日録8 パンツを剥ぐのは誰だ (後)
その後、洗面器と着替えを姉妹から取り上げて、男たちは娘たちを早々に部屋から追い出しにかかった。
双子の姉妹は最後まで「ほどほどにしますから~」と言って粘ったものの、チャンジは頑としてそれを許さなかった。
二人の姉妹が泣く泣く扉から出て行き、男三人だけになった途端、部屋の中が急にシンと静まり返る。
「今日のところはむさ苦しい男の手で誠に心苦しいのですが、朝のお支度を手伝わせていただきます」
二人の護衛は、ランドに改めて向き直ると丁寧に頭を下げた。
なんなら男の手も要らない…のだが、ランドは一応、客人として扱われている。無下に断るわけにもいかなかった。
言われるままに洗面器の水を使って顔を洗う。チュンジが顔を拭く手拭いを渡そうとした――のだがなぜかそこにあったはずのものがない。
「すまない。少し待ってくれ――いやお待ちください」
大きな男は慌てて、手拭いを求めて部屋の中をうろつき始める。その間、仕方がないのでランドは濡れた顔を持て余しながら、その場で手拭いを待った。
濡れた前髪を掻き上げると、目の前が急に開けて明るくなる。しかしすぐに掻き上げた前髪がバラバラと落ちてきて、目元をすっぽりと隠してしまう。
旅の間にずいぶん伸びたものだ。
伸びた前髪を気にしていると、自分に注がれる強い視線にふと気づいた。
視線をたどれば、チャンジが腕を組んで、探るようにじっとこちらを見ている。
ランドと目が合うやそれを合図とばかりに、するりと腕をほどく。男は笑顔を浮かべて手拭いを差し出してきた。
礼を言って手ぬぐいを受け取り顔を拭く。その間もチャンジの視線が、突き刺さるようにひしひしと感じられる。何か含むところがあると思うのは、きっと間違いではない。
しかも獲物を狙う肉食獣のような圧が少し――いやかなり息苦しい。そう思っていると男がそっと「ランド様」と呼びかけた。
「…俺に敬称などつけないでもらえるとありがたい」
「であれば客人とお呼びしましょうか。ところで改めて謝罪をしたいのですが」
「謝罪?」
「はい。愚妹が大変、失礼をしました。どうかお許しを」
男が胸のあたりに手を当ててぺこりと頭を下げる。
「いや…許すも何も。転がり込んでおいて、こちらは過分なもてなしを受ける身だ。親切が過ぎたとは言え、彼女たちにけして悪気はなかった。こちらこそ、妹君に可哀そうなことをしてしまった。あなたに謝ってもらう必要もない」
半べそをかきながら去る後ろ姿を思い浮かべると胸がツキリと痛む。
「なに身内の恥は、家族が尻拭いするもの。そこはどうぞお気になさらず――ただ」
おかしなところで言葉を止めるチャンジを、ランドは不思議そうに見る。先を促して小首を傾げると、男がその先を続けた。
「失礼を承知の上で申し上げれば――相手はたかが女二人。客人がはねのけて下さったら、俺たちがしゃしゃり出ることもなかったでしょうに…とは思いますがね」
「――、!!」
伸びた前髪の隙間からランドは、その淡い緑の瞳を凝視する。
初対面の相手に不躾な視線を向けるのは礼に欠いた行為だが、仕掛けてきたのは相手が先だ。目が合うと、男がニヤリと不敵に笑う。
「…いいねぇ~その向こうっ気の強さ」
「おいチャンジ? 俺ばっかり働かせといて、お前なにくっちゃべってんだ? 朝の支度を済ませて早く食事に連れてかねえと、だいぶ遅れてんだぞ」
先ほど使い終わった洗面器をどうしたものかと、チュンジがあちこちに水をこぼしながら右往左往している。
「おい――そこの、客人の着替えを持ってこい」
「はぁっ? …クソッ。着替え着替え…どこ行った??」
「そこにねえのか? ――ったく。よく見て探せよ」
今度は行方のわからなくなった着替えを求めて、またもや大きな図体が部屋を探し回る。――なるほどこれが二人の力関係の縮図らしい。
指示はチャンジ――対して手足となるのはチュンジ。
じっと二人を眺めていると、その視線に気がついてチャンジが振り返る。
ランドが怒りを引きずっているとでも思ったのだろう。男は少し腰をかがめて無遠慮に顔をのぞき込む。
「失礼しました。間違ったことを言ってお気に障ったのでしたら、謝罪しますがね?」
“失礼なことを言った”とならないあたりが、この男らしい言い方だ。おそらく、吐いた言葉を撤回する気もないだろう。
男はさあどうするとばかりに、首を傾げてみせる。その人好きのする笑みを眺めながら、ランドは力なく首を振る。
どうやら、この男は一筋縄ではいかない性格のようだ――だんだんと掴めてきた。
ランドが男を観察するように、男もまたランドを値踏みするようにじっくりと全身を眺めまわす。耳に口を寄せると、声を落としてひっそりと告げた。
「――口惜しかったら、力をつけるんだな。なんなら、俺が鍛えてやろうか?」
その背後から、着替えを手にしたチュンジが、ドカドカと床を踏み鳴らして近づいてくる。
「おい! あったぞ!」
その手から着物を受け取って、チャンジがゆっくりとランドを見る。その目が何かを企むかのように細くなる。
「さあて、お着替えしますよ。バンザ〜イ出来ますか?」
「…それは自分で…出来ます…やります…」
頬を引きつらせて一歩、ランドは後ろに下がる。
「これの着方、分かります? 最初は俺らがやった方が良くないですか?」
これと、チャンジが着物をつまみ上げる。おそらく男たちが着ている着物と同じものだろう。
「いや…でもしかし…」
モゴモゴと口の中ではっきりしないでいると、業を煮やしたのか男が片割れを呼びつけた。
「チュンジ!」
「あぁ…なんだ? いいようにこき使いやがって…」
そうぼやきながら、チュンジは指示に背くつもりはないらしく、黙って男の指示を待つ。
「客人を捕まえろ。でもって一枚残らず全部、引っ剥がせ」
「全部? 小褲は? これはダメなヤツじゃねえのかよ?」
「バーカ、男同士は無効に決まってんだろ。それより不潔にしてる方が問題だ」
「そういうもんか?」と言うと、体ごとチュンジがこちらに振り向いた。こちらに向けられた眼差しは、すでに獲物を狩る者のそれだ。
「客人。そういうわけなんで…悪いが、覚悟してくれ」
その眼差しに、一抹の憐れみが混じる。その目を見て、どうやら不可避らしいとランドは悟った。
準備運動とばかりに、指を鳴らすコキリという音がいやに耳に響く。たまらず、ランドは腕を前に突き出した。
「ま…まて。脱ぐなら自分で…っ!」
「―――やれ」
ランドの声と同時に、無慈悲な一言が放たれた。
二人を相手にランドは善戦した。だが如何せん相手が悪かった。
結局ランドは、抵抗むなしく、男たちから裸にひん剥かれたのである。
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次話は3日後、更新予定です。
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