142 セローとカブ90
「じゃあまた行ってくるぞカブ、お前の後輩連れて帰るからな」
「は、はい。なんか僕ワクワクしてきました」
「ああ、俺もだ!」
「またねーカブ」
……という訳で再びハイエースに乗り込んだ俺達は真っ先に隣町のバイク屋へと向かった。
着いた所は個人経営の割に大きい店だ。
「おっす。カブとセロー頼んでたモンだけど……」
「あ、はい。こちらです」
扉から店内に入った所には合計3台のバイクが並べられていた。おおおおお!!
俺は飛びつくようにセロー250の車体に見入ってしまった。
セローも細くて133キロと軽いバイクだが、普段カブばかり見ている俺にとってはデカく見えるな。
「ちょっと跨っていい?」
店員は笑顔で「どうぞ」と答えてくれた。
「よっ……。お、おおー!やっぱシート高83センチは高えなー!」
分かってはいたがシートはカブより完全に高い。でもサスが沈むから何とか両足は付くぞ。良かった~。
それから一旦降りて、セローの前後タイヤを見てしばらくニヤニヤした。
「ははぁー……タイヤでけえなー。それに、このブロックタイヤのブロックのゴツさ……こりゃあ山道も余裕で走れそうだ!」
「はい、コイツは山道強いですよ。低速トルクがかなり強いので初心者の方でも安心です。逆に高速で100キロまで出すと5速までしかないのでしんどいですね」
と隣の店員は説明した。
「ちょうど良いわ。高速は乗らない予定だから」
そもそもあっちの世界に高速道路などない。
セローの後部を見ると、しっかり頼んでいたリアキャリアとリアボックスが取り付けられていた。ありがたいぜ!
ちなみに2台のカブ90も同じ様にボックス付きだ。
「セローのエンジン掛けてみますか?」
「ああ!」
納車されたバイクのエンジンをかける。……この瞬間というのは何時であっても、何歳になっても最高にワクワクできるぜ!
――ギャギャッ、パルルルル!
空冷単気筒エンジンの音が店内に響き渡る……。
うおおお……これは、カブの音とよく似てるな。しかし排気量が大きいので音圧は確実にこっちのほうが大きい。
ちょっとアクセル開けてみよう。
パルルルルルルン!!
うん。エンジンのアイドリング状態も良好だ。
カブの方はどうだろう?
2台あるカブ90のうち、一つは丸目のヘッドライト、もう一つは角目だった。角目の方は90カスタムか。
――キュルキュル、ドゥルルン。
90カスタムの方はja44と同じくセルモーターでエンジン始動ができる。
一方丸目の方はキック式なのでキックペダルを出して文字通りキックしないといけない。
――ガッ!シャルッ、……ドゥルルルル。
よし、久々にキックでエンジンスタートしたがちゃんとかかるな!
「うん、3台共エンジンいい感じだな。ありがとう!金払うわ」
「ありがとうございます。ではこちらへ……」
支払いはセローが乗り出しに70万円近くかかったこともあり合計は100万円を軽く超えてきた。
でも日本円に関しては余裕があったので正直助かった。離婚してからほとんど金使うこともなかったしな。
……そんな風に俺が支払いを済ませている間、ターニャは店内のバイクを見て回っていた。
「あー!カブがいる……」
アイツと同じカブ110ja44を見つけたらしい。でもそのカブは喋らないぞターニャ。
支払いを終えた俺はラダーレールを使ってハイエースに3台を詰め込んだ。
それからすぐに俺達は出発した。
「おじの住んでるとこはすごい!おじ、ここに戻りたくないのー?」
ターニャが純粋な目をして聞いてきた。
現代での唯一の繋がりだった会社には無断で辞めて申し訳ないという気持ちはある。
だが、今の状況を説明する事は不可能だ。蒸発したと思ってもらうしかない。
俺はターニャに答えた。
「ああ、今の俺はこっちより向こうの方が気に入ってるからな。お前やセシルもいるし」
俺は運転しながら少し笑顔になった。
「……おじについて行ってよかったー」
「ふっ。ハイビム村で死にそうな顔してたもんな、お前」
「……うん」
チラッとターニャを見ると、俺と同じように満足そうに微笑んでいた。
それからしばらく運転すると、ウチの家が見えてきた。
スズッキーニの山の中の家と同じ家なのだが、周りの環境が違いすぎるせいで別物に見える。
俺は広い家の庭に帰ると、すぐにターニャを家の中に入るように促した。
俺やカブはともかくターニャが誰かに見つかると面倒だからだ。
それから即3台のバイクを庭に下ろし、ラダーレールを玄関の段差にセットし2台のカブ90を玄関から通路に向けて運び上げる。
セローは重いから玄関に置いておこう。
改めて家の玄関から通路を見ると、色んなもので溢れかえっていた。
「ふぅー……。コレで必要なもんは全部突っ込めたな」
玄関に置かれたカブは喋りたそうにウズウズしているが、人に見られるとアレだからか遠慮しているようだ。それで正解!
「じゃあちょっとレンタカー返してくる。帰ったらすぐにスズッキーニに戻ろう。また時間がズレてセシルを迎えに行けなくなるかも知れんしな」
俺はカブにそう言うと、カブは軽くパッシングを返した。
ハイエースをレンタカー屋に返し家に戻ると、俺達は皆まとめて玄関に集まった。
玄関にはセロー250とカブ、通路にはカブ90とカブ90カスタム。
その他に米袋やセメント袋、調味料などが積まれている。後なんか忘れて……。あ!
「そう言えば……、冷蔵庫に寿司入れっぱなしだ!」
「あ、も、持ってきてください!転送される空間はこの玄関と通路だけなので」
「ターニャ持ってくる!」
素早く台所に駆け出し、ターニャは冷蔵庫から寿司セットを持ってきてくれた。
そして今にも食い付きそうな顔で寿司を凝視している。
気持ちは分かるがそれはセシルへのお土産だぜ?
「では、皆さん用意はいいですね?」
「ういー!」
「おう!」
……。
――パッ!
「はい、オッケーです!今回も無事転移出来ました。次はまた1月後ですねー」
またしても一瞬で転移が完了したようだ。
俺はすぐさま扉を開けて外を見た。
昼間だった。
まだ日が高い位置にあるから12〜14時あたりか。
ここでカブが今まで大人しくしていた鬱憤を晴らすかのように俺を急かした。
「カイトさん!早くバイクを出しましょう!僕よく見たいです」