116 自転車
「そ、そう……なんだ……!そんな事って、あるんだ、へえー」
セシルはまるで自分を無理やり納得させるかのように大袈裟にうなずいた。
「家に着いたらその木も見せてやるよ」
「う、うん。ちょっと、興味あるね」
セシルはまだ完全には信じられないといった感じでいる。まあそうだろなぁ。
「ターニャもまほー使えるよセシル!」
「ええっ!?」
ターニャの言葉にますます混乱するセシルだった。
俺はこの場で話をするより、実際その木を見せながら話した方が説得力があると思って、一旦移動する事にした。
「よし、事務所のことは一旦置いといて自宅に向かうぞ!」
「うん、そうだね」
――ドゥルルルルン!
家に帰る山道を駆け上がっているうちに、俺にまた一つの考えが浮かんだ。
『セロー以外にもう何台かカブ買っとこうかな……』
そう、ウチの会社の仕事は荷物を運ぶこと。つまりは運送会社なわけだ。
だから運ぶトラックが多くて困ることはねえ。車両保険やらもこの世界には無いわけだしな。
それと同時にもう一つ思ったことがある。その案はカブを再び絶望の淵に叩き落とすことになるのだが……。
「な、なあカブ」
「はい!何でしょう?」
元気に答えるカブ。
「その……、やっぱセシルもお前に乗れといた方が良いと思うんだよな……」
「………………」
予想通りというか、カブは口を開けたまま固まった。
「い、いやだーーーーっ!!僕もう自転車にも乗ったこと無い人を乗せたくないですー!!精神が摩耗して擦り切れますぅーーっ!パワハラはんたーい!!」
うーむ、困ったなー。俺が悩んでいると、ターニャが口を出した。
「じてんしゃー?なにーそれー?」
「ん、自転車ってのはカブみたいにエンジンで走るんじゃなく自分で脚で漕ぐ事で前に進む……ん、自転車!?……」
その時俺は思い出した。そうだ、自転車なら家にもあったな……。あれをセシルにまず乗ってもらおうかな。自転車に乗れりゃカブに乗ってバランス取るのも余裕だろうし。
お、そういえば俺の実の娘が乗ってた子供用チャリもなんか倉庫の奥に残ってた気がするな。
よし、帰って2人に伝えてみよう。
俺は後ろの荷車に乗っている2人をチラッと振り向き、そう決意した。
――ドゥルルルン。キキッ……。
「着いたぜ」
「セシルー。ここがおじの家!!」
ターニャはカブを降り、セシルに案内するように手を振った。
俺達3人は家の中に入り、なぜかターニャが先頭に立って台所や寝床、トイレ、そして風呂などを案内して回った。
セシルの方は俺の自宅に感心しきりだった。
「いやー、こんなに文明が違うなんて……衝撃的だよカイト。そりゃあカブみたいな車が作れるワケだね」
「ははは、まあな。この家の事は他の人間には秘密だぜ?」
「もちろんそのつもり。何のために事務所を建てたか分からないし」
ちょっと安心した俺は再び庭に2人を呼んで、さっき考えていた事を話した。
「セシル、一応ターニャもちょっと聞いて欲しいんだが」
「え?」
「なにー?」
「主にセシルに言うんだが、カブに乗れるようになって欲しいんだ」
「え?カブに……私も??」
「ああ、実はこの先カブみたいなバイクを増やそうと思っててな。お前も乗れた方がいいと思ったんだ」
セシルはしばらくポカンと口を開けた後、顎に手を当ててちょっと考えてから言った。
「そう、……だね。私もカブに乗れた方が色々と都合が良いしね。カブが増えるならなおさらだね」
セシルは納得してくれたようだ。良かった。
「ターニャものりたーい!カブ」
ターニャはカブの所に走っていき、ハンドルに手をかけ、ステップの上に乗った。
しかしやはり背丈と手足の長さが足りず、シートに座れなくてただ真っ直ぐに立っているというシュールな状態だ。
俺は笑った。
「はっはっは!ターニャ、お前はあと4~5年はかかるな。でもな、カブは無理でも子供用チャリには乗れといた方がいいから練習しろよー」
「ちゃり?」
「あ、自転車のことな」
「ちゃりどこー?ターニャのる!」
俺はターニャに急かされるように、倉庫の奥から子供用の自転車と、最近はカブに乗ってばかりで使わなくなっていた自分の自転車を持ってきた。
「よし、この2台だ!まずは俺がお手本を見せるぞ」
セシルは興味深そうに、そしてターニャは好奇心の塊のような眼差しで俺を見つめている。
俺は普通にペダルに足をかけてそのまま庭を軽く一周した。
「おおーっ!」
「!!」
ターニャもセシルも初めて見る自転車に驚き口をポッカリと開けていた。
キキッ……。
「よっと、こんなもんだ。時間はかかってもいいから2人共乗れるようになってくれたらありがたい」
真っ先にターニャが子供用自転車のサドルに飛び乗った。なんとか足は地面に付くようだ。
「おじ、……これ……分からん!なんか分からん!」
サドルに座ってハンドルを握ったまま、どうすればいいか分からないでいる。セシルもとりあえず同じ姿勢を作っていた。
俺はちょっと考えて、まずバランスを取れるように体を慣らさせようと思った。
「セシル、ターニャ。カブもそうなんだけど、この二輪車は速度が出れば出るほど安定してコケにくくなるんだ」
セシルはそれを聞いてちょっと引きつったような顔になった。
「カ、カイト。それっていきなりすごく速く走れってこと!?冗談でしょ……?」
「なんだ、やっぱ怖えか?」
「怖いよ!コケたら痛いでしょ!?」
「そりゃ痛えよ」
――ガッシャーン!!
俺がセシルと話している間にターニャが勝手に乗りだしてやはりすっ転んでいた。
「うおおおーーい!!大丈夫かターニャ!?」
「うぃっ……うっ、くっ……ううっ!!」
ターニャは起き上がって今にも泣きそうな表情だ。しかし、すぐに起き上がり服の砂を払うとまた乗ろうとする。
ああっ待て待て待て!!
俺はすぐさまターニャの自転車のリアキャリアをしっかり掴んで言った。
「俺が後ろを支えてやるから、安心して進め!」
「う、う、ういーー!!」
そして本当にターニャは真っすぐ進んだ。おおーー。
「よし、ターニャ。左に曲がるんだ!ゆっくりでいい――」
「ふんっ!」
ターニャは気合を入れて左に急ハンドルを切ったため俺は支えきれず、案の定ターニャは車体の右に吹っ飛んでいった!
ガッシャーン!
「あああああん!!」
やはり泣き出すターニャ。そのシーンを見ていたセシルの顔は、猛烈にこわばっていた。