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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
歓びの里 [ランド、七日間の記録]編
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日録3 心内にあれば色外にあらわる

 ゆっくりと、泣き声が遠ざかる。


 やはり疲れ切っていたのだろう。

 気づいた時には意識を飛ばしていた。


 湖の底から浮かび上がるように意識を取り戻すと、部屋の天井が目に飛び込んだ。一瞬、自分がどこにいるか分からず、体を起こして周囲を見回す。


 家具の少ない部屋。窓辺には寝台が一つ。そこには変わらず、フェイバリットが静かに眠っている。そして先ほどまで座っていた腰かけが、その横にあった。


(俺は…?)


 改めて自分がどこにいるのか体の下にあるものを見ると、壁際に寄せられた長椅子の上だった。薄い毛布が体の上にかけられている。


 自らここに移動した記憶はない。だとすれば腰かけで居眠りを始めた自分を、誰かがここに移動してくれたのだろう。


(里の男衆…かな?)


 ぼんやり考えていると、カチャリと扉が開く音がした。


「あ、目が覚めましたか?」


 朗らかに言って、部屋に入ってくるのはエンジュ、その人だ。ランドは困惑しながら、にこやかに笑顔を振りまくエンジュを見上げる。


「少し眠っただけでも、スッキリしたでしょう?」


 はぁとかなんだか曖昧な返事をする。寝起きのせいか、うまく頭が働かない。いや疲れのせいか。


「…エンジュ様」

「呼び捨てでも構いませんが」

「――、いえ。滅相もありません」


 このやり取りには既視感がある。またかとランドは叫んだ。あくまで心の中で。


 仮にも相手は里の族長。その前に偉大なる賢人だ――こんなふざけた相手でも。


 このやり取りのおかげか、一気に目が覚めた。不敬な心の内を瞳から読み取られないよう、心なし目線を下げる。


 この薄い緑の瞳にじっと見つめられると、全てを見透かされてしまいそうで、なんとも落ち着かない気分になる。


 目を合わせまいとする、この行為そのものが(つたな)いとは重々承知の上だが、胸の内を暴かれるのはもっと苦痛だった。


 頭上で、くすりと小さく笑う声が聞こえた。反応しそうになる表情筋を理性でぐっと抑え込む――非常にやりにくい。


「それで――どうかされましたか?」


 やんわりと先を促されて、ホッとしてランドは口を開いた。


「その…俺、いえ私はどのくらい眠っていたのでしょう?」

「ほんの三十分くらいでしょうか。やはりお疲れだったのでしょう」


 ランドは自身を見下ろした。一連の騒動で体は汗まみれ、服も砂だらけだったことを思い出す。叩けば埃が盛大に舞うだろう。


 こんな汚れた体で上質な生地の長椅子で横になるなど、とんでもないことだ。いくらフェイバリットが気になるからと言っても我を張らず、すぐに身を清めて衣服を改めるべきだった。


 今さらながらにそう思う。これではまるで聞き分けのない子供のようだ。毛布のお礼を口にしながら、ランドは腰を上げた。


 少し眠ったおかげか、先ほどの粘りつくような体の重さはだいぶ、やわらいでいた。


「…。…。助言を受け入れるべきでした。このようなナリでいつまでも邸内をうろつくなど失礼にも程がある。その上さらにお手を煩わせてしまうなんて…本当に申し訳ありませんでした…」


 こんなことなら勧められるまま、素直に休めば良かったとランドは自身を顧みる。これで何度目の謝罪か。


 呆れるのを通り越して恥ずかしいくらいだが、顔に出してしまえば恥をさらに塗り重ねるだけ。


 深く頭を下げる。しばし無言の後、小さくエンジュが吹き出した。


「頭を上げてください。あなたって本当に――」

「何ですか」

 いかにもしぶしぶといった感じで、ランドはゆっくりと上体を起こす。


()真面目ですねえ」

「…すみません」

「嫌ですね。謝る必要などありませんよ。真面目は美徳です。もっとご自身を誇って良いと思いますよ?」


 真面目は美徳かもしれないが、()真面目は果たしてどうなのだろう。

 若干の含みを感じるのは穿(うが)ちすぎだろうか?


