Episode1:鎮火せよ/業火
日本のとある県とある街、音来市。この街では今、ある事件が多発していた。
みなが帰宅し、静まり返った夜の工場に一人の男が侵入する。男は工場を一瞥すると、懐からおもむろに鍵型の道具を取り出した。鍵の頭には燃え盛る炎を模した飾りがあしらわれている。そして、付け根辺りにあるボタンを男が押すと鍵は【ボルケーノ】と、自身の飾りと対応している単語を発した。男が手袋を取る。その手のひらにはまるで鍵穴のような痣があった。そして男はその痣の鍵穴に鍵を差し、ひねったのだった。
【ボルケーノ、解錠】
直後に男は炎の渦に飲み込まれる。そして、渦が消えた頃には男の姿はどこにもなかった。あったのは、燃えたぎり全て焼き尽くさんとするばかりの炎を携えた怪人の姿だった。
朝、俺が目を覚ますと既に起きていたダギルが朝飯を作って待っていた。遅いと怒るダギルに軽く謝りながら俺は席に着く。ダギルは俺と契約している剣の悪魔だ。俺が、ダギルが71本のアストラロックを集めるのを手伝う代わりに、ダギルに俺の悪魔退治を手伝ってもらっている。そして俺の名前は麻田龍介。ダギルの契約者だ。今はダギルの関係で通常の職務からは離れているが、一応警察に所属している。警官だった親父に憧れて就いた仕事だったが、悪魔退治とアストラロック集めをするに当たって署から離れ、ほとんど個人で活動する状態になっている。警察側もこの状態を良しとはしてないらしく、どうにか「超常犯罪対策課」なるものを作ろうとしているが···これはまだ形になっていない。
「おい!飯が冷めるぞリュースケ!」
「あぁ、悪い悪い」
ダギルにどやされる。また謝りながら俺は味噌汁をすすった。そして視線をテレビに向ける。テレビでは朝のニュースが放送され、そこでは昨晩起こった工場放火事件が取り上げられていた。
「連日の工場放火事件ですが、やはりこれらはすべて同一人物による犯行と見られ···」
今、ここ音来市では、毎晩各所の工場が放火される事件が立て続けに発生していた。これがただの放火魔による普通の事件なら話は簡単だ。しかし、現場に残された通常の火災ではありえないような惨状の数々。焼き切れた鉄板、融解した地面···。警察は、これらの現場証拠からこの事件の裏にはデモンズが絡んでいると踏んでいた。そんな折、俺のスマホが着信音を鳴らす。
「あ、センパイですか?おはようございます!黒井戸です!」
電話の相手は署の後輩、黒井戸大愛だった。彼女は俺たちと共に「超常犯罪対策課」を立ち上げようとしているメンバーの一人であり、俺と一緒に超常犯罪を追う仲間でもある。そんな彼女からの電話ということは、もしかしなくとも超常犯罪の話であることは想像に難くない。
「連日の放火事件についてなのですが!」
やはりというかなんというか。黒井戸の話は今もニュースで取り上げられていた連続放火事件の話だった。やはり署ではこの事件をデモンズによる事件と考えているらしく、そこで日夜超常犯罪を追ってる俺たちに白羽の矢が立ったのだ。
署につくと、何やらソワソワしながら俺のことを待ってい黒井戸が飛ぶように駆け寄ってきた。そして、「見たら絶対驚きますよ!」と鼻息を荒くする黒井戸に手を引かれ、俺が連れてこられた部屋にはなんと「超常犯罪対策課」の札が掛けられていた。
「黒井戸、お前これは!」
「ふっふん!私達の申請がようやく通ったのです!これでついにデモンズ捜査も正式な警察の活動になりますよ!」
俺と黒井戸は抱き合って喜ぶ。しかし、部屋の中のソファで好物のショートケーキを食べていた俺の先輩、加味鋭武は少し深刻そうな面持ちだった。
「超常犯罪対策課がこうして形になるのは嬉しいことだがしかし···」
そう、俺たちが協力して立ち上げた超常犯罪対策課が、正式に認められたのは嬉しいことだ。しかし、裏を返せばそれは、正式に対策課を用意しなければならないほど音来市での超常犯罪が激化したということでもあるのだ。
