145 カブの登坂テスト
そこから俺達がヤマッハに着くまで時間はかからなかった。
給油所に着くと所長が出迎えてくれた。
「やー、こんちわー。カイトさんだね?軽油の大口配達先は見つかったかな?」
「ういっす所長。今着々と準備を進めてるところだ!今日はコイツらに入れる軽油を買いに来たんだ。未蒸留の軽油があるだろ?アレでいいからあのデカいタンクごと売ってくんね?」
所長は俺の乗っていたセローを見て、目を丸くしていた。
「ひゃー、アンタんとこは変わった車が多いねぇ……」
「ま、まあな……タンクと軽油でいくら?」
「えーっとね……大タンクが4000ゲイルで、軽油満タンだと軽油だけで8000ゲイル……だけど流石に重すぎるよねぇ」
それを聞いて俺はちょっと唸った。
今までのタンクが20リットルぐらいだったから、コイツは20倍の400リットル入るわけだ。
すると水との比重が0.8ぐらいだから……320キロ!!
や、やべえ!仮にセローが引っ張る事だけは出来たとしてもカーブで絶対横倒しになっちまう!!
「ちょ、……そうだな、うん、所長。この大タンクに半分入れてくれ」
「あいよー。じゃあ全部で8000ゲイルね!」
所長は愛想のいい笑顔を浮かべ、タンクを取りに行った。
このやり取りを見ていたカブが聞いてきた。
「カイトさん。まだ軽油販売できるか分からないのにタンク買っちゃうんですか!?」
俺は得意気な顔をして答える。
「ああ、タンク自体は元々一つは買っとこうと思ってたぞ」
「え、そうなんですか?」
「ああ、コレに軽油入れた状態でセローやカブがどんな山道をどれだけ走れるか知っておきたかったからな。いわゆる登板テストだ。あと、もしかしたらウチでガソリンタンクとして使うかもしれんし」
カブは納得したらしく、「なるほどー」と答えた。
「で!バイクの試験はそんな感じで試すとして……」
ここで俺は真面目な顔でちょっと気合いを入れて言った。
「次は人だ。明日ガスパルとミルコを呼んで顔合わせして貰う!」
ここでターニャが驚きの声を上げた。
「ガスパル!?おじ、ガスパルが家にくるのー??」
ターニャはガスパルの名前に興奮しているようだ。
「なんだお前ガスパル好きなのか?」
「うん好きー!おもしろいから」
そういうとターニャは小さな拳を前に突き出し「いちげきひっさつ!」などと声を上げている。
……ちょっと複雑だがまあいいか。子供が運動したがるのは普通だし健康的だしな。プリ○ュア然り。
――ただガスパルの事で気掛かりなのが周囲との関係だ。
あの好青年で誰にでも爽やかなミルコも盗賊や輩的な奴に対してはキッパリ拒絶していたし……、仲良くやっていってくれればいいがな。
「でもカイトさん。ガスパルさんはカターナの並木道にいるみたいですが、ミルコさんはどこ住みなんですかね?明日は定期便の日でもないし流石に事務所にもいないでしょう……?」
俺は目を見開いてカブの質問に答えた。
「そう、それなんだ!アイツの家が分からねえ。だから今日、所長に聞こうと思ったわけだ!」
「なるほどー。……やっぱりスマホが使えないのは不便ですね……」
「ああ、全くだ。来月日本に戻った時に無線機でも買おうか――と思ったんだけどよ、いかんせん通信距離が短すぎる。5キロとかだぞ!?」
俺もカブも悩ましげな表情で俯いていた。
――ガラガラガラ。
ここで所長が大タンクを乗せた台車を押してきた。
「はいお待たせー。取り敢えず空のタンクをそっちの荷車に載せ替えてから軽油入れるねー」
「おっけー。俺も片側持つわ」
「よっ……と」
二人で両側からタンクを持ってセローに取り付けた荷車に運ぶ。
「ターニャも手伝うー!」
ターニャは嬉しそうにタンクの真下に入って支えようとしている。偉いぞ!
それから数分後……、無事タンクを載せ替え軽油を半分(約200リットルほど)入れて、俺は料金の8000ゲイルを支払った。
「毎度〜!」
「あ、所長。ちょっと聞きてえんだけどさ。前ここにいたミルコって奴の住んでる所分かるかい?」
「あ、ああ。ミルコ君かい、知ってるよ――」
文句を言うことなく所長はすぐにミルコの住居の場所を教えてくれた。ふぅ、この世界にプライバシーの保護とかいう意識はないようで助かったぜ……。
「そうだ、今ちょうど荷車を切り離してるし、ひとっ走り俺が家に行って伝えてくる」
「あ、はい。待ってますよー!」
カブの返事を聞きつつ俺はセローのキーを回しエンジンをかけた。
――バルルルルル……。
ほんの10分程度で俺は給油所に戻った。
「あ、カイトさん、お帰りなさーい!」
「おかえりー。おじ」
「おう、ミルコに明日早朝、事務所に来るように伝えといたぞ」
「りょーかいです!じゃあ帰りますかー」
その時、俺は今買った荷車をチラッと見て、こう思った。
これ、登板テストはセローじゃなくてカブに取り付けた方が良いんじゃないか?……と。
「なあ、俺は思うんだが……セローのトルクならウチに帰る山道の坂は絶対登れると思うんだよな」
カブはキョトンとした。
「え……まあ。僕もそう思います」
「じゃあ、どうせ試すならお前が登れるか試した方がよくね?」
カブはハッとしたような表情で答える。
「た、確かに……、じゃあカイトさん。それで行きましょう!!なんかやる気出てきましたよ。ふおおおお!!」
カブが本当の人間のように生き生きとしてきた。
「あははは!カブがんばれー!」
「任せて下さい!僕はあの要塞都市ニンジャーから重たい金属部品を運んだバイクですよ!しかもターニャちゃんとイヴさんまで乗せてね!!」
「思い出すぜー。あの時はパンク直したりイヴに襲われそうになったり大変だったよなー」
俺はニンジャーという言葉を聞いて、来月また国から要請されるであろう貿易輸送の事を思い浮かべてニヤリとした。
今、ウチの会社『スーパーカブ』のメインの収入源は間違いなくあの貿易輸送だ。なんせ往復で30万ゲイルだからな!
しかも今回はセローとカブ90が2台。そしてミルコとガスパルという配達員も加わって配送体制は大幅に強化された!
そしてライバルも存在しない。もはや無双状態だ。ふははははは!!
キュッ……。
「よっしゃ、カブ。荷車は結んだ!我が家へ帰るぞ!」
「はい!」
「ういーー!」