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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
歓びの里 [ランド、七日間の記録]編
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日録19 行きはよいよい帰りは怖い

「“冷却(ランチュェ)”」


 ヤクジのひと言で、部屋の中が急速に冷やされた。シュウシュウと音を立て、熱い空気が雲となり、開け放たれた窓の外へと吐き出されていく。


 その足もとには、黒革でグルグル巻きにされたソジの姿。なんとも言えない気持ちでランドがそれを見下ろすと、バチッと目と目が合った。


 その目がランドをなじって鋭く睨み上げる。


「お客様に怒りをぶつけるのはお門違いってものですよ」

「…っ。お仕置きすんなら、さっさとすればええやろ…っ! 煮るなり焼くなり、好きにせいっ。ははっ、こんな子供(ガキ)相手にいい大人が呆れたもんやわ」

「ふふっ。都合が悪くなると子供になるんですね?」


 すでにいつもの穏やかさを取り戻したヤクジは、子供の(ののし)りをあっさりと受け流す。


「お仕置きは、他の兄弟に任せることにしました。ちょうど彼も、急にいなくなったあなたを探し回り、かなり腹に据えかねていたようなので。…あなた、断りなくこちらに来ましたね?」

「………え?」


 さあっとソジの顔がみるみるうちに青ざめる。


「じきにお迎えがきます。良かったですね」


 ヤクジの顔は、とてもいい笑顔だ。対してソジの顔色は今や紙のように白い。


「…まさか」

「そのまさか――“親指(オムジ)”です」

「ウソや…嫌や…」

「あなたの気配をたどれず、オムジ兄さんはかなり心配したみたいです。いけない子ですね。家族に心配をかけてはいけませんよ?」


 ソジは言葉もなく、ふるふると頭を振り続ける。そんなソジにこの上もなく晴れやかな笑顔を向け続けるヤクジを、ランドは(鬼だ)と思った。


「しっかり絞られてきなさい」


 ヤクジが少年の顔をのぞき込んで、言った。ソジはしばらく言葉を失っていたが、はっと我に返ると慌ててまくし立てる。


「――嫌や! せ、せめて人選やり直して! そや。チュンジ! チュン兄は子供に甘々やからチュン兄にして! いやチャンジでもええ。アイツもツメが甘いさかい――最悪、ヤク兄でも我慢したるから――」