「そうですね、鋭武さん。これからはさらに気を引き締めて行きましょう」
俺たち3人は、顔を見合わせて頷いた。
俺がソファに座ると、黒井戸が机に資料を並べ始めた。俺はその中の現場写真の1枚を手に取り眺める。写真の裏には「高熱により融解した社用車」と記載されていた。そして改めて写真に目を通す。それは、車と呼ぶにはあまりにもドロドロに溶けており、言われなければ面影も見落としてしまうような状況だった。鉄をこうも溶かしてしまうのは、普通の火災では有り得ないだろう。
「『マグマ』の記憶か···」
「いや!『ファイヤー』の記憶だなこれは!」
そう声がすると、俺の腰に付いていた鍵束の中の1つの鍵が光りだす。そして、その光は鍵を離れソファの上まで移動すると怪物の姿、ダギルに変化した。
「ダギル···。ただの火で車はこんなことにならないだろ?」
「いいやリュースケ、お前は悪魔の炎を舐め過ぎだ!なるぜきっと!」
「ちょっと良いかお前ら」
俺とダギルか犯人のアストラロックについて議論していると、犯行現場になった工場の資料を見ていた鋭武さんが手を挙げた。どうやら、次の犯行場所に目星を付けたようだった。部屋に置いてあったホワイトボードを引っ張り出し、そこに工場の資料や写真を貼り出していく。そして、鋭武さんはボードに大きく「シエンコーポレーション」と書き出した。
「資料を見ると、放火された全ての工場はこの『シエンコーポレーション』の工場だった。つまり犯人は」
「つまり犯人はシエンコーポレーションに恨みを抱いている者の可能性が高いですね!」
鋭武さんの話に黒井戸が割って入る。鋭武さんはその通りだと頷くと、次は音来市の地図を貼り出した。
「そしてこの地図の放火された工場に印を付けていくと···」
鋭武さんが赤いマジックで地図にバツマークと日付を書き出していく。すると、ある場所を中心に放射状に放火された工場があり、その日付は中心から遠くなるほど最近になっていた。つまり、この円の中心付近に住んでいるものが近場の工場から順に火を放って行ったのではないか、そう鋭武さんは考えたのだった。
「そしてさらなる証拠がこれだ」
そう言うと鋭武さんは、ジップロックに入った何かの燃えカスのような物を取り出した。
「損傷が激しくDNA鑑定などは不可能だったが、辛うじてこれが手袋の片方であることは判明している。つまり」
「つまり犯人は片手だけの手袋を所持している可能性が高いのですね!」
鋭武さんの話に黒井戸が割って入る。鋭武さんはその通りだと頷いた。
「しかしなー、それが本当に犯人の物ならもう片方はもう捨てているかも知れないぞ?」
ダギルが鋭い指摘を出す。鋭武さんはその通りだと頷いた。
「だが揺すりを掛けることならできる。各々この情報を頭に入れておいてくれ」
「了解です加美警部!」
黒井戸はピシッと敬礼を取った。
「良い返事だ黒井戸。よし、未来。お前も話は聞いてただろう。条件に合いそうな容疑者を調べておいてくれ」
鋭武さんは振り返ると、まだ山積みの段ボールに向かって声を掛けた。すると、その奥から返事が返ってくる。
「あ、えっと、も、もう検索はその、お、終わらせておきました···ふへ」
段ボールの向こうから姿を現したのは、俺たちと一緒に超常犯罪対策課を立ち上げようと動いていた研究者、光音未来だった。彼女はデモンズやアストラロックについての研究の第一人者であり、その知識を買われて現在は音来署に勤務しているのだ。さらに彼女はインターネットを用いた情報収集力にも長けており、署のネットワークに特別に接続することも許可されるほどの腕前を持っていた。しかし、今日は折角超常犯罪対策課の部屋が用意されたというのに姿が見えなかったが、まさか部屋の隅、段ボールの陰にいたとは。
「もう調べ終わっているのか。流石は未来、流石は"情報魔術師"だな」
