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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
歓びの里 [ランド、七日間の記録]編
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日録14  恋敵、現る

申し訳ありませんm(__)m

大変、お待たせしました。

 ――稲妻(イメル)が来る


 その時ちょうど、ランドの発動の呪が完結した。後は術名を唱えるだけ。その段になって、ランドは瞬きほどの間、迷った。


 守るべきか――それとも仕掛けるべきか。


 発動はおそらくほぼ同時になる。稲妻(イメル)を防ぎきれないかもしれない。それなら、その前に相手に一矢でも与えようか、それとも――。


 一秒にも満たないくらいの迷い――だがそのせいで呼吸ひとつ分、詠唱が遅れた。目の前の獣を包んでいた溢れんばかりの光が、勢いよく弾けた。


 視界を真っ白な閃光が射抜く。眩しいからか雷撃に備えてか、知らず知らずのうちにランドの片手がかばうように、顔の前にあがった。


 激しい衝撃を想定して、ぎゅっと目を瞑った時。


「“(ドゥン)”――!」


 聞き慣れない術名。だが朗々と放たれた言葉には力がある。瞬間、ランドの前方に現れた、見えない壁に阻まれ、ばちぃっと音を立てて雷撃が弾かれた。

 

 一瞬、目も(くら)むほどの光に室内が包まれる。かと思うと、ゆっくりと元の明るさを取り戻していく。


 ちかちかと視界が点滅する中、ランドのすぐ傍らには、手をかざしたまま静かに立つ人影があった。ヤクジだ。

 

 ランドをちらりと見ると、すまなさそうに眉を下げ、苦々しく笑う。


「なかなか“呪縛”が解けず、遅くなってしまい申し訳ありません。…見たところ大きな怪我はないようですね」


 ランドの全身を、治癒師としての目が素早く検分する。確認を終えると、ヤクジは前を向いた。


 ランドからはその横顔しか見えない。思ったより先ほど受けた衝撃が大きく、立ち上がれなかった。

 

「こんなところにネズミが入り込むとは…」


 呆れたようなヤクジの声に、いち早く獣が反応する。


「ネズミちゃう。イタチや! 見てわかるやろ?!」

「わかりますよ…。僕が言いたいのは、何をネズミのようにこそこそと、という意味です。――これ以上、勝手な振る舞いは許しませんよ」


 先ほどまでの優しげな声音とは一転、声に冷えたものが混じる。そこにヤクジの苛立ちを、ランドは感じ取った。


 だがイタチはそれには気づかず、意気揚々とまくしたてる。


「へっ、許さん()うたかて、俺をどうするっちゅうねん。攻撃系の術、持ってへんやろ」

「ええ――持っておりません。ですが、防御の術で僕の右に出る者もいない」

「防戦一方で、どうやって相手に勝つつもりなん? 俺は結構、手練れやし、素早さはピカイチやでぇ。姿変えんのも上手いしなぁ」

「ですが、あなたのご自慢の攻撃も僕には届きませんよ? 攻撃が出来なかったら、それこそ無意味じゃありませんか?」


 まさにイタチごっこですね?と、ヤクジが笑う。痛いところを突かれて、うっと獣が言葉に詰まる。


「そうそう。先ほどは油断しましたが、もう呪縛もかかりませんよ。万が一かけられたとしてもすぐに解呪します。治癒師の専門ですからね…そして攻撃せずとも」


 そう言いながら、ヤクジは前に突き出した手をぐっと握り込む。それを見た瞬間、イタチの短い毛がぶわりと逆立つのが見えた。


「“包囲(バオトン)”」


 そのひと言で、黄金(こがね)色の獣の周りに一瞬、空気の壁がその姿を現したのが分かった。


「んな…っつ!!」

「“狭め(シァ)る”」


 さらに壁の内側が縮まって、中に捕らえられた獣がぎゅうと圧迫される。


「ひででで――…っ!」

「…捕まえることなら出来ますよ。後は煮て食おうが焼いて食おうがこちらの思うまま。さあ――観念なさい」


 (まただ)ランドは二人の闘いを目の当たりにしながら、ポツリと思う。術の発動が異様に早いのだ


(こちらでは、発動の呪もなく術をかけられるものなのか…?)


