日録5 人差し指の姉妹
光を受けて、眩しいくらいに白い部屋の土壁。そして窓の外から差し込む柔らかな日差し。
目を開くと、見慣れぬ風景が目に飛び込んできた。最近は、すっかり露宿に体が慣れてしまって、むしろ快適な室内に違和感を感じるほどだ。
すぐに昨日の記憶がよみがえる。
ゆっくり部屋を見回し、常にそばにあるはずの存在が見当たらないことに気づいた。
小さな娘のことが頭に浮かぶ――フェイバリット。あの子に変わりはないか。
そう思うやいなや、ランドは勢いよく掛け布団を跳ねあげた。魂が抜けていると美しい里の長は言った。だから目を覚ますことはないだろう。
そうは思っても、顔を見ないことには落ち着かない。体を滑らせるようにして寝台から下りる。そのまま扉に向かおうとした矢先、その先でキイィと扉の開く甲高い音が室内に響いた。
まるで起きるのを待っていたかのようなタイミングで入ってきたのは二人。エンジュと同じ翠玉色の長い髪を後ろで一つに編み、淡い緑色の眼差しがランドをとらえる。
肩から足元まで覆う、鮮やかな色合いの長袍に身を包み、腰のやや上で帯を締め、足元には長靴を履いている。
きっと双子の姉妹なのだろう。瓜二つの顔しかも背丈も同じ。おまけに身につけるものまで一緒となると、どちらがどちらなのか区別がつかない。
「「朝のお支度のお手伝いに参りました」」
声をかけるタイミングまでピッタリ同じとあって、思わずランドの口から苦笑が洩れる。
もしや目が疲れていて、一人の娘が二人に見えているのではなかろうかと思うほど、表情までそっくりである。
一人は水を張った洗面器を、もう片方は服を手に、二人はそろって軽く頭を下げる。よく見ると、身につけた前掛けは色違いだ。
どちらも色鮮やかな縞模様だが、洗面器を持った方は青糸で織られた前掛けを、もう片方は赤糸で織られたものを腰の辺りに巻いている。
「おはようございます…昨日はお世話になりました。お礼も言わずにその…申し訳ありません」
にっこりと笑って、そんなことはないというように二人は首を振る。前掛け以外の見分け方を教えてもらわなければ、永久に分からずじまいかもしれない。
瓜二つの姉妹はいずれも、昨日ランドをお世話してくれた屋敷の人だ…と思う。語尾が曖昧になってしまうのは、昨日のことをうっすらとしか思い出せないからだ。
なにせ昨日はクタクタで、名前を聞くどころか顔をろくに見ることも出来なかった。ランドは昨日の記憶を手繰り寄せる。
(…そうだった)
あの後、案内された部屋に入るなり、後ろから押し入るように部屋に入ってきたこの二人に、衣服をひん剥かれたのだ。
恐ろしい手際の良さで上も下も剥ぎ取られ、かろうじて下着に履いていた小褲を死守できたのは僥倖だった――そうとしか思えない。
その後は蒸した毛巾で全身拭かれ、温かいお茶を一杯、残らず飲み切るまで見届けられ、布団に放り込まれた――黒歴史である。
「どうかなさいましたか?」
声をかけられてはっと我に返る。引きつった顔をしていなかっただろうかと、ランドは少し不安になる。
「あ…いえ、本当にお二人とも驚くぐらい瓜二つで、見分けがつかないと…。よろしければ、あなた方のお名前を伺ってもいいだろうか?」
二人は顔を見合わせると、頷いた。
「「”人差し指”です」」
「…え――ええと、それがお二人の名前ですか?」
見た目も同じで名前も同じ?――そんなことがあるのだろうか?
「それではお二人を呼びたい時は、それぞれどう呼べばいいのでしょう? その…見た目もそっくりで」
ああ、と青い前掛けの彼女が得たりとばかりに言った。
「全く同じではありませんよ? 私は右利き。あの子は左利きです」
目配せを受けて、ヒラヒラと赤い前掛けの彼女が左手を振る。それは見た目と関係ないのでは…と内心、ランドは思う。
「そうですね――強いて呼び分けるなら…」と青い前掛けの彼女がしばし考え込み――やがて顔をあげると。
「私のことは“右の人差し指”とお呼びください」
ウコムジの言葉を聞くと、その隣で見ていた赤い前掛けの彼女がふむと頷いて、ランドに向き直る。
「それはいいですね。では私のことは“左の人差し指”と」と自らをそう名乗る。
二人は自分たちの名前を気に入ったと笑う。そうしているとぐっと砕けて、美しすぎることを除けば、ごく普通に年頃の娘に見えた。
「よろしくお願いします。ウコムジさん、サコムジさん」
互いに笑顔で挨拶を交わした後で、ウコムジがちらりと扉の方を見た。
「そう言えば、扉に向かっておられましたが、どこかに行かれるおつもりでしたか?」
「あ…そうそう――俺は連れ合いの様子を――」
その途端、ぴしゃりとサコムジが蠅を叩き落とす勢いでランドの言葉を遮った。
「なりません。まずはお着換え、洗顔、お食事など、すべきことをなさってからです」
「え、ええと。少し…だけ?」
「「そのように言いつかっております」」
二人がかりで一歩も引く様子はない。これにはランドも、大人しく従った方がよいだろうと溜め息をついた時。
「まずはお顔を清めましょう」
「まずは寝間着を脱ぎましょう」
声は同時だった。二人は互いを見合わす。ここにきて初めて互いの動きが分かれた。ランドはおや、とその様子を興味深く見る。
「お顔を清めるのが先でしょう?」
「水で濡れてしまうじゃないの。寝間着を脱いでからでいいんじゃない?」
二人は一歩も引かない。
「…私がお手伝いするのが先よ。あなた、昨日この方のお召し物を引っぱがしたんだから今日は譲ってよ」
「あら? 昨日は昨日よ。そういうウコムジこそ昨日、殿方の体を拭くなんて楽しいことをしたでしょう?――それも隅々まで」
「サコムジなんて、嬉々として小褲を引っ張ってたくせに!」
――これは、なんの辱めだろうか…。
ランドは顔を覆って俯くばかり。もう首まで赤く染まっている。
目の前では二人の赤裸々な会話が続いている。聞くに絶えない内容に、ランドはもはや顔を上げることも出来ない。
その中で、今がフェイバリットの所に向かう好機では?ということに、はたと気づいた。
何より、この場を一刻も早く立ち去りたいという気持ちが大きい。思い立ったらもうランドは、扉の方にそろりと足を運んでいた。
開いたままの扉をくぐった――途端。ふわりと体が浮き上がる。
「は―――?」
気づくと、少し高い位置から板張りの廊下を見下ろしているという状況に間抜けな声が出る。
なんだ、これは。何が起こっている…?
「おう――客人が逃げ出してんぞ?」
体の下で、男の声がした。自分が誰かの肩に担ぎ上げられているのだと、遅ればせながらに理解が追いついた。
「客人と言っておいて、逃げ出すって言い方はどうなのかな~?」
さらにもう一人別の声も。
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