「ふ、ふへへ、そ、そんなに褒めてもな、何も出やしませんよ加美さん、ふへ」
「いや、お前の技術は超一流だ。さぁお前の調べた成果を見せてくれ」
「そ、そんなに褒めないでくださいよぉ、ふへへ」
そう言いながら段ボールの奥からのそのそと出てきた光音さんは、プリンターから資料を取り出すとそれをホワイトボードに貼り出していった。
シエンコーポレーション社員今井、社員中西、社員倉田、元社員柴川···。貼り出されたのは全部で4人の容疑者の資料だった。
「え、えっと、あ、あの円の中心にはしゃ、社員用のアパートが1つありまして、そ、それで、そこに住んでいるこの4人の誰かがは、犯人ではないかと思われます、ふへへ」
今井、中西、倉田は今も会社に勤めている社員であり、近場の工場が放火されたことで今は社宅待機になっているらしい。そして元社員の柴川。彼は先月会社を辞めており、週末には社宅を出る予定になっているらしかった。
「と、特にし、柴川は上司の言い掛かりで辞めさせられたようで、えっと、か、会社に対する恨みもそ、それなりにあるのではと思います、ふへへ」
「なるほど。しかしそんな上司がいるなら同じ会社に勤めている他の3人も動機が無いとは言い切れないな」
「では早速聞き込み調査に向かいましょう!行きますよセンパイ!」
「ふ、ふへへ、き、気をつけて、お二人とも、ふへ」
そうして俺は、黒井戸に腕を引かれ光音さんと鋭武さんに見送られながら署をあとにした。黒井戸と車に乗り込み、4人が住むという社員アパートへと向かう。道中、黒井戸は4人の資料に目を通しながら誰かと電話していた。話の内容から察するに、電話の相手はどうやらシエンコーポレーションに勤める友人らしい。黒井戸の人脈は幅が広く量がすごい。各所の現場で知り合いに会い、捜査の先々で友人に合う。この驚異的な人脈は紛れもなく黒井戸の武器だろう。そして、今回の事件現場の工場の運営元、シエンコーポレーションにも彼女の友人はいるようだった。電話を終えた黒井戸は、柴川の資料を見ながら「サイテーな上司ですねー!」と怒っていた。それに俺も巻き込まれる。
「今シエンコーポレーションにいる友達に話を聞いたんですけどこの柴川って人、上司の失敗を全部押し付けられて辞めさせられたらしいんです!信じられませんよねそんなこと!」
話半分に聞いていたが、それは流石に信じられない。というか、それだけでも既に違法では無いか。その件もあとで鋭武さんに報告しておこうと話した。しかし黒井戸の憤慨は収まらない。
「大体そんな理不尽な目にあったのにおいそれと辞めてしまうなんて意気地無しですよね!私だったらガツンと行ってますよ!ガツンと!」
そう言いながら彼女は握り拳を俺に見せた。いや、そんなことしたら今度は暴力沙汰だが···。そうこうしているうちに車は容疑者の住む社員アパートに到着していた。車を降りると、ちょうど元社員、今井が帰宅してきたところだった。俺たちは今井を呼び止め事情を説明する。シエンコーポレーション社員、今井太一は人当たりのいい人物だった。物腰は柔らかで口調も丁寧。感じは悪くない。今井の話では、今は全員出掛けてしまっているらしく、まずは今井から事情聴取を行うべく俺たちは今井の部屋に上がった。
「そうですか、放火事件について取り調べに···」
「えぇ、どんな些細なことでも良いので、知ってることを話してほしいです」
今井にそう伝える。すると、しばらく考えてから今井が「そういえば」と口を開いた。
「ここ数日、毎晩倉田くんがどこかに出掛けていたんですよね。聞いても詳しくは答えてくれなくて、どこに何しに···までは知りませんが」
「倉田···、倉田甚助さんですね!ちなみに、いつ頃からとか覚えてますか!」
「確か···先週末くらいからでしたかね」