 なんと言っても、ここはランドの住んでいた場所と、そもそも世界が違うのだから。


「い――や――や――…っ!!」


 獣が轟と吼えた。ヤクジの作り出した見えない壁が大きくたわむ。身動きがとれるだけのわずかな隙間を得ると、カッと獣が腕を振り上げた。すかさずヤクジも反応する。


「“閉口(ビーコウ)”」

「“硬化(インファ)”」


 術は同時。ヤクジは獣の口を塞ぎたかったようだが、間に合わなかった。その前に獣の振り上げた前足が甲高い音を立てながら見る見るうちに硬くなり、まるで大きな利鎌(とがま)のように変化していく。


 大鎌の前足を持つイタチ。その姿は、里で大人たちから聞かされた“鎌鼬(かまいたち)”という魑魅(ちみ)そのものだ。


 獣は振り上げたその鋭い鎌を、そのまま目の前の壁に叩きつける。自ら、防御の技量の高さを誇るだけあって、ヤクジの施した壁はちょっとやそっとでは壊れなさそうだ。


 だがわずかな隙間があれば、すぐにこの魑魅は抜け出してしまうに違いない。ランドは三度目の正直とばかりに呪を紡ぐ。これまでで一番、早く滑らかな詠唱だった。


iteki(イテキ) moymoyke(モイモイケ) ――!(決して動くな)」


 凛と声が(とどろ)く。ランドの呪に獣がぎょっと目を瞠る。


 何かを口走ろうともがくも、ランドの放った術に絡め取られて、その細長い体がドサリと床の上に落ちた。ここにきてようやくランドの一撃が相手に入った。


「“解除(ジェチュ)”――“解除(ジェチュ)”! くっそおおお――なんで効かへんねん?!」


 かろうじて、そのよく回る口は動くものの、それ以外は一切封じられ、獣は一指たりとも動けない。


「愚かですね。くしくもあなたが言った通り、彼が三千年前の世界で闘っていた者だから、ですよ。古き神の加護を受け、さらに上位古代語(ハイエンシェント)で術をかける彼に、純粋な力比べで(かな)うはずもないでしょう――“小指(ソジ)”」


 はあっとヤクジがあからさまに溜め息を落とす。


 『小指(ソジ)』。

 それが末の弟の名前だと、ヤクジから聞いたのはつい先ほどだ。このイタチが弟だとしたら、これは仮の姿――つまり変幻ということになる。


「お・俺、なんも(わる)ないで。これでもちゃんと手加減したしぃ。大体、闘い方がちーともなってへんのが悪いんやん…宝の持ち腐れもええとこやで」


 先ほどまでの威勢はどこに行ったのやら、声はどんどん尻すぼみになる。


 獣の表情は人と違って、顔面から感情を読み取りにくい。だが、せわしなくピクピク動く耳に、垂れ下がった尾といい、獣だからこそ、端々からオドオドと落ち着かない様子が如実に伝わってくる。


「そんなご託はいりませんよ――まずはきちんと謝りなさい。話はそれからです」

「…。…。俺にはなんも話すことあらへんけど」

「あなたになくとも、こちらには聞きたいことがありますよ?」


 優しげな声なのに、なぜか背筋に怖気(おぞけ)が走る。これと似た感じをどこかで見たなとランドはぼんやりと記憶をたどる。チャンジだ。


 一見、似てなさそうな二人なのに、しっかり彼らが兄弟だと改めて思い知らされる。


「…っ、脅したかて、あかんねんからな…! ヤク兄」

「それでは回答になっていませんよ。いきなり攻撃を仕掛けるなど、礼儀知らずも(はなは)だしい。そのくらいのことも分からないのでしょうか。我が末の弟は」


 声に険を帯びる。そろそろ隠し切れなくなってきた兄の怒気に、ソジはそろりと視線を泳がせた。


「まあ、それは腕試しっちゅうか…男の挨拶っちうか」

「挨拶? あなたの振る舞いは悪意を感じるほど、明らかにやり過ぎです。きちんと彼に詫びて、その上で正当な理由があるのなら、申し開きを聞きましょう」

「…。…。…へん」


 横たわった獣からボソリと呟きが聞こえた。ヤクジもそしてランドも聞き取れないほどの小さな声だ。


「ソジ、聞こえませんよ?」 

「俺――謝らへん」

「…これ以上はお仕置き確定ですが、覚悟は出来ているのでしょうね?」


 『お仕置き』という言葉に、ピクリと反応するも、ソジはふるふると首を振って頑なに拒む。


「ソジ――」

「ムカついたからやっ」


 言うなり憤怒の形相で、イタチがきっとランドを振り返る。


「あんな――めっちゃ可愛い()と、二人旅なんて羨ましすぎるやろおおお…っ!!」


 魂からの怒号が、部屋にこだました。

読んでいただき、ありがとうございます。


次話は、来週水曜に更新予定です。

次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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