日録22 機先を制する
お待たせしました。
「無駄話はこのくらいで終いや――取り引きの話をしようやないか」
ソジは楽し気に言った。ランドはポカンと口を開いたまま。くすりと、黒猫が小さく鼻を鳴らす。
「なに、素っ頓狂な顔してんのや。お前にとっちゃ願ったり叶ったりやろうが。むろん俺にとっても悪い話やない。知っとるか? そういうのを“一石二鳥”って言うんやで」
ランドは表情を改めると、無言で頷いた。もちろん一石二鳥という言葉を知っているか? の返答ではない。
ランドの真面目な顔を見ると、ソジは「お前、肩凝らんの?」と言って短く笑う。
声は呆れ口調だが、猫の表情はほぼ動かない。つくづく獣面は、表情が読み取りにくいと、ランドは苦笑を禁じ得ない。
だがそう思ってよくよく思い返すと、チャンジが化けた犬は、やはり表情豊かで人間臭いと言える。
淡い笑みを浮かべるランドに、ソジが不思議そうに小首をかしげる。そのことを話すと、猫の淡い緑の虹彩が糸のように細くなり、ランドにもソジが笑ったのだと分かった。
「アイツは見たまんま化けんのは上手いけど、細かいとこは雑やねん。そやから絶対、隠密には向かん。そんな不自然な犬、一発でバレるやろ」
「ま、座れや」と勧められ、ランドは腰かけに落ち着いた。
「まず、取り引きの前に話を整理する。しっかり話についてこいよ?」
上から目線の物言いは相変わらずだ。たった二日ぶりだというのに、その口ぶりが懐かしくさえある。
思わずランドは笑ってしまった。
「問題ない――続けてくれ」
「言うたな」と黒猫の口から苦い声が洩れる。獣は娘のそばをするりと離れると、トンと軽い音を立てて床に飛び降りた。
その輪郭が不意に、じわりと滲む――かと思うと、あっという間に黒髪の少年の姿を取り戻した。
その姿は、頭巾のついた長い外套に、全身すっぽりと覆い包まれている。さながら呪術師のようだ。
少年は、ちょうどランドと向かい合うように、寝台の端にちょこんと腰を下ろした。こちらに向けられた瞳の色は以前と同じ、深い闇色をしている。
「まず、状況整理からや。オムジは俺をここに来させたない。そやけど力づくは無理。となったら次はこう考える――俺に仕事を与えて、外の世界に出そうってな。俺も主からの命が下ったら逆らえん。オムジは適当な理由をつけて、どこどこの国に俺を向かわせたいと、主に話をつけにいく…おそらく、そういう魂胆や」
言い切る言葉に淀みはない。ランドの瞳をしっかり見据えながら、その先を話し始める。
「俺はその前に、別件で主に話をつけよう思てる。正確に言うとお前が、やけどな」
「……俺、ですか?」
たっぷり時間を置いて、ランドは言った。ソジの得も言われぬ迫力に、ついつい敬語になってしまう。ソジはニヤリと唇の両端を吊り上げると、頷いた。
「そや。お前が、主にこう言うんや。『ソジに師事したい』てな」
「師事…?」
「ああ。お前が俺に師事するってことになったら、おいそれと俺を外に出せんようになるやろ。それにお前に用事があると言えば、屋敷にも出入り自由や。上手くいったら、この部屋の結界も解けるかもしれん――そしたら俺、この部屋に入りたい放題やんか!」
ウキウキとソジは話す。本当に、この少年は知恵が回る。ランドは舌を巻く思いだった。
反応の薄いランドに、ソジが「うん?」と眉を上げる。
「なんや? 『師事する』って言葉の意味、分からんか? ほな『教えを乞う』やったら分かるか?」
「い…いや、言葉は知っている。ソジの考えは分かったが、そう上手くいくだろうか? 俺はただの旅人だぞ」
