135 これからやる事
うーん、どうすっかなー。気軽に「仕事紹介するぜ」みたいな事言っちまったけど……。
「……やらせろよカイト!?」
ガスパルは食い下がるように聞いてくる。
この場で決めて良いものだろうか?
もしガスパルを雇ってなんか問題起こされたら厄介だぞ、しかし……。
取り敢えず俺は心配事を打ち明けた。
「ガスパル、……お前、カブには乗れるかも知れんが。俺は他の事が心配だ」
「他の事?」
俺は『スーパーカブ』の仕事内容をガスパルに話した。
そしてガスパルの性格上、心配というのが――顧客とケンカしないか?ということである。
「ケンカ!?ああー……。いや、俺はそんなしょうもねえケンカとかする奴じゃねえよ?」
お、意外だな。でも本当か?
「もし客がムカつく奴だったらー……」
――ザッ、ヒュッ!!
ガスパルは目で追えないほどの正拳突きを俺の前で披露した。え!?
「これで一発でカタがつく。ケンカにすらなんねーぜ!はっははは」
ダ、ダメだこいつ……。
「おおー!ガスパルすごい!かっこいい!!」
ターニャは無邪気に拍手して正拳突きを真似していた。いや、あのな……。
俺は笑顔でガスパルに近づきこう言った。
「ガスパル。やっぱさっきの話ナシな」
「うそおおお!!マジかよ!?」
「あったりめーだろ。そんな危険な奴に仕事任せられるか!」
「……だ、だったら我慢するぜ!カイト、俺を信じてくれ」
俺は少し考えて真剣な顔で言った。
「やる気があるのは認める。お前はとにかくカブに乗りたいんだろ?だったら接客とか値段交渉とか営業とかはしなくていい。お前の仕事はひたすら運転して荷物を運ぶ事だ」
それを聞いて少し安心したような表情を浮かべるガスパルだった。
「ただ、その分払える報酬も少なくなるぜ?それでもいいか?」
「構わねえ」
「よし」
俺は真剣な顔を崩さず、付け加えた。
「それともう一つ。大事な事がある。今日はもう会うことはないと思うが――」
「なんだ?」
「今度セシルに謝っとけ」
初めて聞く名前にガスパルは一瞬斜め上を向いて、すぐにまた俺に向き直った。
「ああ、俺が人質に取ってたあの女か……そうか、悪かったな。ちゃんと謝っとくからよ!」
俺はしばらくガスパルの目をジッと見て頷いた。
「よーし!じゃあまあ5~6日経ったらカターナに迎えに行くわ。そん時はカブも増えてるハズだ」
「え!お、お前……分裂でもすんのか!?」
「しません!」
カブは呆れたように否定する。
「ま、まあその辺はまた今度にでも話すから、今日んところは取り敢えずお前をカターナに送っていく。後の荷車に乗ってくれ」
「ありがとよカイト!」
――ビュウウウウーー!
その時、ちょっと冷たいとさえ思えるような涼やかな風が吹いてきた。
「これから冬が来る……。その時までにやってやるぞ!」
俺は少し前からとある計画を建てていた。
そのために人手は絶対に必要だ。
当然カブやセローといったバイクも、あと荷車も数台欲しい。今度バダガリに会った時に話しとこう。
――ドゥルルルルン!ガタンガタン。
俺は荷車にターニャとガスパルを乗せて再びカターナまで走った。
山道を下って慎重に辺りを見回すと、人影はなかった。
よし、道に出るぞ。
そしてしばらく広い道を走っていると、後ろの荷車から不穏な話し声が聞こえてきた。
ガスパルの奴ターニャに変な事教えたりしねーだろうな?
「ターニャいいか?もし誰かと揉めたときはよ。殴り合いになっちゃダメなんだ。こっちも痛いからな。そうなる前に一撃で相手をぶっ倒すんだ!そうすりゃ自分は無傷だろ?」
「うんっ!いちげきひっさつ!!」
やはり思った通りだった。ちょっと文句言っとこう。
「ガスパルお前、女の子に何教えてんだよ」
しかしガスパルは「分かってねーな」という風言い返してきた。
「だからいいんじゃねーか。特にターニャみてーな可愛い女子なんていつ誘拐されるか分かんねーだろ?」
むっ!可愛いだと……お前、分かってるなー!!
などと親バカな感想を抱いてニヤついてしまった。
そしていつの間にかカターナの並木道に辿り着いた。
「おう、もうこの辺でいいぜ。ありがとうカイト」
後ろからそんなガスパルの声が聞こえた。
「お、もういいのか?」
「ああ、いや……、正直言って俺、今まで人に感謝した事なんてなかったけどよ。カレー食わせてもらったりカブに乗らせてもらったり……お前にだけは本気で恩返ししてえんだ!本気でな!!」
「ああ、そのうち仕事で返してくれ。また5日後の朝、ここで会おうぜ」
「おう、じゃあな!」
そう言うとガスパルは並木道をカターナに向かって走って行った。しっかしアイツ走るの速えな……。
「ガスパル、けっこういい奴!」
ターニャはガスパルの後ろ姿を見送った後、俺に笑顔でそう言った。
俺はそれに応えるように微笑んだが、俺はまだ不安だった。
今は確かにアイツが上機嫌だからそう見えるだけかも知れん。
実際、仕事となるとどうだろうな……。
お客さん以外にミルコやセシル達とも上手くやってくれるだろうか?
「……ま、考えててもしゃーないか。帰るぞターニャ」
「うん!」
ここでカブが重要な事を告白してきた。
「カイトさん。明後日キルケーの定期便があるじゃないですか?」
「ん?おう」
「僕の予感では恐らくその次の日、日本へ帰れますよ!24時間限定で」
「おお。そうか!ふははははは。ちょっとテンション上がってきたぜー!」
「おじ!?何があったの?」
「俺の国に帰れる日が決まったんだよ!」
それを聞いたターニャは嬉しそうに飛び跳ねた。
「面白そう!ターニャもおじの国行くー!!」
「おう、来い来い。お前多分ビックリするぞ!」
カブも懐かしそうに遠い目をしている。
お前が欲しがってたHONDAのステッカーもちゃんと買ってあるぞ。
――ドゥルルルー……。
辺りは夕日がもう山際までせまっていた。
ここで俺は思い出したようにターニャに畑の話をした。
「明日は畑に芋植えてみよう」
「あ、そうだ!芋畑つくるんだ!芋植えたらすぐ出来る?おじ」
ターニャの目は輝いている。
「いや、数ヶ月単位で時間がかかるぞ」
「えー……」
軽く絶望したような顔だな。
「農作物なんてそんなもんだ。それに毎日ちゃんと世話しないとな。だろ?芋大臣」
「芋だいじん!ターニャ絶対育てる!!」
「おう、頑張れ」
――といった感じで、カブは現代のバイクの事を、ターニャは芋の事を、俺はこの先の予定をそれぞれ考えながら家路につくのだった。