8 ランド推察
ランド回です。
( イレインと遊んでやっておくれ )
そう言ってランドの前から立ち去ったリヴィエラの目にはどこか面白がるような色があった。
さすがにそれが冗談だということはランドにもすぐに分かった。リヴィエラはきっと、イレインの反応が分かっていて、楽しそうな顔をしたのだろう。
優しく、誠実で、思慮深い里の呪術師は、なかなか食えない一面も併せ持つ。そのことをランドは年を重ねるうちに分かるようになってきた。
( ご愁傷様 )とランドは心の中で唱える。
ことイレインに関してのみ、リヴィエラはこういうちょっとした悪戯を気まぐれに仕掛ける時がある。おそらく愛情の裏返しだと昔から二人を見てきたランドは思う。
それも、学びの時間でイレインが度々つまづくようになり、二人の仲がギクシャクしだしてからは、その回数がぐっと減っていたが。
清廉潔白を具現化したような呪術師の、けして表に現れることのない一面。
それを知った時は、見てはいけないものを見てしまったような気分になったものだ。
だが、それもこれも、ひとえに血のつながりのない娘への愛情がなせること。
リヴィエラはイレインを深く愛している。そしてイレインもまた育ての親であるリヴィエラを強く求めている。
要は二人は互いを想い合っていて、とても仲が良いのだ。
ランドはふわりと表情をなごませる。
イレインは、いまだ動揺から立ち直れず、すっかり落ち着きを失くしていた。
この娘は昔はよく笑っていた。
もっと幼い頃、丸い頬を林檎のように真っ赤に染めて、はち切れんばかりの笑顔でどこまでもランドの後を追いかけてきたものだ。
子どもだったランドは、幼い子どもの相手が物足りなくて、わざと早く走って振り切ろうとした。小さなイレインはすぐに転ぶ。
そのたびに眉を情けなく下げ、今にも泣きだしそうな、ゆがんだ表情をランドに向けてくる。おかげでランドは毎回、引き返す羽目になるのだ。
笑ったり泣いたり怒ったりと、全身で感情を表していた幼いイレインを思い出すと、それほど昔のことでもないのにとても懐かしい気持ちになる。
幼かった面差しは、あどけなさが少しずつ減り、代わりに時折はっとするほど眩く見えるようになった。
細身で小柄ながらも、ほどよく筋肉がついてすっきり引き締まった体躯。
すらりと伸びた脚は若い雌鹿のようにしなやかで、どこまでも走って行ってしまいそうだ。
気づかない間に、ずいぶんと成長した。
子どもから一人の女性へと緩やかに変化しつつある。
本来なら生命力に満ち溢れ、もっと光り輝いていい年頃だ。なのにこの娘はもうずっと、暗い顔をして息をひそめるように生きている。
大きく口を開けて笑わなくなったのは、いつの頃からだろうか。
今、この娘が恥じ入ったり焦ったり驚いたりと素の感情を見せるのは、意表を突かれた時だけ。
だから時々、ランドは無性に、イレインが感情を露わにするところが見たくなり、隙を見てはちょっかいを出してしまう。
「…俺も、リヴィエラ様のことは言えないな…」とランドは小さく笑ってしまった。
そんなランドの独り言を聞いて、不思議そうな眼差しがこちらを見上げる。
色素の薄い瞳、白く透き通った美しい肌。そして里の誰とも違う目鼻立ち。
赤子の時に里の外からやってきた拾い子。きっと違う部族の血が混じっているのだろう。
イレインが自分の容姿を嫌悪しているのを、ランドは知っている。この見た目だから里に馴染めないのだと、ベソをかきながら川の水で顔を洗う彼女を見たこともある。
ランドにはそれが残念でならない。素直に可愛い顔だと思うからだ。
イレインを見ると、ランドはレンゲショウマの花を思い浮かべてしまう。
6月中旬に丸い蕾をつけ、7月――1番暑い季節になると薄紫色の花を、うつむき加減に咲かせるレンゲショウマ。
深山に入った時、少し湿った林床でひっそりと咲いているのを見つけた。
以来、夏に似たような場所に行くと、レンゲショウマがどこかで咲いていないか気にして探してしまうようになった――ランドが一番大好きな花だ。
この小さな花は、暗い森の中でまるで妖精が羽を広げて休めているように見えるところから、”森の妖精”とも呼ばれる。それほどに可憐な姿をしている。
下を向いて咲くので、のぞき込まないと、せっかくの花の形を視界に捉えることが出来ない。そんなところもイレインに似ているように思う。
ともかく。イレインの見た目が原因で、里から孤立しているわけではないことをランドは知っている。
確かに、見た目が違うことを「縁起が悪い」「不吉だ」と忌避する、そういうものの見方をする者もいるだろう。だが全員がそうというわけではない。
いたとしてもごく少数だろう。少なくともこのヘイルの里では。
そもそもイレインは、赤子の時から里の皆の間で育ってきた。家族とまでいかずとも、少なくとも親戚の子どものように可愛がられて過ごしてきたのだ。愛情がないはずがない。
そんな中でイレインも屈託なくのびのび育ち、少し毛色は変わっているものの、それなりに里に馴染んでいた。
ランドの家族とも仲良くしていて、家に泊まりにきたこともあったくらいだ。
そう、変わってしまったのはイレインが7歳の時―――あの時からだ。
なぜかイレインにその記憶がなく、そして誰も告げることもないので、彼女も悪い方に思い込んだままだが。
本当の理由は別にある。
( ―― 贄の娘 ―― )
ランドは心の中で苦々しくその言葉を吐いた。
読んでいただき、ありがとうございます。
リライトに苦労をするページは本当に手ごわいです。
なんとか収拾をつけることができ、更新のご報告ができたこと、嬉しく思います。
次話の更新予定はまた活動報告からお知らせします。
次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。