メイドさんは…?
部屋に戻り、ベットに腰掛けてメイドさんを待つこと数分。
「そういえば、メイドさんの名前聞いてないな」
かなり重要だったことをしていなかったことに気付いた。人の名前、しかもかなり近いところにいる人の名前すら聞けていないなんて…。
「すみませんお嬢様、おまたせしました」
ようやく来たみたいだ。王女をまたせるとは何事だ、と騒ぐ人もいるかもしれないけど俺はそうしない。なぜなら俺の感覚は一般人だから。
「来ましたね。では行きましょう?」
ベットからひょいっと降りてメイドさんの近くに行く。
「ええ、そうですね。行きましょう」
メイドさんについていって、玄関まで向かう。
玄関が開くと、そこには手入れが行き届いた壮大な庭園があり、その奥に一面の葡萄畑が広がっていた。
「…すごい、綺麗…」
窓の外を眺めようにも、眠っていた場所が裏山のすぐ近くだったため、空しかながめることができず退屈していたのでこの景色には、圧倒された。
…が、やはりここから見える範囲もゲームのときと同じだった。
「お嬢様、ひとまず町へ降りましょう」
「ええ、そうね。降りましょうか」
少し歩いて、門の外に出ると、もう馬車が用意されていた。
「お嬢様、出来る限り顔を外に出さないでくださいね。このあたりは治安がいいとはいえ、それでも危険ですから」
危険、か。それもそうか、日本と違ってそこまで発展しておらず、THE中世って感じの風景だし、盗賊とか、沢山いるんだろうね。
「あ、お嬢様、馬車酔いなどはされますか?」
「あぁ…わからないですね。そこの記憶もないみたいで」
現実でも馬車なんて乗ったことない。…でも乗り物酔いはしたことなかったし、多分大丈夫でしょう。
馬車に乗り込むと、体重で少し揺れたが、すぐに収まった。馬車の中は思っていたよりも広くて、快適そうだった。続いてメイドさんも乗ってきて、自分の目の前に座った。
「…お嬢様、そんななんでこっちに乗ってきたの?見たいな顔しないでください」
「そんな顔に出てました?すみません、少し不思議に思ったので」
ポーカーフェイスは現実でも得意じゃなかったし…すこしは訓練するべきだろうか?
「操縦は騎士団の方にやってもらうので大丈夫です。万が一があっても戦力になりますし。そもそも、女性が操縦してたら盗賊の格好の獲物ですよ」
「それもそうですね…」
「では、騎士様、お願いします」
「あいよっ!メイア殿下を快適、安全にアイゼトリアへ運ばせてもらいます!」
威勢よく張りのある声で返事したのは若そうな騎士だった。
着込んでもなお激しく主張する筋肉が頼もしく思えた。
やがて馬車が出発した。少し揺れる車内は新鮮で面白かった。この世界で生きていくうえでこういうことはかなり多くなると思うので、今のうちに慣れておくのがいいと思う。
「ふぅ…出発しましたね。お嬢様、少々お話したいことがあって…よろしいですか?」
「ええ、いいですよ」
急に真顔になってどうしたんだろう。大事な話でもあるのかな。
「では、騎士様、重要な話があるので、窓を閉めますね」
そう言うと操縦者の近くについている窓と、横についてある窓を全部閉めた。
「この馬車、窓を閉めると音漏れしないので」
「そうなんですね…それで、話というのはなんでしょうか」
真剣な顔をして、メイドさんは話し出した。
「実は、私、4日以前のこの世界の記憶がないんです」
4日前、何かあったか…まさか。
「おや、その顔…やはりお嬢様もでしたか。それなら話は早いです。そう、私は4日前以前、この世界にはいなかったのです。『地球』という名前の星に住んでいました」
仲間がいた…うれしい。俺以外に人がいるってことは、もしかして…
「あなたもだったのですね、そう…私も目覚める前、ここの世界にはいなかったのです」
「私があちらの世界にいたとき、この世界に非常に似た世界が舞台のゲームがあったことはご存知ですか?」
「ええ。私もやっていましたもの、NWO。ですね?」
