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短編

【三題噺】禁じられた主人公(草)

『草』、『禁じられた主人公』、『クリスマス』


「チクショー、なんで俺はこんな日に彼女に振られて、友人の家で駄弁ってるんだ。全くよー」

 俺は叫んだ。およそ、世界人口のうちで最底辺で、下世話で笑われる理由である。


「そんなお前が友人の家に入れてもらえているだけ、感謝してくれ」


「確かに」


「ふん、こっちはこの一年はめっきり彼女がいなかったっていうのによ」


「それは草だわ」

 ここで一旦、顔をこちらに向けた後、友人は酒を煽る。それに釣られてグラスの酒をこちらも飲み干す。


 友人から、会話、再会。


「はぁ、何だ。何なんだこの野郎。散々、仲良ししてたあの彼女に振られやがって、良い子だったろう?」


「良い子だったよ。良い子だった。良い子なのに、クリスマスイブ当日に、別れましょうって、そう言われたんだよ。マジで草だろ」


「まぁ、泣けよ泣けよ。独り身同士暖め合おうぜ」


「何だよ、青春ドラマの良い奴かよ。草だわ」

 ここでまた一旦、テンポが開いて、友人はこちらの会話のフレーズを読み飛ばすようにした。


 こちらからもまた言葉は発しづらい雰囲気、はてさてどうするか。そう思っていれば、友人がその重たそうな口を開く。


「それなんじゃ、無かろうか」


「何がそれだって?」

 答えてから、グラスのアルコールをグビっと喉に流し込む。


「いや、お前がこんなことになってる理由だよ」


「何を言ってるんだよ。変なこと言い出して、草だな」

 突如、友人はバッと飛び上がり、実際は立ち上がっただけなのだけれど、酒の回る視界には猫が飛ぶようにさえ見えた。そして、開口。


「お前のその口癖が別れる理由なんじゃ無いか!?」


「何をいうかと思えば、そんな理由草だわ。……あ」


「ほらほら口癖が止まらねぇぜ、何だよ、ネットから異世界転生でもしたってのか?」

 そんな風に揶揄してくる友人を横目にちびっとグラスを傾ける。


「聞いてる限りじゃ、結構その言葉。耳に触るもんだぜ」


「そうかな」


「そうだよ」

 意気揚々。鳩を脅かす子供みたいに容赦なく、突きつけられる疑惑。膨らんで膨らんで、熱される脳みそはアルコールを欲する。

 

 少し飲む。


「分かった。分かったよ。つまり、草とこれから言わなければ良いんだろ?それくらい余裕だぜ」


「おぉ、言ったな。ではではやろうじゃないか、『草禁止ゲーム』」

 時間は飲みにしては浅く夜9時を回った辺りであったが、悪ノリの二人に自制は無く。ゲームを遠ざける意味さえ少しも無い。


「これは俺の話なんだが、俺の最新の告白の話なんだが、俺は好きな子が居たんだ」


「知らなかった、誰だよ?」


「バイトの子、同い年のね。まぁ、同じ勤務先ってこともあって、同じ年代ってこともあって、話も合って、気も合ってたんだよ。だからさ、俺も絶対これはイケると思って、告白したのさ」