黒井戸が持ってきた資料の、連続放火事件の最初の発生日を確認する。タイミングはちょうど、事件が発生し始めた日付と近い。細かいことは後で本人から聴いたほうが早いだろう。
「あ!そいえば今井さん!半月前に上司さんと言い争いになったって聞いたんですけど、それはもう大丈夫なんですか!」
黒井戸が唐突にプライベートな感じの質問する。なぜ黒井戸がそんなことを知っているのかと思ったが、黒井戸が道中読み込んでいたのは、あの光音さんが用意した容疑者の資料。その気になれば他人の一切を明るみに晒すことのできる、プライバシー侵害のプロフェッショナルが用意した資料だ。恐らく直近半年の一切合切が調べられていたのだろう。
今井は、黒井戸に質問に少し驚きながらも軽く笑いながら「もう解決しましたよ」と話した。
「お互いに頭に血が上っていたんです。少し経ってから改めて話し合ってみれば···案外呆気なく片付いてしまいましたよ」
今井は目を伏せ、少し俯いた。しかし黒井戸の質問は止まらない。矢継ぎ早に質問を繰り出していく。
「そうですか!何もなければよかったです!あー、あと柴川さんの件はご存知ですか!」
すると、柴川の名を聞いた途端に今井の表情が陰った。
「···上司との言い争いはまさにそのことなのです」
今井が会社の上司と言い争いになった原因、それは柴川の理不尽な解雇だった。今井は柴川に対するこの処遇を不審に思い、上司に掛け合ったんだそう。しかし結果は何も変わらず。それどころか今井まで降格処分になってしまったのだった。
「柴川くんを引き止められなかった上に僕まで降格処分です。でもちょうど良かったんです。こんなブラック会社、いい加減辞め時かなと思っていたので···」
これを聞いて黙ってられないのが黒井戸だった。
「···もう、ほんとサイッッッテイですねぇその上司ぃ!でももう大丈夫ですよぉ!今井さん!私、その会社を調べられないか加美さんに相談してみますから!」
黒井戸は鼻息を荒げて捲し立てた。しかし、そんな黒井戸を他所に当の今井さんは静かに俯いていた。そして、ボソリと「もうじき全て終わりますから」と呟いた。
「ん?おい今井さん、それはどういう···」
俺が言葉の意味を問おうとすると、玄関の方から扉の開く音が聞こえてきた。そして、バタバタと誰かがやってくる音がする。部屋に入ってきた男はこのアパートの住人の1人、シエンコーポレーションで働く社員、倉田甚助だった。
「あー!太一さん!警察が来たって言うからおれ急いで戻ってきたんスよー!」
バサバサと上着を脱ぎ捨てた倉田は今井の隣の椅子に座る。そして今井の方を見て「で、何を仕出かしたんで?」と尋ねた。
「失礼だね倉田くん、僕は何もしていないよ。それに君も容疑者の一人なんだからね」
「えー!おれもっスか!」
「申し訳ないがこのアパートに住む4人全員に容疑が掛けられているんだ」
「えー!おれ何もやってないっスよ!」
その後は今井の時と同様に黒井戸がグイグイ質問をしていく。しかし、どうやら倉田は今井と違って黒井戸と波長があうらしく、お互いペラペラと話していた。そして黒井戸は倉田に「それで毎晩どこ行ってるんです?」と尋ねる。これ対して、さっきまで仲良く喋っていた倉田は目を泳がせた。何か言いづらいことがあるのか、まさか···。
「何か私達に言いにくいことがあるんですか!」
「いやぁあんた達っていうか···」
黒井戸も倉田の反応のおかしさに気がついたようだが、倉田は歯切れの悪い返事を返した。
「しっかり話してくれないと犯人に誤認されちゃいますよ!夜に何やってんですか!?」
黒井戸は畳み掛けるように詰め寄る。と、そこに社員の中西と元社員の柴川がやってきた。
「ういっすー、て、あれ。何オマワリに詰められてんのじんちゃん」
「本当に警官がいますねぇ···。あぅぅ···」
