147 従業員の相性
「えっ、カイト、新聞配達やる気なの?」
セシルは少し驚いていた。
俺はちょっとニヤつきながら付け加える。
「ああ、でも俺が走るとは限らねーぞ。ミルコかガスパルに頼もうと思ってる」
「ガスパル……、ミルコ君はともかくあの人で本当に大丈夫なの?元盗賊でしょ、カブに乗ってそのまま盗んで消えるかもよ?」
それは俺もちょっと思った。
「カブに必要な燃料は軽油じゃなくてガソリンってやつなんだが、一応アイツにもガソリンはこの家でしか作れないって伝えてある」
「……」
セシルはまだ不安そうな顔だ。
「だからよっぽどのバカでなければ盗んだりはしないと思う。っつーか、俺としては奴の良心に期待したいんだ!」
「盗賊の良心に?……」
そう言われるとつらい。
「でもアイツのカブに乗りたいって気持ちは本物だ。それは間違いない!」
俺は真っ直ぐセシルの目を見て訴えた。
セシルも何も言わずに俺を見てしばらく動かなかった。
そこへターニャが割り込んできた。
「ガスパルはいい奴!ターニャにひっさつわざ教えてくれたよー」
まだ食い物が残っているのか口を若干モゴモゴさせている。ちゃんと飲み込め。
セシルはターニャに微笑んで、
「そうなんだ……。子供好きなのかな?」
と純粋に答えていた。
「あ、そうそう。セシル、お前にお土産がある。ほら、寿司だ!」
冷蔵庫の奥に隠していた持ち帰り用の寿司を引っ張り出してテーブルの上に置いた。
セシルは興味深そうに寿司を眺めている。
「これは、米の上に魚の切り身が……へぇー。え、もしかして全部生!?すごい……腐らないんだ!?」
「冷蔵庫のおかげだな。ここでいう氷室だが、俺のいた世界じゃ一家に一台は置いてあった」
それからセシルはターニャにも寿司を分け与えて二人で食べていた。
ちょうどセシルとターニャの好みは真逆で、ターニャは軍艦巻き、セシルはにぎり寿司――という風に綺麗に別れた。
「美味しい!寿司って料理最高ね。全部おいしい!ありがとうカイト……あ、でも納豆巻きだけは無理、ごめん」
セシルは口に手を当てながら寿司を評している。喜んでもらえて何よりだ。
「ふぁっ、……ターニャ納豆、すき。うまうま……」
またしてもモゴモゴ言わせながらターニャが呟いている。
どうもコイツは飯を早く食いたい欲が強すぎるようで、口は常にリスのように膨らんでいた。まったく……。
「ターニャ、よく噛んで食えよー」
しかしなんか笑える。
「あ、そうそうもう一つセシルに言っとくけど、カブ90の内の一台をお前の通勤用に使ってくれねーか?」
「え?わ、私の通勤用!?」
セシルは少し焦ったような答え方をした。
「ああ、今後は確実に送り迎え出来るか分かんねーからな。出来ればあの事務所を駐輪場にしてギルドまではいつものように徒歩で行って欲しいんだ」
「え、……えーっと。つまりそれは。わ、私がカブに乗れないといけない……って事、だよね?」
セシルはやや慌てながら自分で状況を整理している。
「そりゃそうだ。なんだ、嫌か?」
「……嫌じゃないけど怖い」
「なんとかしろ」
突き放し気味に答えたが、コレばっかりは本人が頑張るしかねえぞ。
それから俺達は食事を済ませ、セシルは居間でターニャに絵本を読み聞かせていた。
一方、俺は明日の予定を自室で考えていた。
――コンコン。
「カイト、寝てる?」
「起きてるぞ。入ってくれ」
俺は机の前で椅子に座りながら返事をした。どうやらターニャは寝たようだな。
俺自身は今後の予定を立てていて、それをノートに書き留めていたのだ。
何となくこういうのはアナログが好きだ。
セシルが部屋に入って来て後ろから近寄って来ているが、俺は顔はそちらを向いておらず気配だけ感じている。
「へー……」
耳元でセシルの声が聞こえると同時に熱い吐息を首に感じた。
俺は作業を続けたい気持ちが少し優って敢えてセシルを振り向かなかった……するとセシルは腕を俺の体に回してきた!
うほっ!……って、あれ?これってこの前と逆じゃね?
「カイトって結構マメなんだね、そんな予定表なんか書いて」
再びセシルの吐息が耳にかかり、セシルの掌の感触が自分の上半身に這っているのを感じて俺の我慢は限界に達した。
俺は立ち上がり4.6秒程の速さで全裸になった。
そのままベットに座り、手で隣のスペースをポンポンと叩く。カモン。
セシルも上下を脱ぎ捨てて下着になると、俺の隣に座りお互いの体を触り合いながらやがて深いキスをした。
お互いの体温は上がっていく……。
――しばらくして事が終わると、お互い横になりながら適当な話をした。
「明日キャットの営業所行ってみるわ。それとミルコやガスパルも顔合わせさせとこう」
「あの二人、全然タイプが違うね。何もなければいいけど」
「なんだ?不吉だな」
「だってパッと見合わなそうでしょ?性格とか」
「うーん、だけど仕事上そうも言ってられねえだろ?何が起こるかはお楽しみだ」
「前向きだね、カイト」
……俺はその夜、それ以降の会話を覚えていない。
……。
朝、目を覚ますと全裸のセシルがくっついていた。凄えやる気出た。
よっしゃあ!今日も頑張るかー!!
俺は朝飯を食った後セシルの自転車訓練を監督してから、いつものようにカブで山道を下っていた。
――ドゥルルルルー、ドゥルルルルルー。ガラガラガラッ。
今日、俺が乗っているのはカブ90デラックスだ。リアボックスにはターニャが入っている。
「カイトさーん。どうですか90の乗り心地は?」
隣で自走しているカブが聞いてきた。その後ろには人を運ぶ用の荷車を付けている。
「おう、ちょっとお前よりパワーは劣るけど7馬力あるし、坂もターニャだけなら普通に登れるな」
「おじ、これもカブなのー?喋らないよ?」
リアボックスの中にいるターニャが聞いてきた。
「普通のバイクは喋らないし自分で動いたりしないぞ。あいつが特殊なんだ」
「……ふーん」
「日本でもアイツそっくりなバイクは何台かいたけどアイツみたいに喋らなかっただろ?」
「うん、そうだった。カブはすごい!」
「いやーどうもどうも!」
そんなやり取りをしつつヤマッハに向かう広い道を走っていると、いつの間にか事務所付近までやってきた。
事務所の前にはやる気満々のミルコが立っていた!
「カイトさん。おはようございます!今日は何をするんですか?」
俺は大きな声でそれに答えた。
「今日は大手の配送屋から仕事を奪いに行くぞ!」