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① カブと共に異世界へ


 ――ドゥルルルルルルン……。


 職場からの帰り道。

 俺、山村快斗やまむらかいと(43)はいつも通りスーパーカブに乗って職場から帰るところだった。


 スーパーカブ……いわゆるカブというのは小型の原付バイクであり、現在は50ccと110ccが販売されている。俺が乗っているのは110ccの方で《《原付二種》》にあたる。

 これならあの頭のおかしい30キロとかいう法定速度や、何のためにやるのか分からない二段階右折などのクソみたいに無駄な動きをしないで済むってワケだ。


 しかしカブはとにかく燃費が良い!それはつまりガソリン代が少くて済むという事だ。コイツに乗ってると燃料代の高騰も大して気にならん。


 そんな事を思いながら俺はチラッとカブのメーターに目をやった。


「ん?もうガソリン少ねえな……スタンド寄るか」


 そう呟いて、エ◯オスのオレンジの看板に引きつけられるように左折し、ガソリンスタンドに入っていく。

 カブのガソリンタンクの蓋に鍵を差して開け、レギュラーガソリンを注ぐ準備をする。

 ガソリンの注ぎ口をタンクの給油口に突っ込み、レバーを引くがガソリンは出てこない。おそらく店員が給油しようとするお客さんを確認して初めてガソリンが出る仕組みなんだろうが、短気な俺は――。


 ――おいっ、早よう出せやー!


 などと心のなかで悪態をつく。しかしまだガソリンは出てこない。


 ――ジャー。


 あ!やっと出た。よしよし……。


 さっきまでのイライラは一瞬で消え去る。我ながら気が短けえなぁ俺は。


 しっかり口元までガソリンを給油し終わった俺は蓋を閉め、再びカブに跨る。

 ちなみに俺のカブはバリバリにカスタムされている。


 リアボックス、時計、タコメーター、インナーラック、リアサス、スプロケ、シフトインジケーター、USB充電器、補助灯、電圧計、……などのメジャーなカスタムに始まり指紋認証キーみたいなもんまで作っちまった。

 魔改造と言ってもいい。もはやバイク屋には売れない代物だ。


 ま、いいんだ。コイツは一生モンのバイクって決めてるからな!



 ――ドゥルルルルー。


 そして俺は再びカブを走らせる。


 こうやってカブを運転している瞬間が俺の唯一の楽しみだ。峠道やらのグネグネ曲がりくねった道を風を切って走るのが最高に気持ちいい。

 カブという小型バイクの性能をフルに使ってそういったワインディングを颯爽と走行する。まさに心の癒やしだ。


 今日も俺はそうやって職場から自宅に帰ってきた。

 そこそこでかい家の割に住んでるのは俺一人だ。なぜなら、妻も子供も出て行っちまったからな……。



「はぁ……」



 なんでそうなったか?

 そりゃあ俺の性格がクソなせいだ。間違いない。我儘でドケチで家族のことなんてほとんど何も考えてなかった。


 養育費はしっかり払い切ったが、今や娘にも嫁にも会うことが出来ねえ状態だ。

 ああ――ちょっと、いや、めちゃめちゃ後悔してるぜ。



『こんにちはカイトさん。おめでとうございます!』



「んん?誰だ!?」


 どこからともなく頭の中に声がした。あれ?どっかで聞いたような声だ……。

 しかしおかしい、この家には俺一人しかいないはずだが……。



『あなたを異世界に招待します!』



 再び声がした。俺は家の中をあちこち探し回ったが声の主は見つからなかった。


「おい!?誰かいるのか?怖いから出てこいよ!」

 

『この家ごとやっちゃいますよー!』



「だから誰だお前!?『やっちゃいます』て何を!?」


 俺と謎の声のやり取りはやや漫才の掛け合いのようになったが、どうも話が噛み合わない。

 そうこうしている間に辺りは一瞬真っ暗になって、すぐに再び明るくなった。


「な、なんだ……?」


 そんなやり取りの後、家の外の明るさが夕方のそれにしては明るすぎると不審に思った俺は、窓を覗き外を見た。


 すると――。




「え……どこだよここ?!」


 なんと窓の外に広がっていたのは、木がそこら中に生えている《《山の中》》だった!!



「な、何!?ど、どうなってんだ??ウチの周りには住宅街が広がってたハズだ……一体何が!?」



『あなたは異世界に転移しました!しかも家ごとサービスです。どうです?素晴らしいでしょう!?』



 その声はどこかで聞いたことのある機械音声だった。そして声の出どころを探し出そうと辺りを探していると、また声がした。



『あ、言い忘れてましたが僕はあなたの乗っているスーパーカブです。今、家の外にいます』


「いやメリーさんかお前!?……スーパーカブ?ちょっと待っとけ!」


 俺はそいつのカブという言葉だけを頼りに玄関を開けた。

 ――するとやはりそこはいつもの住宅街などではなく、木々の生えている山の中だった。


「……」


 とにかく分からない事だらけだったので、とりあえず俺は自分のカブが置かれている庭へと駆けて行く。


 家と庭に関してはほぼ今住んでいる住宅がそのままこの山の中にワープして来たような感じで、カブの置いてある横手の通路にはすぐにたどり着く事が出来た。



「どうも、カイトさん僕です!いつも乗って頂きありがとうございます!」



 やべえ、立て続けにおかしな事が起こりすぎてる。

 家ごと山ン中に飛んだと思ってたら今度はカブが喋り出しやがった、もう訳が分からん!


 ……ただ、聞き覚えがあるその声は俺が自分で作った音声装置から出ているものだった。


「こんにちは、カイトさん。異世界でも頑張って走りますよ僕!」


 やたら前向きな言葉を発するコイツは何なんだ!?ここはどこだ?とりあえずコイツに聞くしかねえ。


「お、おい。今の状況を説明しろよ。何一つ分からんぞ!」


 すると何とも言えない言葉が返ってきた。



「スーパーカブ販売台数一億台突破記念で、あなた――ヤマムラカイトさんを異世界へ転移させました!おめでとうございます!!」



 ……なんて事をしてくれたんだ。


「いや、ふざけんなよ!ただの誘拐じゃねーか!?どこなんだよここは??」


「ここは異世界です!」


「いや、見たらわかるわ!そういう事じゃねえ。俺が聞きたいのは――」


 俺は一瞬冷静になり、一番肝心なことを聞いた。


「そ、そうだ。まず日本に戻れんのか!?……ってことだ。どうなんだ!?」


「……」


 すると、それまで流暢に日本語を話していたカブはいきなり黙った。おい!



「日本に戻ることは……」


 俺はカブの次の言葉を待った。



「戻ることはー……」


「えー、んー……」


「戻ることは……」


 俺はキレた!!


「おまっ!はよ言わんかいコラッ!なめとんのか!?」


 カブのシートをバシバシ叩く!感情が昂ぶるとつい関西弁が出てしまう。


 カブは俺の必死さに反比例するような呑気な口調でこう答えた。


「あ、で、出来ます出来ます!でも異世界転移ってしんどいから月1回が限度なんですよね!なので次に日本に戻れるのは約1ヶ月後になりまーす!」


 その言葉に俺は絶望した。


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― 新着の感想 ―
そう言えば2025年11月以降原付生産しないようですね。原付がどれだけ排ガスをだしていると言うのやら。
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