表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
歓びの里 [ランド、七日間の記録]編
81/132

日録15 イタチの素顔と治癒師の裏の顔

「えろう…すんませんでした…」


 しょぼんと(こうべ)を垂れたイタチが一匹。ランドの前に引っ立てられて、神妙にかしこまっている。


 小さな体がさらに小さく見え、痛い思いをしたとは言え、さすがにランドも気の毒になってきた。


「あの…どうかそのくらいで」


 獣の前で仁王立ちになり、厳しい面持ちで見下ろす男に、そっと声をかける。


 ヤクジはちらりとランドを見ると、やれやれというように小さく吐息する。


 そして「なんと人の()い」と聞こえぬぐらいの呟きをこぼすと、目鑑(めがね)を指で押し上げた。


「本当なら、小一時間ほど絞りあげたいところなのですが――ソジ…他ならぬお客様のお許しが出ましたよ」


 イタチ――ソジがその言葉にぱっと顔を上げた。先ほどまでの憂いは一瞬にして消え失せ、顔面に喜色が戻る。


「ほ、ほな――」

「謝罪は済みました。次はご挨拶しましょうね」


 ヤクジがにっこりと口もとに笑みを浮かべる。ぶ厚い目鑑が全てを台なしにしているが、すっきりと通った鼻梁に形のいい唇といい、一つひとつの造形は他の兄弟同様、見目麗しい。