 ソジの悲痛なまでの雄たけびが部屋中に響き渡った時、カチャリと扉が開く音がした。


 その場にいる全員の視線が扉に集中する。やがて開かれた扉から現れたのは、一人の男性。


 背丈はチュンジと同じくらい。全身、しなやかな筋肉に包まれた体躯は、しっかりと絞り込まれて無駄な肉は一切ない。


 チュンジはどちらかと言うと、がっしり逞しい体つきだが、こちらは全体的にすらりとして見える――だがその覇気は段違いだ。


 ただ静かに佇んでいるだけなのに、放たれる圧はビリビリと肌に痛いほど。


 長い翠玉色の髪は、顔の両側だけを三つ編みにして、後ろで一つにまとめている。


 それ以外はそのまま結いもせず、垂らしたまま。エンジュの儚げな美しさに、男らしさを加えた端正な美貌は、美しいばかりではなく精悍さを備えていた。


 だがひときわランドの目を引いたのは、左の眉毛の付け根から、右頬の下まで斜めに大きく走ったその傷痕だ。


 ヤクジの話ではたいそうご立腹と聞いて、炎のような人物を思い描いていたが、“親指(オムジ)”と呼ばれる男は、存外静かな人柄だった。


 皆の視線に黙って頭を下げた後、これまた無言でゆっくりと室内に視線をめぐらせる。後ろ暗いところなど何一つないのだが、鋭い視線ににわかに場に緊張が走る。


「――だから行くなって言ったのに!」


 人目を(はばか)らず、場違いな甲高い声が、突如として皆の鼓膜を叩いた。


 音の出処に目をやると、男の肩の上にちょこんと一匹のトカゲが乗っている。


 大きさは尻尾の長さまで入れれば六寸と少し(約二十センチ)。しなやかな体は暗褐色、黒々としたまん丸の瞳が愛らしい。


「……。ええやん――俺の勝手やろ…っ」


 床に転がったソジが不貞腐れて、舌打ち混じりに吐き捨てる。


「ちっとも良くないよ…! おかげで君を探し出す為に、僕までこんなところまで引っ張りだされて」

「およしなさい――“小指(ソジ)”。お客様の前ですよ」


 小指(ソジ)と諭されて、トカゲは忌々しげに鼻を鳴らし、それでも言われた通りに口を閉ざす。


 ランドはまじまじと肩の上におさまるトカゲを見た。もう一人の()()。おそらくこの姿は変幻だろう。


 だが中身はきっと、ソジによく似た少年に違いない。彼も黒髪の少年なのだろうか。


「迎えに来た」


 男が発した声は、見た目を裏切らない、静かなそれでいてよく響く、耳触りの良い声だった。


「ここには来てはならないと言ったはずだ。なぜ言いつけに背いた?」


 けして怒りをあらわにした声ではない。それでも息苦しいほどの圧迫感に、さしものソジも気まずげに目を逸らす。


「――逆になんで俺がここに来たらあかんのや。納得いかんことには従えん。アカンゆうて黙って言うこと聞くのは三歳までやで――答えはこの目で確認して自分で出せる。それの何が悪いんや」

「……。……。うちの隠密は、本当によく口が回る」

「は! 頭も回るで!」

「…しょうもないことしか考えてないクセに…」


 最後の言葉は、男の肩の上のトカゲのものである。辛辣極まりない言葉に、「なんやと?!」と精一杯、首を持ち上げてソジが息巻いた。


「縛られてて僕をどうしようってのさ。脅しにもなんないよ。ちょっとは冷静に考えてみたら? ホント、馬鹿」


 冷たくあしらわれて、ソジが喉をンググッと鳴らした――もう一人のソジも、やはり口達者なところは同じらしい。


 すっかり蚊帳の外に置かれたランドは、兄弟たちの邪魔にならないようじっと場を見守るにとどめる。そもそも、兄弟喧嘩に口を挟むほど、厄介なことはない。


「戻ったら説明する」

「それやったら最初から説明しとかんかいっ!」


 この期に及んでもソジは強気だ。ランドはひそかにソジの怖いもの知らずな性格に感心する。


 そんな罵倒のような言い草にも、男の顔色は変わらない。それどころか眉一つ動かさなかった。


 ソジの傍らにそっと腰を下ろすと、それほど軽くもないだろう子供の体を、軽々と肩の上に担ぎ上げる。


 すっくと立ち上がると、男――オムジは、ヤクジとランドを振り返った。淡い緑の瞳が初めてランドを見た。


「騒がせて済まなかった。今後は同じことがないように、しっかり言い聞かせておくので、許して欲しい」

「お務めのところ、呼び出してすみません、オムジ兄さん。ソジをしっかり(しつ)けてやってくださいね」


 ヤクジが朗らかに言えば、ぎょっとソジが肩の上で声を張り上げる。


「――、ヤク兄は、いらんこと言わんでええねん…っ!」


 途端にソジが慌てふためき、子供らしいまだまだか細い足をバタつかせる。


 仕草も、子供らしい足や小さなお尻も、この上なく愛らしく微笑ましい。


 目の前の光景に思わず、ランドは目を細くする。ふと視線をずらすと、オムジもまた目元をわずかに緩ませるのが見えた。


「さて、お(いとま)しよう。帰ったら――お仕置きだからな」


 肩に担いだソジにオムジがそっと声をかければ、ビクウッと傍目にも分かるほど、ソジの体が震え上がる。


 「…いい気味」とトカゲの口から小さな呟きが落ちた。


「い…いやや。いややああああああ――――っつ!!!」


 その声はもはや悲鳴に近い。


 ソジを抱えた男が扉の向こうに消えるも、子供の悲痛な叫び声は、ゆっくり遠ざかりながらも消えることなく、いつまでもいつまでも辺りにこだました。

読んでいただき、ありがとうございます。

歓びの里編に登場する人物、ほぼ全員出そろいました。


次話は3日後、更新予定です。

次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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