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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
1章はじまりの場所[ヘイルの里]編
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7 見られた

 リヴィエラに促され、部屋に戻ったイレインはしぶしぶ寝台に潜り込む。“見守り”とは名ばかりの――笑顔の圧を与えられ、それ以外許されなかったのだ。

 

 どうせ眠れないと思いきや、寝床に入ると睡魔は早く訪れた。

 前夜、ほとんど眠れていないから…と言えばそれも大きいのだが、一番はリヴィエラの背中トントンのせい…おかげだろう。


 小さい子供みたいだからめて欲しいとイレインはお願いしたが、リヴィエラはめてくれなかった。ある意味、これが昨日のお仕置きだったのかもしれないと、頬を赤く染めながらイレインは思い至る。


 思い出すと恥ずかしくていたたまれない気持ちになるが、それよりも嬉しさが先に立つ。心が温かいもので満たされるのを感じて、自然と口元がほころぶのが分かった。


 目覚めると昼近かった。居間には、当然ながらすでにリヴィエラの姿はない。用事があると言っていたので、街に出かけたのだろう。

 

 イレインは上機嫌で体をほぐした。心身ともにすっきりと軽やか。ついでに鼻唄なんかも口ずさんでしまう。

 家には一人きり――だから完全に気が緩んでいた。


「よく眠れたか?」


 だしぬけに声をかけられて、ぎょっと声の方向に目を走らせると、置き物のように囲炉裏端に着座するのはランド。

 すっかり気を抜いていたので、表面だけ取り繕うことも出来ず、どっと毛穴から嫌な汗が噴き出した。


(い、いつからいた?!)

(というか見られた??)

(どこまで見た???)


 膝を突き合わせて問いただしたい衝動を、ありったけの平常心を総動員してなんとか抑え込む。

 どんなに遠回しに探りを入れてもかえってボロが出そうだ。イレインは口元を引き締めながら頷いた。


「エエト…ネムレマシタ」

 少しカタコトになってしまったのはご愛嬌だ。さりげなく口元を手で隠すようにして、笑いをこらえるランドの姿が目の端に映る。とても…気まずい。


「………。ランドはどうしてここに?」

「リヴィエラ様から頼まれたんだ」

「そ、そうなんだ。今、忙しいでしょ?」


 六月は魚の焼干しを作る月(イマチョク)

 川の水温が上がってくるこの時期、魚が活発に動きだすのでヤマメやイワナがよく採れる。この月は男衆が釣り上げた魚を、女子供が魚の焼干しに精を出すことからこの呼び名がついた。


 その作業に追われて、里の皆は忙しくしているはずだ。


「悪いね…もう大丈夫だよ。皆にも後で謝りに…」

 申し訳なくて、目線を上げられない。

「良かった」

「え?」

「無事に戻ってきてくれて良かった」

 ランドはまなじりを下げて笑う。心からの笑顔に胸がジンと熱くなった。

 

 ランドは昔からこうだ。二つしか違わないのに、いつまでたっても里に馴染めない拾い子を気にかけて、何くれとなくお世話を焼いてくれる。

 素知らぬ振りをしてそんなランドに甘えて、ずっと面倒をかけてしまった。だからいつまでたってもイレインを幼い子供のように見てしまうのだろう。


 いつものメソメソが顔をのぞかせてしんみりとしていると「それに」と楽しげな声が続いた。

 声にひかれて目線を上げると、そこにさも愉快そうなランドの眼差しがあった。

「ジョウビタキよりも珍しいイレインのご機嫌な顔を拝めたし、ここに来て良かったな」

 うんうんと頷き、「いいモノ見れた」「さえずりも良かった」と一人(えつ)る。


 ジョウビタキはこの辺りでは珍しい野鳥だ。冬に渡ってくる冬鳥で、雄は胸から腹部にかけて鮮やかなオレンジ色の羽毛に覆われ、クリクリした目が可愛い顔をしている。

 ”幸運を運ぶ鳥”とも言われ、その姿を見た者は良い新年を迎えられるという縁起鳥でもあった。


「な………っ!」


 ―― 見 ラ レ テ タ ! シ カ モ、鼻 唄 マ デ……!――


 全身の血液がいっきに顔に集中するのを感じた。おそらく耳たぶまで真っ赤になっているに違いない。体中、かあっと燃えるような恥ずかしさに襲われる。


「………!お茶、淹れる!」

 イレインにはもはや逃げの一手しか残されていなかった。

 

 少し時間を置いて、ざると茶器を小脇に抱え、片手に鉄瓶をげたイレインが居間に戻ってきた。ざるには葉の先までピンと張りのある瑞々(みずみず)しい紫蘇しその葉が盛ってある。どうやら紫蘇茶(しそちゃ)を淹れるようだ。


 ランドには目もくれず、水の入った鉄瓶を灰の中から突き出した五徳に乗せる。

 蓋を開けた鉄瓶に目線を落とすイレインをちらりと見れば、頬の赤みはだいぶ取れたようだ――顔でも洗ったのかもしれない。


 イレインは、無言で沸騰した湯の中に紫蘇の葉をぽいっと入れる。岩塩を少し加えて、後はそのまま放置だ。沈黙の時間は長かったが、ランドはこの静かな時間を少しも気づまりに感じなかった。元来、この娘はおしゃべりな性質たちではない。


 出来上がった紫蘇茶はさっぱりと清涼感があり、癖が少なくて飲みやすい。紫蘇が持つ独特な香りがすっきりと鼻に抜けていく。旬の紫蘇の葉を生のまま煮出したものは、特に風味が格別だった。

 二人はゆっくりお茶を味わう。温かいお茶に心がほぐれてきたのか、イレインの表情がほっと緩んだ。


「いつから…ここで待ってた?」

 遠慮がちに口を開く。

「ああ…朝から父さんたちが20匹ほどニジマスを釣ってきて、そのワタ取りを終えてから来たから、そんなに早くはないよ」

 すでにひと仕事終えていたようだ。昼まで眠りこけていた身としては耳が痛い。


 思わず首をすくめる仕草をしたイレインに、ランドは笑い飛ばすように言った。

「気にするな」

「その…今からでもやれることがあるなら…お手伝いしたいんだけど」

 おずおずと申し出る。本当は、皆の前に顔を出すのはまだ勇気が出ない――だから…。

「その…ついてきてくれる?」

 これが今のイレインの精いっぱいだ。


「そうか…」

 そんなイレインにランドが目を細くする。

「でも、困ったな」

「え?」

「言ったろう?リヴィエラ様に頼まれたって」


 いつものように様子を見に行って欲しいとかじゃないの?とイレインがいぶかしげに眉をひそめると。

「起きたら遊んでやってくれって頼まれたんだよな」

(リヴィエラ様 ――――――――――――?!)

読んでいただき、ありがとうございます。


思いがけなくほっこり回になりました。

次話の更新予定はまた活動報告からお知らせします。


次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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