作業着を着たまま帰宅した男は中西海斗。彼も容疑者の一人だ。彼は俺たちに軽く会釈すると「じゃ俺風呂入ってくるんで」と、さっさと風呂場へ向かってしまった。残された柴川秀久は俺たち警官にやたらと怯えているようだった。黒井戸が立ち上がり椅子を譲った時も、まるで目の前に熊でも現れたかのような様子だった。
「ぼ、僕はあなた方みたいな人とは無縁の人生だったので、何も心当たりが無いのになんだか怖くて怖くて···」
黒井戸の明るい態度が多少緊張を和らげたのか、柴川は黒井戸に俺たちが怖いと話していた。何も罪を犯してなくとも、異常に問い詰められたり極度の緊張状態に置き続けられると、人間はその状況から抜け出すため夢中で罪を認めてしまったり、ありもしないことを捏造して話したりする。聞き込みでそんなことになるのは好ましくない。しばらく黒井戸に相手をさせて緊張を和らげさせようと思い、黒井戸の方を見ると、彼女はこちらにウィンクを返した。
黒井戸が柴川と話している間、俺は風呂に行った中西を待ちつつ彼の資料に目を通していた。今井に聞いた話では、彼は柴川と同期であり、何かと気弱な柴川を気にかけてよく一緒に行動していたそうだった。実際資料を見ても、中西は柴川と同じ部署におり、企画を共に考案していたりもした。そこに中西が風呂から戻ってくる。
「んで、なんスか今井さん。何したんスか」
「もー、なんで倉田くんも中西くんも僕を悪人にしようとするのかな。残念だけど今は君も疑われてるんだよ」
「はぁ、俺もっスか」
そう言いながら中西は今井の向かいの椅子に腰を下ろした。ちょうど柴川の緊張も解れてきたのか、黒井戸が「それでは!」と場を一喝した。
「今井さんは事件が発生する少し前に柴川さんの話で上司と言い争いになるも、結局辞めるのは止められず自身も降格処分に!しかしそれはもう仕方が無いことと割り切っている!」
「そうですね」
「そして倉田さんは事件当日の夜から毎晩外出している!しかしその内容はみんなには言えないと!」
「いや、みんなというか···」
「そして!柴川さんは上司からの企画をコツコツと進めていたが突然の上司の大ポカで企画は消滅!さらに全部責任転嫁させられて退職!」
「まぁ、近いうちに辞めようとは思ってましたけど···」
「そして中西さんが!」
「柴川を辞めさせたあのクソ上司をぶっ殺してぇなぁと思いながら毎晩キャバクラ行ってましたー」
「と、言うことですセンパイ!犯人は倉田さんだと思いました!」
黒井戸が全員の話を統括したかと思えば、トンデモ発言をブチかまし俺は頭を抱えた。少しは場を仕切れるようになったのかと思ったが、それはまだのようだ。倉田に謝り、まとめ方は良かったと黒井戸に伝える。そして改めて倉田に向き直った。
「倉田さん、このままじゃあなたを署まで連れていって、本格的に取り調べすることになります。隠していることを話してくれませんか?」
「う、それは···、この場だとちょっと···」
「···あぁ!じゃあ私ちょっと聞いてくるのでセンパイ、他の3人に気になることあったら聞いといてください!」
黒井戸はそう言い残すと、倉田の手を引き跳ねるように外へ行ってしまった。俺は改めて残る3人、今井、柴川、中西の顔を見た。すると、今井が手袋をずらし腕時計を確認する。そして慌てたように立ち上がった。
「す、すみません警官さん!僕、20時までに会社に資料を取りに行かなければいけなかったんです!」
時計を見るともう19時を過ぎていた。今井は奥の部屋で急いで着替えると、中西に鍵を預けてさっさと出ていってしまった。もう時間も遅い。今日はこの辺にして、一旦署に戻り残っている工場の見回りに行く準備をしようかと考えていると、先程今井が着替えていた部屋からドサドサと物の落ちる音がした。
「あー、あの人また服を適当にしまってたな。柴川、多分服が転がってるから適当にかごに戻しとけ」
中西が部屋の鍵をクルクル回しながら奥の部屋を指差した。柴川はコクリと頷く。
