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111 好きなもの


 俺はさっき引っこ抜いた雑草を、新しく出来たばっかりの事務所の壁にポンポン投げていきながら、ケイに尋ねた。


「ケイ。雑草こいつを事務所の壁に根を張らせることって出来るか!?」


「うん、でももうそろそろ魔法使えなくなりそう……!」


 マジか!?


 俺は大慌てで草を放り投げていく!

 ターニャも同じように壁の低い位置に向かって草を投げ、その瞬間にケイの魔法で壁にくっつけてもらう。



 ――そうやっているうちに、さっきまで異様に目立っていた大岩の事務所が一瞬では建物だと分からないレベルにまで周りの草木と一体化した!


 ちょっと広い道の方から眺めてみたが、ほとんど目立たない!こりゃあちょっと発見されねーわな、うん。



「よし。じゃあ家へ帰るか!」


「ういーー!」


「あーつかれたー。この私がこの程度の魔法でこんなにヘトヘトになるなんて……この世界恐るべしだわ」


 ケイはその場に倒れ込むように地面に大の字になった。


 よっ。


 俺はそんなケイを抱きかかえ荷車まで運んでやった。そしてビニールシートで軽く枕を作って横に寝かせた。


「あ、ありがと。おじさん」


「お疲れさんケイ。お前、家帰るまで荷車で寝とけ」


「おつかれーケイ!」


 ターニャも荷車に乗り込み、ケイの側に座る。仲いいなお前ら。


「じゃ、行きます!」



 ――ドゥルルルン。


 俺は自宅までカブを運転する中、色々と考えていた。


 今日いきなり会社の事務所が出来上がるとは予想外だった。

 しかもこちらの出費は実質芋代だけ……ケイには目一杯美味いカレーを食わせてやろう!


 そして事務所が出来たならやはり活用していくべきだが、今のところまだ使い道はないな。


 あと、収益を得るには配送に使えるバイクがカブしかいないのと、それに乗る従業員が俺しかいないってのは良くない。


 そうだ!例の貿易輸送の報酬次第ではアイツ……ミルコを雇えるかも知れない、本人もウチの会社『スーパーカブ』に就職したがってたしな。


 そうなったらまずミルコにはバダガリ農園とキルケーの定期便を覚えてもらって……俺は別の営業でも……いや、そもそも移動手段がカブしかないんだった。前もカブに言ったがもう一台バイクが必要だ。


 実は次に買うバイクはもう決めてあるんだ。


「なあ、カブ」


 俺はちょっと真剣なトーンでカブに話しかけた。


「はい!何でしょう?」


 カブは元気よく答える。


「次に買うバイクだけどよ。『セロー』にするわ!」


 俺はカブが何か文句を言ってくるんじゃないかとちょっと身構えていたが、意外にもカブは好意的な返答をしてきた。


「あ、セローですか!なるほど。良いと思います。僕あまりYAMAHAのバイク詳しくないですけど……」


「日本での評判じゃ下道と林道が走りやすくて足つきもオフ車にしては悪くない……って感じらしい。こっちの世界にうってつけだろ?」


「……たしか、250ccの空冷単気筒でしたっけ?排気量以外はなんか僕に似てますね……」


「ああ、こっちの世界じゃ大してスピードも出さねえし振動もまあそこまで大した事ないだろう。ふっ、楽しみだ」


「そういえばカイトさん、日本に転送されたときの予定は決まってるんですか?」


 俺はふとその事を考えた。

 帰ってやる事のほとんどが()()()なのだが、今回ケイのお陰で家が一瞬で建ち、買い物を大幅に減らせることに俺は気付いたのだ。


「おうよ、任しとけ!お前のチェーンも含めてほとんどがバイクのパーツだ。後は米とかの食料な」


 俺がそう言うと、カブは安心したような笑顔を浮かべた。


「分かりました!あっちに着いてからの行動はカイトさんに任せます!」



 ……日本に帰るまであと10日程か。

 大分こっちでの生活に慣れたからか、むしろ日本が異国にすら思えてしまうな。


 待ってろよ「レッド○ロン」!



 ――キキッ……。


 自宅に到着した俺達は、即台所に向かいカレーを作り始めた。


 ケイには椅子に座っててもらい、俺とターニャで料理をする。


 ケイは椅子に座りながら、不思議そうにキョロキョロと周りを見回している。


「おじさんの家。凄くキレイだよね?」


「ふっ。実はな、ケイ。俺も今のお前と同じく異世界から来たんだ」


「え!?」

「え!?」


 ケイとターニャは同時に驚いた。


「おじはどこから来たのー?」


 そうターニャに聞かれた俺は真面目に話をすることにした。


「俺はな、日本って国から来たんだ。もちろんこの世界の何処にもない、ドゥカテーみたいな異世界な」


 すると、ケイが確認するように聞いてきた。


「じゃあおじさんのいた所ってすっごく住みやすい良い世界だったんじゃないの?だって魔法使わなくてもその管から水が出るし、火も出るし、不思議な力でカブみたいな鉄の塊が動くんだもん!いいなー……」


「まあ、ものの豊かさとか便利さ、快適さなんかは確実に向こうの方が上だよ。でもよ、人の幸せってなるとまた別の話だ」


「そうなの?あんな美味しい芋毎日食べられるのに?」

「ずっと食ってると飽きてくるぞー」


 俺の言葉に反発するように、ターニャはムッとした表情でこう言い放った。


「ターニャは芋、あきない!芋、ずっと好き!!」


「お、おう……」


「だから芋もターニャがすき!芋、うらぎらない!!」


「ん……うん??」


 妙に哲学的なターニャの発言に俺は困惑し、ケイも苦笑いしていた。


「ま、まあお前が芋好きなのは知ってるよ。でも確かに何かを好きってのはめちゃくちゃ良い事だよな。うん」


「あはっ、いいことー!」

 ターニャの笑顔が弾けた。


「ああ、ただ……生きててずっと何かを好きでい続けるのは難しいんだ……」


 俺は自分の過去の事を思い出した。……そういえばあいつとも最後の方はケンカばっかりになってたな……。


「……」


 ぼんやりと上を向いていた俺は、足元に何かの感触を感じて見てみると、ターニャが抱き付いていた。



「ターニャ、おじの事も好きー!ずっと好き!」



「……」


 俺はしばらく何も喋れず、手を目に当てて上を向いていた。

 あー、なんか目の辺りが熱いな……。


「ちょっとトイレ行ってくるわ」


 俺はトイレの便座に座りながら、ただドアを見つめる。


 ターニャに抱きつかれた感覚がまだ足に残っている。それを感じながら……俺は心に決めた。


 ――アイツは、俺が絶対に幸せにする!



 そう、俺にだって「好きなもの」はあるんだ。


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