「挨拶て…」

「ちゃんと――()の姿でね」

「―――え?」


 ひくりとイタチの口もとが強張る。その鼻面めがけて、ヤクジが握り込んだ拳を突き出した。


 何をするつもりなのか悟ったソジが、慌てふためいて逃走を目論むも――ヤクジの口から術が放たれるのが一瞬早かった。


「“解く(ジェ)”」


 (しゅ)を受けた途端、イタチの姿がまるで熱い湯を浴びたかのように激しく反応する。


「やめてぇ…っ――兄ちゃん…っ!」


 ぐるぐると苦しげに獣がのたうちまわる。獣の輪郭がぼやけたかと思うと、人と獣の姿が交互に現れ始めた。


 おそらく、強制的に変化(へんげ)を解かれているのだろう。


「お、俺の姿は、秘中の秘密。誰にも、明かすわけに…いかんねやっ…」

「もちろん。この兄がそんなことを知らぬはずがないでしょう。()()は剥ぎ取らないので安心なさい」




 ほどなく獣の姿が、人の形になった。

 ランドの目の前には、七歳くらいの男の子が、行儀よく足を揃えて、ちんまりと座っている。


 こちらを見上げる、負けん気の強い瞳は黒。跳ねた髪も黒。――他の兄弟たちと色が違うのは、先ほどの会話を(かえり)みても、きっと仮の姿なのだろう。


「ゆ、ゆっとくけど、こんな成りしとっても、俺は子供とちゃうで。俺のこと、子供や思てナメたら痛い目みるからな」


 子供らしい高い声を低めて、ソジが精一杯のドスを利かせようとする。だがいかんせん、見た目の可愛さが(まさ)っている。


 ついつい口もとが緩みそうになるのを、ランドは咳払いでなんとか誤魔化した。


 同じような場面でうっかり笑ってしまい、泣くは怒るはの大事(おおごと)になった。フェイバリットで何度も経験済みだ。


「ソジ――そうじゃないでしょう?」


 ヤクジの低い声に、ソジがはっとした顔になる。いかにも渋々といった感じで、ソジが言葉を絞り出した。


「…俺の名前はソジ。よろしゅう頼んます」


 そんなソジに呆れたような溜め息を吐きながら、ヤクジが言い添えた。


「こちらは末の弟、“小指(ソジ)”。ご覧の通りのヤンチャ者ですが、これでも里で一番の変幻の使い手なのです」

「――そやで。チャン兄もなかなかのもんやけど、俺には敵わへんねん」


 ヤクジの賛辞に気を良くして、今しがたの仏頂面はどこへやら、子供は鼻高々でふんぞり返る。


「お客様と会わないだろうと申し上げましたが、こちらの小指(ソジ)は、とにかく色々なところに首を突っ込みたがるのが玉に(きず)でして…」

「それが俺の仕事やからな! 俺に入り込めんとこなんて、この世にないねん。どんだけ警備を厳重にしても、俺にしてみたら赤子の手をひねるようなもんや」


 よく口の回る獣は、人の姿になってもお喋りなところは変わらなかった。


 こんな子供が間諜など、にわかには信じられないが、それよりも間諜にしてはお喋りが過ぎるようにランドは思う。


 自らの生業(なりわい)を隠しもせず語り続けるソジに、さすがにヤクジの表情が苦笑を通り越して苦々しいものになる。


 はぁっと大きく吐息すると、ついに「ソジ」と待ったをかけた。


「それ以上はいけませんよ――お客様の口を封じさせるつもりですか?」


 とんでもない科白に、ランドがぎょっとヤクジを見る。ソジはしばらくポカンとしていたが、はっとランドを振り仰いだ。


「――さてはコイツ! 俺を気持ちよう喋らせて、情報を盗もうとする不埒な(やから)なんか?!」

「――そんなわけないでしょう。イタチ並のことしか喋れないようなら、もうイタチとして生きていきますか?」


 「なんなら手伝いますよ」と朗らかに言うと、嘘か(まこと)か、ヤクジがすっと片手を差し上げる。


 それを見て、ソジが引きつった笑顔を浮かべた。


「い…ややなあ~。ヤク兄ちゃんったら、冗談キツイわ〜…」


 と言いつつ、若干、子供の腰が引けている。生意気を言うものの、屈折したところがなく感情がわかりやすいのは、元々の性格が素直なのだろう。


「――隠密としてこのお喋りは、致命的なのですが…これでもソジの腕は確かです」


 その言葉に乗っかろうと、ソジが頬を紅潮させて再び口を開きかけるも。ヤクジの冷えた一瞥に、慌てて口を噤む。


「もう片方の小指(ソジ)は、これとは全く正反対の性格で、用向きがなければいっかな外に出ようとせず、必要がなければ誰とも喋りません。これまた扱いが難しい。ですがどちらの小指(ソジ)も、こと潜入においては一流の腕の持ち主です」


 初対面の自分が、ここまで聞いていいものだろうか。そう思いながらも、ランドは黙って頷くばかりだ。


「どうかこのことはご内密にお願いしますね」


 先手を打って、ヤクジがにっこりと笑う。どうやら、下手に隠すよりも、抱き込んだ方が早いと判断したらしい。


 治癒師だと本人は名乗っていたが、先ほどまで穏やかに見えていた優しげな面差しが、急に老獪な策士のそれに見えてきた。


 どちらが真の姿なのかは、わからない。

 ただ一つ言えることは、ランドに出来ることは頷くこと――その一択だけということだ。


 治癒師が放つ圧に耐え切れず、ランドは無言でこっくりと頷いた。気がつけば手の平に、じっとりと汗をかいている。


 視界の隅で、ソジがこちらをじっと見ているのに気づき、ランドはちらりとそちらを盗み見る。


 そこには、黒目がちな目をきらきらと輝かせるソジの顔があった。目が合うと、さも嬉しそうにニンマリと笑って、ひそりと耳打ちする。


「どや。ヤク兄はめちゃめちゃ怖いねんど〜。――ええ気味やな」


 そう言うと、キキキっと白い歯を見せて笑う。見た目相応の子供っぽい仕草に、ランドは怒りどころか微笑ましく感じて、目を細めた。


「――ソジ」

「ん?」


 不意に声をかけられて、なんの警戒もなくソジはヤクジを見る。


「自分はもう終わったみたいな顔をしていますが、大間違いですよ?」

「――んえ? な、なんで?」

「聞きたいことがあります」


 ヤクジが静かに告げると、みるみるうちに、黒髪の少年から顔色が失せていく。ランドはそっと目を伏せて、彼に心からの同情を寄せた。


「あなた、お嬢さんの部屋に無断で忍び込んだばかりか、妙なことを口走ってましたね?」

「な、なんのことやろ…? 俺、最近ちょっと物忘れがひどいから――…」

「“悪女”でしたっけ?」


 皆まで言わせなかった。


「彼女が“稀代の悪女”だとは――初耳でした。他にも、いくつか興味深い言葉を聞いたように思います」

「き、気のせいちゃう、かなぁ…?」


 厚い玻璃(ガラス)に遮られ、見えないはずの瞳が、すうっと細くなるのが、ランドにも見えた気がした。恐怖におののくソジは、もはや声も出ない。


「さて――ソジ。しっかり話を聞かせて(吐いて)もらいましょうか」

読んでいただき、ありがとうございます。


大変、申し訳ありませんが、

数話を準備できた時は、後書きにて

3日後の更新予告をお知らせします。


今回は、来週水曜に更新予定です。

次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