「俺は今井さんが忘れてった社用ケータイ届けに行くんで」
中西はそう言うと玄関へと行ってしまった。柴川が奥の部屋へと向かう。俺はそれに続いて、部屋の中を覗き込んだ。押入れの扉が開き、中から衣服が雪崩のように溢れ出ている。その下にはかごらしきものが埋もれていた。どうやら今井は結構ズボラらしい。柴川がまるで母親のような独り言を溢しながら溢れた衣服を拾い集めていく。見てるだけなのも気まずいので、俺も手伝いますよと言って部屋に入った。靴下や下着もごちゃごちゃに入っていたのか、服の周りにはそれらも散らかっている。俺は、目についた手袋を拾い上げその相方を探しつつ他の服をかごに押し込んでいった。しかし、全て仕舞っても手袋に相方、右手が見つからない。まさかと思い手袋を見ていると、柴川さんが手袋を見て「見つかったんですね」と言ってきた。
「今井さんが手袋の片手を無くしたと言ってたんで、多分···その片方がこれですね」
柴川さんは俺から手袋を受け取ると、分かるようにテーブルの上に置いときましょうと言ってリビングに戻っていった。この手袋は俺の杞憂だったか。そう考えた直後だった。アパート全体が激しく揺れたかと思えば、リビングの方からガラスの割れる音が響いた。急いでリビングへ向かうと、そこでは柴川さんが腰を抜かし座り込んでいた。そして、その眼前にはまさに今窓から侵入したと思われる異形の怪人、デモンズの姿があった。
咄嗟に腰の鍵束に手を回す。しかし、それを見たデモンズがすかさず炎を吐き掛けて来た。素早くその場を飛び退き躱すが、炎が引火し木造のアパートは見る見る燃え広がり始めた。
「俺のことを嗅ぎ回りやがって、面倒な奴だ」
デモンズの身体から溢れ出る炎がより一層の輝きを放ちはじめた。
「クソ、ここは危ない!逃げるぞ!」
腰の抜けた柴川を抱え、脚が焼け倒れたテーブルを飛び越える。玄関を押し開け外へ飛び出した。外には黒井戸と倉田がいるはずだったが、どちらも姿は見えない。まさか黒井戸に限って逃げ遅れてはいないだろうが、もしあのデモンズが倉田なら安心はできない。
「逃げてんじゃねぇよ!」
社宅の壁が破壊され、デモンズが飛び出る。その衝撃で俺と柴川は地面に吹き飛ばされた。
「今夜で契約は終わりなんだ、ここで邪魔はさせねぇ」
「契約か···工場を焼くのが契約者の望みか」
「それだけじゃねぇ、こいつは会社そのものもぶっ壊してぇんだ」
そういうとデモンズは、背中に携えた竜のような翼を広げ空へ舞い上がった。
「今夜で契約は終わり、こいつも、こいつの会社も消えてなくなる。お前はそれを、黙って見ていろ」
そう言い捨てると、デモンズはあっという間に飛び去った。
「け、刑事さん···あっちは···!」
「あの方向はまだ被害を受けてない工場がある!それに加えて本社もだ!」
「ど、どうすれば···」
「車に乗れ!デモンズを追う!」
俺は動揺している柴川を引っ張り、止めてあったパトカーの後部座席に押し込んだ。そして運転席に乗り込む。すると、トランクがバタンと閉められ黒井戸が助手席に乗り込んで来た。
「センパイ!デモンズ出ました!あっちに!」
「黒井戸!無事だったのか!倉田は?!」
「気絶しちゃったんでトランクに乗せてあります!早く追いましょう!」
「い、いいのかトランクで」
「早く追いましょう!」
黒井戸に急かされ、俺はすぐさまエンジンをかけデモンズの飛んでいった方向へ向かった。工場の目星は付いている。残る場所はそこだけだ。真っ直ぐ本社へ向かう可能性もあるが···デモンズの口ぶりから察するに、契約内容は工場の全ての破壊を含んでいるのだろう。俺は、残る最後の工場に向かった。
「柴川さんは車内で待っててください。俺が行きます」
「わ、私も行きます!」
「黒井戸は柴川さんとトランクの倉田さんを守っててくれ。というか倉田さんは出してあげてくれ」
「···了解です」
