記憶めぐり
別に自分はあちらの世界に未練があるとかそういうことは無い。
家族はいない、親戚は全員亡くなった。なぜ自分は生きているか不思議なくらいで、何もしたいとは思えなかった。
小学校6年生のときに両親を失った。
交通事故だった。
母の通院の際に、交差点で信号無視した車に跳ねられたそうだ。
現場は知らない、見たくもない。そこにいってしまったら、幸せだった時間を思い出して、前を向けなくなるだろうと思うから。
修学旅行の2日目、遊園地で遊び、宿に戻るときに聞かされた訃報。聞いたときは何か悪い冗談だろうと思ったが、先生の始めてみる深く沈んだ顔をみて、事実なのだろうと理解した。そこからはまったく楽しくない修学旅行だった。班のメンバーもなにかと顔を合わせてくれないし、妙に気遣ってくれる。それが、あまりにもうれしくなく、いらない同情や、煽りにすら見えた。
何も信じられなくなった。
家に帰ったときにまだ心のどこかにあった希望はすべて潰えた。母と仲良くしていたらしい看護師の方が、玄関に立っており、そのかたにも訃報を伝えられた。
傷が広がった自分がゲームにのめりこむのは必然であったともいえるだろう。
勉強は育ててくれた両親に親孝行するためにがんばっていたというのに、その理由がどこかに行ってしまった自分は何が残るのか。
虚無を埋めるためにゲームして、またゲームして…
仲のよかった友人も全員離れていった。
自分でも自覚している。自分がまるで別人のようになったことは。
二人の葬儀は自分と数少ない親戚だけで執り行った。その親戚すらも数年後になくなったのだが。
修学旅行があった1学期が終わると、違う地域にあるらしい母の友人の家に預けられた。
中学校に入り、他の人物が他者と関係を築き、楽しく過ごしている6月。自分にひとつの奇跡が舞い込んだ。
母が妊娠していた子供が出産されたと。
実は母は子をかばうようにして跳ねられ、救急隊が到着したときに母は亡くなっていたが、子はまだ助かる見込みがあると思われたからだ。そこから、人口胎盤と人口子宮で育て、出産に至ったと。
すぐに病院に駆け込んだ。そしてそこで見た。
大量の管に繋がれながらも、必死に鼓動するその生命を。
色が抜け落ちたその髪は、自分には7色に輝いているように見えて、愛おしく見えた。
彼女に会いに、毎日数キロを走った。雨の日も、台風の日だって会いに行った。
自分がかつて持っていた表情を出せるようになり、また友人を持つようになった。ときには友人を連れて会いに行ったこともある。
うれしかった。
彼女のためなら何でも投げ出せる。唯一の家族のために、なんでもやる。
1年後、通される管の数が減ってきた彼女に初めてにぃにと呼ばれたときのうれしさは今でも忘れない。おもわず涙がでて、看護師さんに心配された時だってある。
彼女が初めて立ったときは感動しすぎて膝から崩れ落ちた。
彼女のために、彼女に今後不自由の無い生活を送ってほしくて、受験勉強も頑張った。まったく苦痛じゃなく、むしろ楽しかった。
受験が目前に迫った中3の冬。それは最悪の形として突然訪れた。
妹の、死亡。
積み上げてきたすべてが崩れ落ちたような、そんな気がした。
受験だなんて、もう馬鹿馬鹿しいとまで思えた。
心の支えが無いだけで、人はここまで弱るのかと、自分でも冷静に理解した。
受験は自分をあざ笑うかのように、不合格という形で幕を閉じた。
そんなときだった。
小学校のときにやっていたネットの友人からオフ会をしないかと誘われた。
気が進まなかったが、とりあえず行った。
会ったときは普通の青年だなと思った。容姿は整っているし、身長もまあまあ高い。年齢は近いらしく、一つうえらしい。
そこらへんにあるファミレスに入って自分の家庭環境とこれまでに起こったことを話した。
あまりに軽く個人情報を流した自分に彼は驚いていたが、好都合だと言って受け入れてくれた。
自分の事情を話していやな顔をされなかったのはこれが初めてだ。むしろ、笑顔になっていたことに驚いてしまった。
そしてなぜか雇われた。ずっと母の友人の家に住むのも申し訳なかったので、それに乗ることにした。
この人生でやりたいことなど叶えられなくなった身だ。新しい生き方というものもしてみようと思ったから、乗った。
即決されると思っていなかったのか。また驚いた彼。
こうして、彼の家に住み込みで働くことになった。
彼の家は大きな家だった。
仕事は楽しかった。仕事と呼べるのかさえ分からないが、掃除をして、料理は専属の人がいるのでやらなくていい。言ってしまえばただ、生活しているだけだ。
彼の父親に彼を退屈させるなといわれていたが、彼はなかなかのゲーム廃人である。
つまり、仕事の一環でゲームもできるわけだ。
一緒にゲームをすることで、彼のことをかなり理解できた。
――そして、心の傷も満たされてきた。
一般的な幸せを、一般的な人間関係と。
今まで満たせることのなかった感情たちが埋まっていった。
働き始めて5年。互いに成人し、酒を飲めるようになった。
そして――「NWO」が発売された。
家のコネと財力で初期ロットを購入できた彼は、自分もやりたいだろうと考え、自分の分も購入してくれた。
自分の心にあった傷は、大部分が埋められた。しかし、埋まらなかった傷もあった。
――妹が、もっと生きられたら。
――妹と、一緒に遊びたかった。
キャラメイクができると知ったとき、頭に浮かんできたのがそれだった。
他の理由だってあった。でもそれは、本当の理由と比べたら、ちっぽけでしかなくて。
――妹が生きていたとき、自分の目には天使がそこにいるように映った。
――妹が、成長したら、さぞ女神のように美人だったのだろう。
よみがえるのは、昔の記憶。すべてが楽しくて、鮮やかだったときの記憶。
――妹をよみがえらせる。
――妥協なんて、できるはずが無い。
――最高に仕立て上げる。
もう妹がこの世界にいないことは分かっている。でも、自分が生きる世界に、わずかでも妹のぬくもりがほしくて、暖かさが、優しさが欲しかった。心の支えになって欲しかった。
彼に言った。本気で、キャラを作らせてくれ、と。
二つ返事で許可してもらえた。
あのとき虹色に見えたのは錯覚なのだろうが、どうしても虹色にしたくて、いろいろと調べて回った。
妹が生きていたときの写真をAIに読み込ませ、骨格の成長をシュミレーションしたりもした。
そして1年を掛けて、キャラメイクは完了した。
そこから彼と合流した。
彼もなかなか凝ったデザインで、力を入れていることが分かった。
合流したては、いろいろと周りから妬みを言われたが。だんだんとそういうものも減っていった。
楽しかった。
妹も一緒に遊べているようで、楽しかった。
――あちらの世界に未練はないと言ったが、彼とだけは、もっと仲良くなりたかった。信頼し合って、高めあう存在になりたかった。