターニャもいく!」
「んー……多分お前にはつまんねー話だぞ?」
「でもいく!」
一応俺はターニャに残って貰おうとしていたがターニャは行く気満々だった。
「まあいいか。相手も油断してくれるかも知れん」
俺達は荷物の横で休憩していた従業員の一人を捕まえて、話の分かる人間を呼んでもらった。
すると、倉庫の奥から一人の女が歩いてくるのが見えた。
その女は俺達三人の前まで来ると軽く全員の顔を一瞥して、
「どうも、私は営業部のルナと申します。どうぞこちらへ」
と促した。
……え?
そのルナという女はキツそうな目つきで態度も少し偉そうだったのだが《《声》》がやたらかわいい……。
まるでアニメみたいな声だった。
俺達男三人はそのギャップに不思議な感覚に陥るのだった。
「おじ?どした?来てって言ってるよ?」
ルナを指差しながらターニャは俺の袖を引っ張った。
お、おうすまん、行く行く。
倉庫の横にはコンビニぐらいの大きさの事務所が建っていて、俺達は中の部屋に案内された。
テーブルを挟んで俺達の向かいに座るルナ。
するとあの柔らかい声でまず挨拶した。
「では始めましょうか。まず新聞に関してですが、正直なところありがたいお話ではあります」
「おっ、やっぱりか」
俺は予想通りで軽く笑顔になった。
「ただ一つ心配なのが、ちゃんと仕事をこなして貰えるのか……、という点です」
……ん?どゆこと?
ミルコもガスパルもよく分からないと言った顔だ。
俺は詳しく聞いてみた。
「一応俺達の会社スーパーカブは運び屋だし新聞配達が出来ないとは思ってねえんだが。具体的に何が心配なんだ?」
「ふふ、意外と単純な話ですよ」
ルナはニコッと笑って説明を始めた。あ、そんな顔も出来るんだな。