 ちらりと盗み見れば、うんうんとエンジュは笑顔で何度も頷いている。これは揶揄(からか)っているのか、それとも本気で言ってるのか…どちらもあり得そうだ。


 いずれにしろ褒められることに、いつまでたっても慣れない。


(赤くなってないといいが)


 そう思う傍らで、すでに耳が熱を持っているように感じる。

 ランドは表情を変えないよう気をつけながら、この落ち着かない時間が過ぎるのを目を伏せて、ただじっと耐えた。


「…私が眠った後、こちらに移動してくださったんですよね。どなたかは分かりませんが、その方にもお礼を伝えてくださいますか」

「ああ――はい。なるほど」


 そんなこと気にするようなことではありませんよとエンジュは軽く言う。


 そうは言ってもランドもそこそこしっかりと体は出来あがっている。何と言っても十七歳。未成年と言っても、成人を間近に控えて体はほぼ大人と変わりない。


 フェイバリットを抱えるのとはわけが違うのだ。誰が運んでくれたにしろ、結構な重量があったはず――そう思った時。


「思ったより軽かったので、気にすることはありませんよ?」

「―――え?」


 思わず目線をあげた。目が合うと、エンジュがにっこりと目を細める。


「え、ええと。まさかエンジュ様が俺を? その小枝のような細腕で…?」


 口走ってからしまったと唇を噛み、即座に言い直す。


「あ、いや、その白魚のような…美しいお手を煩わせてしまったのでしょうか…?」


 なんとか取り繕いつつ、頭の中は混乱状態だった。少なくとも『私』が『俺』になっていることにも気づかないほどに。

 

 目を泳がせながらも、ランドはまじまじとエンジュの全身に視線を這わせた。それこそ頭のてっぺんから爪先まで舐めるように。


 普段のランドならあり得ない不敬だ。


 目の前の麗人は、それはもう華奢な体つきで、袖からのぞく白い腕はか細いのひと言に尽きる。


 体の起伏には乏しいものの、どこから見ても楚々とした美婦――仮に()()が男性だったとしても、とても自分よりも身長の高い男を持ち上げるようには見えない。


(俺を持ち上げた?? ――まさかそんなわけ)


 エンジュは、そんな不躾な視線にも動じることなく、どこ吹く風とばかりに平然と受け流す。


「煩わせるなんて…それほど大したことはしていませんよ?」


 「よ?」と最後のところでコテンと小首を傾げ、花開くようにふんわりと笑う。その様子は、咲いたばかりの瑞々しい白い百合の花を思わせた。


 可憐な所作なのに、どうしてもあざとく思えるのは、きっとランドの心根の問題に違いない。


 ランドは首をひと振りする。いやいや、とりあえずそれは今どうでもいいことだ。


 さらに言うと、エンジュ自ら本当に彼を運んだかどうかも、突き詰めるほどのものではない――のだが、どうしても確認せずにはいられなかった。

 

「術を使って運んでくださったのですか」

「いいえ? こんな感じで、普通に腕に抱えましたよ?」

 

 そう言って、こんな感じとエンジュが腕を広げて示したのは――いわゆる”お姫様抱っこ”というヤツである。


 ランドは思わず、掌で顔を覆った。

 …やっぱり男なのか? そうなのか??


 そして自分は男にお姫様抱っこ…。いや、相手が女だったらもっと大問題か?


「…。…。…」


 さすがにそれ以上考えたくなくて、本能的に思考が停止する。


 ちらりと指の隙間から苦々しい視線を向ける。もはや感情を隠しきれていない。


 あんたは男か女か、一体どっちなんだ――?


 喉までせり上がったところで、ランドはぐっとその言葉を飲み込む。そんなことを聞くなんてどうかしている。そうでなくとも、面と向かって貴人に言う言葉ではない。


 何より、まんまと相手の術中に嵌まるようで、それがなんとも空恐ろしい。


 そんなランドに視線を返しながら、エンジュは「私に聞きたいことがあるようですね」と目元をなごませる。


 降参とばかりにランドがふぅと息を吐いた。目にかかる前髪を片手でかき上げる。旅する間に、ずいぶん髪が伸びた。


 どう言い繕ってもこの人相手では分が悪い。そのことを、よくよく思い知らされた。もう…苦笑いしかない。


「…そんなに…顔に出ていましたか? …俺」

「”心内(こころうち)にあれば色外(いろそと)にあらわる”という言葉をご存知ですか?」


 ランドは小さく笑って首を振る。


「それは、どういう意味なのでしょう?」

「心の中で思っていることは、おのずと顔色や言葉の端々、そして仕草に現れる、という意味です」


 つまり、表情だけ取り繕うだけでは不十分ということだ。


「――なるほど。まだまだ隠しきれていませんでしたか。大変、勉強になりました」


 ランドの言葉に、エンジュはそれはそれは綺麗に笑うと楽し気に言った。


「ホント――生真面目」

読んでいただき、ありがとうございます。


引越し、無事に終わりましたが、

荷造り・荷ほどき作業で執筆が止まっていますm(__)m


しかもネット環境が整うのがあと2週間くらい先(;O;)


読んでくださる方には大変、申し訳ありませんが、

次回一回お休みします。


2週間後に次話を更新しますので、

またご訪問いただけると幸いです。


どうぞよろしくお願いします。

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