132 尋問
「只者じゃない?」
「はい、私はこの辺りに迷い込んだ動物や人間は大体ほぼ感知出来るのですが、今回のあの男だけは例外的に気がつきませんでした……何者でしょうか?」
「そういえばそうだな。……てゆーかそもそも何でアイツこの家の場所とカブの事知ってたんだ?」
ここでセシルが思い出したように口を開いた。
「あ、私早くギルドに戻らないと……。イングリッドが困るから」
「大丈夫か?」
「うん、一応体は無傷だからね」
俺はちょっと考えた。セシルをカブで送るにしても、今あの男から目を離すのは怖すぎる。
何かの拍子で抜け出したり、仲間がいたりした場合家を荒らされるかも知れん。
「……カブ。頼みがある!」
「はい、何でしょう!?」
「セシルをギルドまで送ってくれ」
その瞬間、さっきまでやる気に満ちていたカブの顔が曇ってきた。あ、コイツ嫌がってんな。
「あの、その、……セ、セシルさんって自転車乗れましたっけ?」
「カブ。別にセシルに運転してもらう必要はねーだろ?荷車に乗せたらいい」
「あー、なるほど。そうでしたね!じゃ、どうぞセシルさん。乗って下さい!」
セシルはちょっと微笑んで「うん」と答え、カブの荷車に乗った。
「それはそうとセシルは早くカブに乗れるようになってくれよ?この先カブを増やす予定だからな」
「う、うん……」
伏し目がちに答えるセシルに、ターニャが目を輝かせて応援する。
「ターニャおしえる!セシルにちゃりの乗り方おしえるー!」
「ありがと。ターニャ」
セシルは微笑んでカブと共に出発した。
――ドゥルルルルン!ガタンガタン……。
さて、と。問題はアイツだ。聞きたい事は山ほどある。
ホントはこんな事したくねーけど……。特にターニャの前では。
「ターニャ、ちょっと野菜を切ってカレーの準備をしててくれ。俺はあの悪い奴に聞きたい事を聞いてから行くわな」
「分かったー!」
ターニャは張り切って家の中へ走って行った。
俺は木に縛り付けられた男を向き、カターナで購入した剣を抜いた。
バンも俺と一緒に男の所まで歩いていく。
ザッ……。
「聞きたい事がある。お前に仲間がいて、後からここに来るような事はあるか?」
俺が剣を向けると男は険しい顔つきになった。
「……はっ、仲間なんざいねえよ」
「本当か?」
「仲間とつるんだ所で、どうせ誰かが裏切って内輪揉めするんだ。最初からいない方がマシだ!!」
まさに実体験……といった感じの意見が返ってきた。流石だ。
では次の質問。
「あと、なんでこの家の場所が分かったんだ?」
そう、コレは本当に謎だ。
俺はいつも家へと繋がる山道に入る前に、周囲に人がいないか必ず確かめている。
誰かに見られているといった気配も――!!あっ……。
その時、俺は思い出した。カターナで何者かに見られている気配を感じた事を……!
「……お前、もしかして今日カターナにいたか?」
「……」
「答えないつもりかい?」
俺が剣を男の顔に向けると、男は嫌そうな表情で答えた。
「くっ、そ、そうだ……」
「なるほど。しかしカターナからこの場所までたどり着ける理由が分からんなー」
すると男はバカにしたような笑みを浮かべてこう言った。
「……お前ら、本当に鈍いな。あの車が通った地面をよく見てみろ。細い溝が出来ているはずだ」
俺は男から出た以外な言葉に驚き、真っ先にさっきまでカブがいた地面を見返してみた。
「あっ!ほ、本当だ、なんか線がある!お前、これを辿ってきたのか……。でも、なんでこんな線が……?」
男は表情を変えずにシンプルな答えを返してきた。
「あの車の荷車に地面に向かってデカい釘を取り付けた……それだけだ」
「そ、そんな方法で……。あ!」
俺はカターナでカブが言っていた事を思い出した。
「……そ、そういえばカブのやつ、車体に違和感があるって言ってたな!コレの事か!!」
……しかしよく考えてみると不思議だ。
荷車はカブの真後にある。そんな所で取り付け作業なんかされてたら、流石に呑気なカブといえども気付くだろ!?
ここでバンが俺に助言してきた。
「カイト殿、この者は気配を断つといったような……何か特殊な訓練を受けているやも知れません」
そ、そういえばコイツ、バンにさえ感知されなかったんだ。うーむ、コイツ自体謎が多いな。
「おい、最後の質問だ」
俺は剣先を男の首に向けた。
「お前は何者で、何がしたくてカブを欲しがってんだ?」
「フーーーーッ……」
男は大きく深呼吸をしてから答えた。
「殺せ」
はあ!?何を言い出すんだコイツは!?
「どの道俺を開放するつもりはねえんだろ?なら質問に答えるだけ面倒だ。さっさと殺せ」
ぐああ。俺の一番嫌なパターンだコレ。
俺は殺すのはおろか剣を使って拷問みたいなことすらしたくねえんだ!ちょっと前まで俺は日本のただの市民だったんだぞ!くっそお……。
俺が大いに頭を悩ませていると、家の中からターニャの声がした。
「おじー、野菜きれた!肉いためるー?」
……!!そうだ!
俺はあることを閃いた。
押してダメなら引いてみる。北風と太陽理論を実践してやろう!
俺は家の中にいるターニャに向けて叫んだ!
「ターニャ。鍋と皿と材料を全部庭に持ってきてくれ!外でカレーを作ろう」
「分かったー!ういーー!!」
ターニャは姿こそ見えないが、野外カレーというワクワクするイベントに喜んでいるのが声から想像できた。
――しばらくして、俺とターニャとバンが庭でカレーの鍋を囲んでいた。
俺とターニャは出来立てのカレーのあまりの美味さに歓声をあげる。
また、肉の塊を食っていたバンも思わず「ウォウッ!」と吠えていた。
外で食うカレーはなぜかワクワクするような楽しさがある。子供の頃のキャンプを思い出すからかも知れない。
さて、ここで今日新たに一人、このカレーの美味さを伝えるとしよう。
俺はターニャと二人で木に縛られた男に近づき、男の目の前でカレーを食った。
めちゃくちゃ美味そうにカレーを食った。
そしてこう言った。
「お前、事情はどうあれせっかく俺達に会ったんだ。コイツを味わってけよ。めちゃくちゃ美味えぞ!」
バクバクッ!
「カレーうまいうまい!ひゅーっ」
パクッ!
俺達は男の間近でワザとカレーの匂いを漂わせながら、この上なく美味そうにカレーを食った。
「な、なんだてめーら!ふざけんな……」
男はめちゃくちゃウザそうにしていた。
だが、次第に初めて嗅ぐカレーの香ばしい匂いにつられ、自ら顔をこちらに近づけてきた。
「……食うか?」
「……」
男はかなり迷っていた。
しかしやがて我慢できなくなったように口を開き、食いたそうな様子を見せた。
俺は男の手だけを木からほどき、カレー皿とスプーンを渡した。
男はカレーをすくったスプーンをしばらく眺め、恐る恐る口に入れた……。
「……!!!!」