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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
歓びの里編 『番外編 ― イレインの里帰り』
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閑話5・夢でいいから ③ [リヴィエラ一人称]

 窓の向こうにはいつ昇ったのか、大きな月があった。

 青白い光が部屋を明るく照らしだし、娘の横顔をさらに白く浮かび上がらせる。


 最後の夜にふさわしい美しい月夜だった。

 寝台の上で静かに月を眺めていたイレインが、ゆっくりとこちらを振り返る。


「あなたがこちらに来てから、今日で六日目…あっという間ですね」


 イレインがこちらに現れてからの日数を一つ二つと指折り数えてみる。これ以上折る指がなくて、その手が止まってしまう。それを見ると、その顔があからさまに曇る。


 ――明日で一週間……。


 八の字にへにょりと下がった眉。あどけない瞳が揺れて縋るように見上げる。苦笑を浮かべてひとり言のようにつぶやいた。


 このまま戻らなかったら…私、どうなるのでしょう…?


「イレイン」


 たしなめるように名を呼ぶと、へらりと笑ってイレインが[冗談です]と言って、敷布に目を落とす。伏せた目をパチパチと何度も(まばた)きするのは、必ず泣きそうになっている時だ。


 これで涙をこらえきれない時は、この娘は背中を向けてごまかそうとする。案の定、イレインはくるりと背を向けてしまう。


 そうですよね…翼も癒えました。そろそろあちらに戻らないと。ランド、心配してるでしょうね…。


 もちろんそれもある。だが――魂が離れたままで一週間。ここらが潮時だろう。そろそろ肉体が限界を迎える。この娘の魂を元の体に戻してやらねば。


 ここにいられるのも今夜が最後。あすの夜明けにはもう彼女はいない。


 明日…笑って…帰れるかなあ……。


 明るい口調で言いながら、涙のせいか声が震える。明日どころか今から泣いていて、そんなことが出来るはずもない。相も変わらず泣き虫だ。


 リヴィエラ様。一つ、お願いを聞いてもらえますか…?


「どんなことでしょう?」


 今夜は…ずっと、起きていたいなあ…って。

 

 ややあって[いけませんか?]と小さくつけ加える。


「あなたが起きていられるなら…いいですよ?」


 術はなし、ですよ?


「はい」


 つかの間、彼女が押し黙る。「イレイン?」と声をかけると、いかにもばつが悪いという声が言った。


 あと――背中トントンも…。


 何かと思えば。思わず笑ってしまう。笑った拍子に、ホロリと目から涙の粒がこぼれ落ちた。


 言葉に詰まって返事が出来ずにいると、イレインが震える吐息を、それでもなんとか整えると[リヴィエラ様?]と不思議そうに言った。


 いつまでも返事がないことへの問いかけだろう。こちらに背を向けたまま、返事を待ってイレインが耳を澄ませる。長い沈黙が二人の間に落ちた。


 その背中が躊躇(ためら)いながら、振り返りかけた。その前に小さな体を、たまらず胸の中に抱きすくめる。


 その髪に口づけて、顔を(うず)めた。熱い息が洩れてしまう。

 

 抱きすくめる腕にぎゅうっと力を込めると、胸の中のイレインが、おずおずと腕を伸ばす。やがて、その腕がそろりと背中にまわり――ぎゅっと小さなこぶしが背中にしがみついた。


 その瞬間、体中に例えようのない愛おしさがこみ上げた。と同時に、刺すような悲しみに突き上げられ、苦しいほどに胸が締めつけられる。


 あなたと共にいたい――共に生き、共に果てたい。


 無言の叫びに、喉が張り裂けてしまいそうだった。声の代わりに、何度も柔らかい髪に頬をすり寄せる。


 悲しみと愛おしさが交互に、波のように押し寄せる。


 ひき止めて、しまいたい。

 この腕の中に閉じ込めて、二度と外へ出したくない。


 この愛しい小鳥の翼を手折(たお)り、空を飛べなくしてしまいたい。


 そして、誰も追ってこれない遠いところへ、二人で逃げてしまいたい。


 ――ぐっと唇を噛みしめる。


「ずっと…起きて…夜の間、何をしましょうか」


 おしゃべり? と言うと、もう声にもならないのか胸の中の娘がゆっくりと首を振る。


「それでは…歌でも歌って差し上げましょうか…?」


 そう言うと、しばらく考え込んで、またもや首を振る。

 「どうして?」とたずねると。


 [あっという間に眠ってしまいます]と涙まじりの返事が返ってきた。


「では、私のやりたいことはどうでしょう?」


 この言葉に、興味が惹かれたのか、泣いて真っ赤になった目がゆっくりとこちらを見上げた。


 ――それは、何ですか…?


「さて。何だと思いますか?」


 質問で返されるとは思っていなかったらしい。一瞬きょとんと丸くなった眼差しが笑みを孕んで、可笑しそうに細められる。


 その途端、細めた瞳からぽろぽろと音を立てて、膝の上に涙がこぼれ落ちた。イレインは分からないというように首を振る。


 そんな彼女をのぞき込んで、その瞳にそっと口づけを落とした。

 目に、睫毛(まつげ)の先に、まぶたに、眉に、こめかみに、額に、頬に、鼻の頭に。


 顔中余すところなく、口づけで埋め尽くす。腕の中で、恥ずかしそうにイレインが頬を染めて身をよじる。


 触れていないのは唇だけ。そこには触れない。

 この娘にとって、自分が大切な師であり、大切な家族である限り。


 じっと瞳をのぞき込み、恥じらう娘に悪戯っぽく笑いかけると、ひっそりと囁きかける。


「一晩中、あなたの顔に口づけを、落としましょうか…?」


 初心(うぶ)なイレインは、すぐに真っ赤になってしまった。うつむき加減に目を伏せると、[頭が壊れてしまいます]とその言葉をかろうじて絞り出した。


「では、どうしましょうか?」

 その言葉に。


 …抱っこ。抱き締めてください。


 消え入るように、イレインが言った。

 可愛い要望に、思わず笑みがこぼれてしまう。すぐ隣に腰を下ろすと、小さな体を抱きかかえた。


 胡坐(あぐら)をかいたその膝の上にそっと下ろすと、途端にイレインの顔が焦って真っ赤になる。


「お膝抱っこです」


 「ほら早く」と催促すると、観念したようにその腕がそろりと首にまわされた。


 首もとに柔らかな髪がこぼれ落ちる。その感触が肌に少しくすぐったい。


 安心したように、イレインの体から力が抜けた。身を委ねる柔らかい体に、そうっと腕をまわす。


 世界にたった二人きり――まさにそんな夜だ。

読んでいただき、ありがとうございます。


次話はいよいよ番外編・最終話。

明日、更新予定です。


次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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