パトカーから降り、工場の門へ向かう。門を飛び越え中に入ると、そこには今井太一が立っていた。
「随分早かったですね、警官さん」
「あんたは律儀に俺のこと待ってたのか」
「グエムがあなたにも見せたいというのです。僕の復讐が遂げられるところを」
そういうと、今井はズボンのポケットから1つの鍵を取り出した。ただの鍵ではない。それは"アストラロック"だった。そして、今井は左手の手袋を取り俺に掌の鍵穴のような痣を見せた。
「これは僕の、怒りと復讐の炎です」
【ボルケーノ】
「成し遂げるまで、消させやしません」
【ボルケーノ、解錠】
アストラロックを痣に差し込み、ひねる。【解錠】と共に今井の体は業火に包まれ、そして、それを振り払うようにして鬼のような怪物が現れた。
「あんたがデモンズだったのか。なぜあんたはそんなに憎む?何があんたをそうさせるんだ」
『簡単な事です。あの会社は腐ってます。だから、だから僕が正すのです。柴川くんを追いやり、僕を貶めたあの会社を!!』
「だからデモンズと契約したっていうのか?馬鹿げてる···」
『バカで結構!さぁグエム、こいつを焼き殺しましょう!』
「ようやくか。へへへ、この業火の悪魔、グエム様がしっかりと殺してやるよ」
「···チッ、ボルケーノか。おい、予想と違ったぞ」
『両方ハズレか!引き分けだな!』
「おい!俺様のこと無視してんじゃねぇよ!」
憤慨するデモンズを他所に、俺は腰の鍵束から1つの鍵を取り出した。この鍵もアストラロックだ。剣の装飾のあるそのアストラロックからはダギルの声が聞こえる。この中にはダギルが入っているのだ。アストラロックの付け根のボタンを押した。
【ブレード】
「な!お前もアストラロックだと!?」
アストラロックが内包する記憶を宣言する。それを聞き、グエムと名乗ったボルケーノデモンズが動揺したようだった。しかし、そんなものは無視して俺は、アストラロックを左手の甲の痣に挿し込んだ。
【ブレード、解錠】
【解錠】と共に頭上が光り、そこから俺を囲うように9本の剣が降り地面に刺さる。そして一際大きい大剣が俺の目の前に突き刺さった。それぞれの剣の下から光が溢れ、それはやがて柱となって俺を覆う。そして、アストラロックから現れたダギルが俺を抱き込むように一体化する。
光の柱と9本の剣は消え去り、ダギルを思わせる装飾が施された西洋騎士然とした鎧に身を包んだ俺は、残った大剣を地面から引き抜く。そしてボルケーノデモンズを睨み付けた。
「ぶ、ブレードのアストラロックだと!?」
「···言い残すことはそれだけか」
「何?!」
次の瞬間、俺の体は地を蹴り素早く前方へ飛び出した。手に持つ大剣を豪快に振り抜き、ボルケーノデモンズを斬り裂いた。胸から腹にかけ、深々と斬撃を喰らったボルケーノデモンズが激痛に叫びを上げた。傷口からは血ではなく炎が吹き上げている。
「ぐぁぁ!ハァ···ハァ···!お、お前···!その力はダギルのものだぞ!どうやってお前如きが···!」
『わりぃなグエム、俺が与えたんだ。契約だよ』
「だ、ダギル···!なんの、つもりだ!あの人を裏切るのか!」
ボルケーノデモンズは、息も絶え絶えに俺、いや、俺の中のダギルに怒鳴った。それに対しダギルは、俺の口を借りて怒鳴り返す。
『俺は侵略とか支配とかしたかねぇんだよ!あの野郎の考えにゃ反吐が出そうだ!』
「なんだと!」
『人間と居るのが好きなんだよ!俺は!それなのにあの野郎は口を開けば人間を滅ぼすことばかり!もううんざりだ!』
「黙れ!この裏切者が!」
『裏切者で結構!俺はあの野郎にゃ従わねぇからな!』
「裏切者は生かしておかないぞ!」
ボルケーノデモンズは口から豪炎の渦を吐き出した。それを大剣を振り下ろし二手に切り裂く。豪炎は床のコンクリートを溶かし、奥の機械をまるで氷のように溶かしてしまった。
『おいリュースケ!グエムに暴れさすと工場がドロドロになっちまうぞ!』
