138 村のデータと謎のストーカー
俺は興奮したまま所長に言った。
「実はまだ大口の配達は決まってないんだ!」
それを聞いた所長は「あらっ!?」とずっこけるような仕草をした。
「でも契約は確実に取ってくる!需要は絶対にあるハズだからな。また来るわ!」
「いつでもどうぞ~」
所長は笑顔で手を振ってくれた。
俺達はタンクを荷車から下ろし、再びカブに乗り込んだ。
よし、次行くぜ!
――ドゥルルルルー。
「カイトさん。次はどちらへ?」
「うん、次はギルドだ。人口の少ない村のデータをセシルに見せてもらう」
「?おじ、家でセシルに見せてもらえばー?」
おおっ、ターニャ!?そんなツッコミまでするようになったか!
「いやー、なんか各町村の情報資料はギルドにしか置いてないらしくてな」
「ふーん……見てどうするの?おじ」
「その村の世帯数を見て、どれぐらい軽油の需要があるか予想する。それと、できるだけ近い村から交渉したいから、ここからの距離も知る必要がある」
久しぶりにベトナムキャリアに座ったターニャは俺の顔を振り向き、マジマジと見つめて、
「おじはまじめ!」
と言ってくれた。
「ふはは、その通り。金が絡むと真面目だぞ俺は!」
なんか金の亡者みたいだな俺。……でもお金は大事だ。経営者ならなおさらな。
全財産30万ゲイルぐらいじゃまだまだ安心できねえぜ!
ギルドに到着した俺は、早速正面から中に入った。
「いらっしゃ……あ、カイトさん!こんにちはー」
イングリッドがいつもの笑顔で挨拶してきた。ふっ、お前は変わんねーな。
「おっす、イングリッド!ちょっとセシル呼んでくんね?」
「はーい」
イングリッドは笑顔のままそう答えるとカウンター奥へと消えていき、代わりにセシルが出てきた。
「あれ、どうしたのカイト?」
「ちょっと辺境の村の資料が見たくてな」
「うん分かった。でも貸出はできないからね」
「構わんぜ」
「待ってて」
そう言って今度はイングリッドとまた交代するようにセシルは奥へ引っ込んでいった。
すると俺の後ろで以前聞いた若者二人の声が聞こえてきた。
「おいおいなんだよ……、セシルさんのあんな笑顔初めてみたぞ!?」
「あのカイトって人は何者なんだ?」
うーむ……。なんか注目されてるし挨拶でもしたい所だが、下手に自己紹介してカブの事を詳しく知られるとマズいってのがあるし、あんまりヤマッハ内で目立つのは良くないかもな……。
そもそもあの二人は誰なんだ?そう思っているとイングリッドが答えてくれた。
「あのお二人もカイトさんと同業の方々ですよ。確か『キャット』の人だったたと思います」
「あ!あの大手配送会社の……そうなんか!」
よし、やっぱり挨拶しとこう。
俺は後ろを振り向き、座っている二人に笑顔で声を掛けた。
「おっす、仕事はどうだい?儲かってるか?」
「え……あ、はあ、まあ……」
「ぼちぼちって感じです……」
そう言って二人は顔を見合わせた。なんか遠慮がちだな。
ちょっと現金な話だが聞いてみよう。
「キャットみたいな大手の配送屋なら給料も良いんじゃねーの?」
そのうちの一人が苦笑いしながら答えた。
「ま、まあお金はともかく、僕らは荷車引っ張って町中走り回るんで体力的にキツイですよー」
「は、走るって車で?」
「いやいや、僕ら若手は普通に自分の足です!荷車を引っ張って配達してますよ」
「マジか!?ヤマッハって人力で配達するには結構広くねーか!?すげーなお前ら!」
そう言うと二人はちょっと誇らしげに笑っていた。
「……カイト、これ」
ここでセシルが、持ってきた資料をカウンターに並べて俺を呼んだ。
「おう、サンキュー。お前ら頑張れよー」
俺は軽く手を振って二人のテーブルから離れた。
カウンターの資料を見て、俺は目立たないようにスマホを動画撮影モードにして資料を順々に映していった。
「これでよし……と」
「不思議な道具だね……」
「ん、ああ。でもこういうのはなるべく人目に付かないようにしたい。こっちの文化を壊しかねないし、……『コレは何だ?』と聞かれても困るし」
「同感ね」
俺とセシルは周りに聞こえないように耳元で小声で話を交わしていた。
「くぅー……セシルさんと何話してんだろ!?う、羨ましいっっ……はぁー……」
またしても後ろからそんな声が聞こえてきた。
どうやらあの二人の若者のうちの一人はセシルのファンのようだ。……なんか悪いな。
全ての村の資料をスマホに動画として取り込んだ後、俺はギルドを出てカブに跨った。
ターニャもベトナムキャリアにちょこんと座っている。
「おじ、おかえりー!」
「おうお待たせ。じゃ、帰って戦略を練るかー」
「はい。じゃあ行きますよ!」
――ギャギャッ、ドゥルルルン!
いつものようにカブは勝手にエンジンをかけてくれて、俺はいつも通り発進した。
ところが――。
……。
走り出して俺はすぐに異変に気付いた!
――後ろから足音が聞こえてくるのだ……。
「んん!?」
俺は後ろを振り向いてちょっと威嚇するように唸った。
その正体が誰かは分からなかった。
帽子を被っていて、マントのようなロングコートをまとっていて、俺が振り向くとサッと路地裏に身を隠してしまった……。
「こ、怖ええ……」
「カイトさん、どうしました!?」
「おじ?」
俺は二人の問いに簡潔に答えた。
「ス、ストーカーが後ろからついて来てた……」
それに顔を引き攣らせてカブが大きな声を上げた。
「ええっ!めちゃくちゃ怖いんですけどー!!」
「すとーかー?なにー?」
「俺達を追いかけて監視してる奴がいたんだ!俺が気付いたらどっか逃げて行ったけど……。いやマジで怖いわ!」
それを聞いてターニャは気を利かせ、
「ターニャうしろで見とく!」
とベトナムキャリアからリアボックスへと移動してくれた。
「おお!助かるぜ。何か変な奴が追ってきたらすぐに知らせろ!俺が問い詰めてやる!!」
「分かったー!」
俺は腰に付けた剣と鉄パイプに目をやり、戦闘の気構えを整えた。
――しかし、そこからは誰も追いかけて来ず、俺達はヤマッハを出る事が出来た。
いつもの広い道をカブで走りながらもやや警戒してしまう。
「一体何だったんだろうな?」
ここでカブはちょっと冷や汗をかきながら言った。
「うーん、これは……僕達の追っかけが出来たって事にしておきましょう!アイドルみたいに!」
「おまっ……、なんちゅうノー天気な奴だ!逆に羨ましいわ」
「ターニャの追っかけ!?あくしゅするー!あくしゅ!」
「どこでそんな事を覚えたんだ?」
二人ののんびりした意見に俺は少し和んでしまった。
まあ、また今度会ったら次はとっ捕まえてやるか!