「そうです。NWO、私だけかも知れないんですけど、不思議だったことがあったんです。私、仕事があったのでいつもプレイするのは夜だったんですね。その日も夜にやっていたんですけど、眠くて眠くてしかたなかったんです。それで寝落ちしたらこの世界に飛ばされていました」
こっちで意識が覚醒する前、配信していたときもなんだか少し眠たかった気がする。配信が終わったすぐに寝落ちしたきもするけど。
「同じです。私も配信していたんですけど、ずっと眠くて」
「あぁ…見てました見てました、なんかいつもより落ち着いて見えると思ったらそうことだったんですね」
「そういうことなの。…それで、ひとつ質問いいでしょうか?」
さっきから、起きたときから一つ疑問があった。それは…
「…?なんでしょうか?」
「あなたは、いつ虹の心に加入したのでしょうか?」
『虹の心』。メイアがクランリーダーとして運営していた10人前後の小規模クランだ。身内。またはクランメンバーの推薦を受け、人間性を確かめたプレイヤーしか入れていない。
領主の館などクランメンバーしか入ることはできない。はずなのだが、ここにいるメイドはクランリーダーのメイアですら誰だかわからない。そんな通知なんてとんできていない。そのため部外者、またはメイアにとって敵対する人間である可能性もあるのだ。
「私は、あの日の夜九時ごろに加入させていただきました。挨拶をしようと思ったのですが、お嬢様が配信をされ始めて、今日は出来ないと思い、見送らせていただきました。申し訳ありません」
「あぁ、いいんですいいんです。ちなみに誰からスカウトされました?」
「えと…ケイトさ…さんです」
いまメイドさん一瞬戸惑ったな。ケイト…現実世界では慧翔『様』。NWO内のファンクラブでケイト様ケイト様うるさい連中も居たは居たが、そんな下心丸出しのやつなどクランに彼なら入れないだろう。 恐らく彼女は嶺命慈の人間。そう考えると言動についても納得がいく。
「とても失礼なことを聞きますが、貴女はケイトとリアルで知り合い?」
「はい、知り合い…というよりも仕事仲間?…いや、でも対等な立場ではないし、雇われの身…です」
これで確定した。嶺命慈の人間だ。あとは、その中の誰か。
「私もケイトとはリアルで知り合いなんですけど。あなた、嶺命慈の人間ね?心配しなくていいですよ。人に話すこともしませんし」
「ありがとうございます。お嬢様の言うとおりで、私は嶺命慈のメイドです。慧翔様に誘われてNWOを初期から始めました」
「なるほど…そういえば、プレイヤーネームはなんですか?」
「…それは…」
急に黙り込んだメイドさん。なにかまずいことでも聞いてしまったかと身構えようとしたが、その前にメイドさんが口を開いた。
「C2GH6R136A1KTBN87…です」
え?
「も、もう一回お聞きしても?…」
「ですからC2GH6R136A1KTBN87です…」
「それってNWOのID形式じゃ…」
「そうなんですよ…でも、しっかりしたプレイヤーネームです…っ」
プ、プレイヤーネームがそう、アレでもね、しっかりした名前が人間にはあるから…。
「え、えと、では、リアルのほうの名前は…」
「星咲祈夜です」
個人情報…しかもちゃんと嶺命慈の人だし…嶺命慈の人たちは個人情報が大切だとおもっていないのか?
「じゃあキヤさんって呼びますね。改めて、よろしくお願いします」
嶺命慈の人間なら、敵対はしないであろう。この世界まで上下関係があるかは分からないが、慧翔の一言で命を投げ出せるように教育されてきている人間だ。余程のことさえしなければ友好だと思いたい。
「はい、話は終わりです。そろそろアイゼトリアが見えてくるころあいだと思うので、窓を開けましょうか」
そういってキヤさんはてきぱきと車内の窓を開けていった。自分もあけようと思ったのだが、キヤさんに止められた。
「ほら、お嬢様。あちらに見えるのがニーティアス領最大の都市。アイゼトリアです。乗り出さないでくださいね」
「ええ。もちろんです」
座席に座りながら見えた町はゲームをやっていたときと変わらないようだったが。そんなものと比べ物にならないほど美しかった。
みなさん良いお年を!