閑話5・夢でいいから ① [リヴィエラ一人称]
こちらは、リヴィエラによる「私」で進む一人称語りの回です。
全4話のお話です。連日更新します。
――溺愛が過ぎませんか?! し・死んでしまいそうです…!
真っ赤になりながら、涙目でそう訴える娘の姿が脳裡によみがえる。思わず、ふふっと思い出し笑いを洩らしてしまう。
いささか暴走気味の愛情表現に、本当に溺れてしまったのかと思うほど、毎回のように彼女が息も絶え絶えになる。
彼女をこんなふうにしてしまうのは、紛れもなく自分だ。
それほどまでにこの愛は、底がないほどに深く――重いという自覚はある。だが酷なようだが、正直言って手加減するつもりは一切なかった。
もう一度会えたら、
息つく暇もないくらい愛おしむ――そう決めていたから。
この六日間で彼女と過ごした数々を思い浮かべてみる。
少しの間だったが、そこここに彼女の気配が満ちている。そして共に幸せに過ごしたという確かな実感も。
全ては――自分の心の中にある。
この幸せな気持ちを、彼女も感じてくれただろうか。
寝室に続く扉の前に立ち、そっと目を伏せた。
今頃きっと寝台の上で、泣きそうな顔をして、あの子が私を待っている。
◇
イレインが戻ってきたあの日のことを思い出す。
あの子を送り出してから、季節がひとつ変わった。あの時夏前だった季節は、いつの間にか木々が色づき、秋も中頃に差し掛かっていた。
――あの子は無事でいるだろうか。
いつものように、いなくなった娘へと思いを馳せて、溜め息を一つ落とす。窓からすっかり高くなった空を、何気なく見上げたその時――呼吸が止まったのがわかった。
窓の外に見える木の枝に腰かけて、にこやかにこちらを見下ろすあの子の姿があったからだ。数秒、動けずに呆然とその姿を見上げていたと思う。
娘に見えた姿は、すぐに可愛らしい岩つばめに変じた。彼女を想うあまり、ついに幻覚を見るようになってしまったかと己の眼と頭を疑った。
枝にとまった季節外れの岩つばめ。不自然に左の翼が垂れ下がっているところを見ると、怪我をして渡りに乗りそびれたに違いない。
それでもなぜか、”彼女”だと直感した。
小鳥は不思議そうに首をかしげて、こちらをじっと見下ろしている。どこかに行ってしまう前にと急いで窓を開け放ち手を差し出す。
小鳥はキョトンとしながら、またもや小首をかしげる。反応の薄さにほんの少し不安になった。やはり、ただの鳥なのだろうか。
それとも――自我を保てないほど、魂が壊れかけている…?
「おいで」
不安をこらえて声をかけると、小鳥は片翼を上手に使って、チョンと指に飛び乗ってきた。その警戒心のなさに、やはり彼女に間違いないと確信する。
じっくりとその姿を近くで観察する。魂の色を見れば、生者かどうかひと目でわかる。
彼女が死んでこちらにきたわけではないと分かった時は、心の底からホッとした。ひと目見た時から死んだのではないかとずっと気が気じゃなかったから。
思ってもみなかった彼女との再会。
落ち着いて彼女と対面すると、心にじわじわと嬉しさがこみ上げてくる。
イレインを家の中に入れてやると彼女は、それはそれは懐かしそうに部屋を見回した。その様子に、自室に連れて行ってやると、ことのほか喜んだ。
喜びのあまり、身を震わせる岩つばめの姿は、掛け値なしに可愛いのひと言だった。可愛すぎて、微笑ましい…を通り越して、心の内で密かに身悶えてしまったのは…ここだけの話だ。
◇
彼女が、与えた珠飾りを失くしてしまったと言って、泣き出してしまったのはその後だった。
聞けば、イレインに非はひとつもない。むしろよく無事でいてくれたと安堵したほどだ。
非常時に、助けを呼ぶのをためらったことを彼女はひどく恥じた。珠飾りにかけた術を使えば、私を召喚できる。
けれども、そうしたらこの先ふたたび私と会うという希望を失う。だから迷ってしまったのだと。
黙って彼女の話を聞きながら、心の中でその言葉を噛みしめた。
私を失いたくないと、必死ですがりつき、そして失って、これほども絶望している――と。
不謹慎だが、心は静かに――だが震えるほどに歓喜していた。
彼女はこんなに傷ついているというのに、だ。
自分の愛情が重いことに自覚はある。だがこれほど拗らせているとは思わなかった。
上手く隠しているが、その本性はまるで飢えた獣。心の深いところでは、貪欲に彼女を求めている。
こんな浅ましい想いが私の心にあるなどと――きっと彼女は思いもしないに違いない。なにしろ私自身も知らなかったのだから。
大粒の涙をこぼしながら、小さな娘は子どものように泣きじゃくった。
イレインと何度か名前を呼んでみるものの、すでにこちらの声は届かない状態だった。
ああ――そんなに泣かないで。私はここにいる。
涙を止めてやりたくて、濡れた下まぶたに唇を寄せた。流れ落ちる涙をちゅっと吸ってみせると、こぼれ落ちそうなくらい大きく瞳が見開かれた。
呆気にとられたまま、彼女が動かないでいるのをいいことに、額や頬にも口づけを落としていく。愛おしさが胸の中で爆ぜた。
我に返った彼女が顔中を真っ赤に染めて、「もうその辺で」だの「勘弁して」と可愛いことを口にする。だがあいにくと、一度タガが外れた私の耳には聞こえなかった。
いや正しく言うと、聞こえていたけれど止められなかったと言った方がいいだろう。
…その後、逆上せて動けなくなった彼女を見ると、さすがにやり過ぎたと思ったけれど。
珠飾りに関しては、いつか彼女の手に戻るだろうと思っている。魂の分身と呼んで差し支えないほど、あの珠は私と近しい。
時間はかかっても、上手く人の手から手へと渡り歩き、きっと最後には彼女の手元に戻ってくるはずだ。変な話だが確信があった。
それほどまでに、この恋の執着は根深いものだった――目の前の娘に、そんな自分の恋着を教えるつもりはないけれど。
(…こんな重い恋情を私が抱いていると知れば、彼女は怯えてしまうだろうか)
けれど今度こそ、もうこの想いから目を背けない。
あの時、そう決めた。
だから。
許す限りの時間で、たくさん好きだと囁こう。
一分一秒でも長く、たくさん抱き締めよう。
この先――あの子が寂しくならないように。
いつでも私は、彼女を支える一翼でありたい。
読んでいただき、ありがとうございます。
次話は明日、更新予定です。
次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。