「ただの旅人やないやろ――“渡り人”や。娘は黒蛇に引っ張られて、お前は娘と結んだ縁に引かされてこっちに来たんや。元の世界から――三千年ほど経った世界にな」
三千年の時を経た世界。
ランドは口の中でつぶやいた。
出会った時、イタチ姿のソジが言った言葉と、今の会話とが頭の中で繋がる。それでようやく合点がいった。
「お前は言わば、生きた古代の遺物や。それだけで価値があるやろ。そやけど、そやなぁ…『師事したい』がアレやったら『異文化交流』とかはどやろか。ま、主はお前に甘いから、むしろ喜んで助けてくれそうやけど?」
こちらを見るソジの黒い瞳が、ひと目でそれと分かるほど、ニヤニヤと弧を描いている。ランドは気まずく、そっと目を伏せた。
「そんな、人の善意につけ込むような真似…」
「娘の為や――四の五の言うとる場合か。つけ込むのが嫌やったら誑し込むっちゅう手もあるで、お前はどっちがええんや」
傲岸不遜に言い放つと、すっくとその場で少年姿が立ち上がる。そうすると目線が心持ち、ランドを見下ろせるくらいの高さになる。ソジは両腕を組むと、ランドをじろりと見た。
「煮え切らんやっちゃな…ほれ――見い」
そこには、ランドに向かって手をかざすソジの姿があった。手のひらに、燦然と何かの模様が浮かび上がっているのがはっきり見えた。
「呆けとる場合やないで。お前、これが知りたいんやろ?」
もっと近くで見たいと腰を浮かした途端、ソジが笑みを深めて、その手を閉じた。
「俺は情報屋や。ただでネタはやれん。あくまで“等価交換”や。こっから先はお前の頑張り次第やで。さあさあさあ、この後、主の巡回にお供すんねやろ」
そこまでお見通しらしい。自分はこの小さな手のひらの上で、とっくに踊らされていたのだと思い知る。
ランドは呆気に取られて声も出ない。ぐうの音も出ないとはこのことである。
「分かったら、はよ行ってこい。善は急げっちゅうヤツや」
木偶の坊のように立ちすくむランドを追い立てるように、ソジがランドの背後から腰の辺りをグイグイと扉の方へと押しやる。
「そんなに押さなくても、自分で歩くよ」
押されるまま、扉へと進んでいると、扉の前に着く直前で、ソジの手がピタリと止まった。
「……?」
勢いを失って、ランドの足も止まる。
「そやそや、言い忘れてたわ。つけ込むのも誑し込むのも嫌なんやったら、可愛くお願いするんやで♡」
「か可愛く…?!」
――そんなの、どうやるんだ?!
ランドの悲痛な叫びは声にならなかった。それを知ってか知らずか、ソジは顔を横に傾けてニコッと可愛く笑いかける。
その姿は、ランドなどよりよっぽど可愛い――面と向かって言えないが。
「お姉ちゃんのことは任せとき。僕がきっちり付き添っとくから」
またフェイバリットに添い寝をするつもりだ。ランドは直感した。子供ぶって、一見、人畜無害かつ健気な体を装っているが、本音は透けて見える。
思わず目を眇めるも、ソジはどこ吹く風とばかりに、口元に笑みを張りつけたまま、その手を差し上げた。
「無料奉仕や。主のとこに送ったる」
「は? ――いや、ちょっと、待…」
ランドが言い終える前に、ソジの瞳がすうっと細くなる。
「吉報、待っとるからな――“転移”」
読んでいただき、ありがとうございます。
私事ですが、今週末に再び引越しですm(__)m
リフォーム工事が終わり、戻ります。
引越し作業の為、
2週間ほどお休みさせていただきます。
予定より早くに執筆に取り掛かれた場合は
活動報告より更新報告をします。
読んでくださる方には大変申し訳ありませんが、
またご訪問いただけますと幸いです。
次回更新も頑張りますので、
どうぞよろしくお願いします。