「分かってる。さっさと終わらせよう」
大剣を振るい、ボルケーノデモンズの態勢を崩す。そのすきに手の甲のアストラロックを引き抜き、大剣の柄の鍵穴に挿し直した。
【ブレード、必殺、解放】
アストラロックが青く光り、それはやがて大剣全体へと伝播していく。大剣全体が光で満たされると、それは稲妻のような形で大剣から漏れ出ている。それほどの膨大なエネルギーが大剣に充填されているのだ。そして、それをボルケーノデモンズに向けて投げ付けた。ダギルの、悪魔の力で大幅に強化された俺の身体によって放たれた大剣は、凄まじい速度で一直線に飛んでいき、ボルケーノデモンズの胸部に深々と突き刺さった。青いエネルギーがまるで、ボルケーノデモンズの体を侵食するかのように大剣から溢れ広がる。ボルケーノデモンズが呻き、悶えた。
「な、なんだこれは!動けねぇ!」
あの大剣は本命ではない。標的を拘束するための、布石。強大なエネルギーを身体に撃ち込まれると、デモンズは拒否反応で一時的に動けなくなる。
俺の身体は軽やかに地面を蹴り宙へ飛び出した。そして空中で態勢を整え左足を突き出す。
「契厄・解離蹴し!!」
そして、俺の身体は勢いよくボルケーノデモンズの方へ突っ込んだ。突き刺さった大剣を抉り、押し込むように蹴り抜きながら、俺の身体は大剣と共にデモンズを貫通する。大剣は地面に突き刺さり、俺はその隣へ降り立った。
「お···ま···エ···ェ!!」
『僕の···復讐が···!』
ボルケーノデモンズはぎこちない動きで振り返り俺を睨んだが、直後にけたたましい叫びと共に爆発四散した。飛んできたボルケーノアストラロックをキャッチする。燃える業炎の装飾。また1体の悪魔が封じられた。
・・・
。
「結局倉田はなんであんなに言い淀んでたんだ?」
超常犯罪対策課に向かう途中で俺はふと黒井戸に聞いた。
「犯人は今井だったんだから···」
「捨て犬ですってー」
「···は?」
「捨て犬を保護してたらしいんですけど、あの社宅ペット禁止なんですって。だから3人には黙ってこっそりお世話してて、それがバレるのが嫌だったそうですよ」
「そ、そんなことで···」
「まぁ良いじゃないですか。デモンズではなかったんですし」
「それはそうだが···」
そうこう話しているうちに対策課の部屋に到着した。扉を開け俺はソファに座った。
「おまたせしました。やはり今井さんもほとんど何も覚えていないそうです」
黒井戸が鋭武さんに報告する。それを聞いて、俺の向かいのソファでチーズケーキを食べていたダギルが反応する。
「何も···かー」
「断片的にしか覚えていないそうです」
「···そうかー」
ダギルは食べる手を止めソファに仰け反った。アストラロックを使いデモンズに変身するためには人間は悪魔と契約しなければならない。その契約を経て初めて人間は痣と、アストラロックを使う権利を得られる。しかしアストラロックは悪魔の道具だ。使えば使うほど使用者を蝕み、人格を奪う。契約者は次第に記憶も失い、そして悪魔に乗っ取られるのだ。
「最近、記憶をほとんど失ってる契約者が多くないか?」
ダギルの言葉に俺と鋭武さんは頷く。今までの契約者達は、悪魔との契約が切れた時に契約中自分が何をしたのかかなり覚えていた。それが、最近はほぼ何も覚えていない人ばかりだ。
「少しマズイ事態かも知れない」
鋭武さんは俺と黒井戸とダギル、そしてダンボールの山の奥にいるであろう光音さんを順繰りに見る。
「しかし事を急いても今はどうしようもない。着実に、確実に、悪魔たちの足取りを追うんだ」
黒井戸が静かに頷く。
「記憶を多く失っていると言うことはそれだけ悪魔との契約進行のペースが早まっているという事でもある。これからはより迅速にデモンズに対処していきそして···」
鋭武さんは拳を握りしめた。
「元凶たる悪魔、イルキエルを必ず討つ···!」