「デートに誘って?」


「もちろん、デートも何回かして。その何回目かで、告白したんだ」


「結果は?」


「だから振られたんだよ。この一年、彼女いないって言ったろ」


「それは……ドンマイ。うん、ドンマイ」


「3点リーダー二つ分。ふん、まぁ許してやろう」

 そういうと、ふっと友人は席を立ち上がると、キッチンの方に隠れる。


 けれど、声は大にして、会話は続ける。


「しかも、続きがあるのさ。その女の子、後から知ったんだが、その数日後に他の奴に告白されて、そいつと付き合ったんだと」


「……それは普通にドンマイ」


「まぁ、それも別に良いんだが、更にその後に知ったことなんだけれどさ。その女の子、実は股にかけてたんだと」


「何人?」


「6人」


「それはく……そ野郎だな。あぁ、全くだ。あぁ、うん、全く、全くだ」

 危機一髪。言葉を回避する。危ない。


「おぉ、言わなかったか。よろしいよろしい。今、草って言ったら、色々許さないところだったぜ」


「あぁ、当たり前だろ。言うわけない。何なら、罰ゲームでも付けるか?」


「おぉ、言ったな?良いじゃないか。それじゃ、それに、タンスの上の貯金箱にお金でも入れていけよ。『草』一つにつきいくら出す?」


「五百だな」


「オッケー」


「じゃあ、そうだな。罰ゲームもついたところで、こっちの腹はデザートに向いてこないか?」

 そう大きな声で、デザートという単語を発した友人のそれに、腹が少し鳴った。


「あぁ、デザート。良いな」


「その机に出ている寿司なんだが、ちょっと詰めて置いてくれないか?捨ててる物は捨てて」

 言われて、甘くなった脳みそを半操縦で体を動かし始める。口も甘くして。


「捨てる物って、醤油、わさび、生姜とか、小分けの奴らはどうする?この緑色のく……」


「く?」


「バランは良いとしても」

 と、危なかった。言いかける所だった。


「あぁ、他の物も全て捨てておくれよ。残りの寿司が収まるなら、小さめの入れ物にでも詰めてくれ」

 そう言われて、そう動く。脳みそはシャッキリと先ほどのラリーで起き上がっていた。


 よし、絶対気を抜かない。そう心に誓って、今一度、見やる。友人の声が一段近づいたように、思う。


「いや、すまない、すまない。準備に手間取ってしまって。はい、これは先に、つまみの軽い肉。後、その肉にこれ載っけといて」

 何かしらが、その友人の手から離れて、キャッチする。

 タッパーに入った。


「緑のク…………レソンだね。これはね、そうだね、肉料理なんだものね」


「そうだよ、クレソン、クレソン。じゃあ、次は甘い物のつまみとして、ドライフルーツも運んでよ」

 更に盛り付けられた、綺麗なドライフルーツ達。それを丁寧に見やる。どこかに繋がりそうな何かを警戒しつつ。


「肉とドライフルーツだから。メインのお酒はサッパリ系の方がいいだろ?」


 ドライフルーツに目を奪われながら、矯めつ眇めつの余裕のなさをかましている背中から、止まらない声が届く。


 あぁ、サッパリは良いな。などと軽く返答。


 ドライフルーツ、着座。良しと。


「お酒はモヒートで」


「モヒート?初めて聞いたな。どんなお酒なんだよ」ぐりんと、ドライフルーツから180°、友人の声に対して、礼儀を正す。


 モヒートとやらが、目に届いた。

 途端、止まらない。


「いや、草!!!!」

 叫んだ。はっきりと、サッパリと、その飲み物の、緑の飲み物に対して、放ってしまった。草だと、大々的に。


「はい、言ったな。言ってしまったな、馬鹿野郎め。五百円いただくぜ」


「何なんだ、それは何なんだよ。飲み物なのか、飲み物じゃないのか。その判断すらしかねるビジュアルだぜ」


「飲み物だって、ほら入れてくれよ」


 ピンクの豚の長いまつ毛がこっちを見る。とてつもなく、嫌な顔で金銭を要求している顔に見える。口元でさえも少しばかり悪どく見えてくる。


「はぁ、いやいや。失敗してくれて良かったよ。正直、モヒートより他は無かったからな」


「は、さいですか」

 この時、ポケットから振動が響いた。感じ心地のある懐かしい震えが、そこに、昨日ぶりにあった。


 自然、それを取り出すと、通話にスライドする。


〜〜


 こちらとしては、この会費だけで一万円ほどが、飛んでいるわけで、五百円程度でどうのというレベルなのだが。


 しかし、それでも五百円でも、大きい勝利だった。また、男二人のこのような会を開く足しに出来るのだから。


 電話に出て、ベランダにいる友人を横目に、モヒートを飲む。ドライフルーツと、ミニサイコロサイズの肉を含ませて、ゴクリ。


「……おぉ、おかえり。電話何だったんだよ?」

 聞くと、彼は複雑で、肩透かし、驚いたと言えば分かりやすいような顔をしている。


「いや、彼女から電話だったんだ……昨日はごめん、今から会えないかって。俺、行ってくるよ」

 そう言うと、バタバタと友人はコートと、荷物を手早く取って持って、走り出した。


 ガチャリと扉を押し開ける時に、少しこちらを振り返って、見て。頭を下げる。


「また、いつか、そうだな、三が日にでも会おうぜ。三日にでも」


「良いから、行ってこいよ。彼女が寒空で待ってるぜ」

 間髪入れない返答に満足気を少し見え隠れさせて、この会話を聞くと、さっと友人は立ってしまった。


 どんちゃん騒ぎは、急激に温度を覚まし、震える。湯気の立つ肉と、ドライフルーツがモヒートから流れる水滴に透ける。


 ふっと息を吐くと、気の抜けた風船はガックリと後ろに倒れ込んだ。


「はぁ、いやなんだ。何だと言えば、あぁそうだな。……マジで草だな」

 そう一人呟いて、豚さんに五百円玉を落とした。





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