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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
歓びの里編 『番外編 ― イレインの里帰り』
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閑話4・あなたと見た景色を忘れない (後) [イレイン一人称]

 次の日は朝から快晴だった。

 窓の外を眺めていたリヴィエラ様が、口もとを綻ばせて振り返る。


「お出かけ日和ですよ」


 寝台の上でくつろいでいた私を手の平に乗せると、リヴィエラ様が窓辺に連れて行ってくれた。


 外を眺めると、晴れ渡った空の下、まだ濡れた草木が太陽の光に煌めき、それはそれで美しかった。


 これだけでも十分目を楽しませる。なのにあえて出かけるのだから、そこに何があるというのだろう。とても気になってしまう。


 どんな所なのだろう。

 まだ見ぬ場所に思いを馳せると、少し心が上向くのが自分でも分かった。


 呆れたことに、せっかくリヴィエラ様と一緒だというのに、この二日間、鬱々として泣いてばかり。それに加えて昨日は、一日ひっつき虫だった。


 ちっぽけな小鳥を構い倒す師を、過保護だと言っておきながら、このザマだ。 

 結局、自分はあの後起きている間はひと時も離れられなかった。


 こうしてリヴィエラ様がわざわざ連れ出そうとしてくれるのも、落ち込む自分を元気づける為だろう。少しでもリヴィエラ様の心遣いに報いたい。


 心にくすぶる()るせなさを押し殺し、目の前の景色に目を凝らしていると。


「イレイン」


 リヴィエラ様が呼びかける。なんだろうと見上げると、日を受けて透き通った蒼い双眸が、こちらを見ていた。


 その眼差しが、ひどく嬉しそうだった。呼んでおきながら、リヴィエラ様はそれ以上何も言わない。それが不思議で、小首をかしげてみせる。


「あなたとの逢瀬(デート)に心が踊ります。あなたの心も同じだと嬉しいのですが…」


 その言葉が優しく――どこまでも甘く、面映(おもは)ゆい気持ちになってしまう。リヴィエラ様が私の返事を期待して、こちらをじっと見つめる。


 その蕩けそうなほど甘い表情に、思わずぐはぁっと血を吐いてしまいそうだ。とはいえ本気でそうするわけにもいかない。


 え・ええと、もちろん、私も…嬉しい・ですよ…?


 かあぁと全身の血液が顔に集まるのを感じながら、つっかえつっかえ必死で返す。語尾に?がついてしまうのは見逃して欲しい。


 はっと我に返って、ポヤポヤする頭に待ったをかける。いやいや逢瀬(デート)って?! 単なるお出かけですよね??

 

 危ない危ない――全く。こんな小鳥、いや小娘をリヴィエラ様が口説くはずもないのに。危うくその気になってしまうところだった。


 高鳴る胸の鼓動を懸命になだめていると、リヴィエラ様がそれと見抜いて悪戯っぽく瞳を細める。


「…私ではあなたに相応しくありませんか?」


 一瞬固まって、ぶんぶんと強く頭を振る。むしろ逆だ。私がリヴィエラ様に相応しくない。

 というか冗談がきつ過ぎる。そろそろ本気で心臓が止まりそうだ。


 ですが…こんな、今の私は、”人”ですら、ありません…っ。


「人であれば、問題ありませんか? であればほら――」


 リヴィエラ様の言葉と同時に、(てのひら)の中の私が人の形を取り戻す。


 気がつくと、リヴィエラ様が腕で作った輪の中に閉じ込められていた。

 

 鳥の目線でしか見られなかった師の面差しが、今はいつものように少し手を伸ばせば届く位置にある。


「魂の形は自由自在。あなたは気づいていなかったようですが、ちょくちょく人と鳥の姿を行き来していましたよ」


 そういうことですか。改めて自分の体を見下ろす。相変わらずなまっちろい二の腕。小さな手の平。


 ふと思い立って髪を引っ張ると、かつての見慣れた茶色い髪があった。


「いつもと変わりないあなたですよ。ですが…私はあなたがどのような顔かたちをしていても、きっと愛おしく感じると思います」


 熱さえ感じ取れる声音に、頭が沸騰しそうになる。そろそろ限界と目を回していると、リヴィエラ様が申し訳なさそうに眉尻を下げて、微笑(ほほえ)みを浮かべた。


「すみません。浮かれて少々おふざけが過ぎましたね」


 「ですが」とリヴィエラ様がその後を続ける。


「これから訪れるのは、あなたにぜひ見せたいと思っていた場所なのです」

 

 そう言うと、リヴィエラ様は顔一面に、こぼれるような笑顔を浮かべた。その笑顔のあまりの美しさに目を奪われる。


 ぽかんと口を開きっぱなしの私に、大きな手が差し出された。


「手を」


 小さい頃から反射的に師の言葉に従ってしまう。

 いかにもダメダメなのだが、こればかりはもう身に染みついた習慣のようなものだ。


 何も考えず、お手とばかりにその手に自分の手を重ねた。リヴィエラ様がふと目元をなごませる。かと思うと、やんわりと私の手を持ち上げて――。


「そうではありませんよ。こう――」


 ぴったりと互いの手の平を合わせた後、見せつけるようにしながら、一本一本指を絡ませていく。


 握り込むと、ちょうど5本の指が交差しながらしっかりと絡み合っている状態だ――密着度がすごい。


 真っ赤になって口をぱくぱくさせていると、リヴィエラ様がふふっと笑った。


逢瀬(デート)だと言ったでしょう」


 窓を開け放つと、リヴィエラ様が朗々と(しゅ)を唱え始めた。その詠唱は何度聞いても歌にしか聞こえない。


「―― en=koyram(エン=コイラㇺ) arpa(アㇻパ) (共に行く)」


 開け放たれた窓から風が入ってきた。その風を受けて、リヴィエラ様の白い長袍(ながぎ)がバタバタと強くはためく。私の髪もまた激しく波打った。


 ぱちぱちと目を(またた)かせる。風の中に、リヴィエラ様の声をはっきりと、聞いた。


sípe(シペ)ruyampe(ルヤンペ)鮭颪(さけおろし))」


 鮭颪(さけおろし)

 秋の中頃に吹く強い風をそう呼ぶ。鮭が産卵のため遡上する頃吹き荒れるので、そう呼ばれるのだ。


 術名が唱えられた途端、吹き込んだ風に体がふわりと攫われた。部屋をぐるりと駆け巡った後、意識はそのまま外へ飛び出していた。



 

 次の瞬間、しっかりと手を繋いで、リヴィエラ様と空を翔けていた。リヴィエラ様の体も私の体も空に透けている。


 二人の体はひとつの風になっていた。

 以前、蛇竜(ビィビィル)の洞穴から抜け出る時も風になったことがある。


 けれど、あの時はほとんど意識してなかったから、こんなすごいものだと思わなかった。


 風に変幻すると、こんなふうになるんだ。眼下の風景が一瞬で過ぎ去っていく。

 すごい、すごい。あまりの速さに驚くばかりだ。


 ふと隣を見ると、銀の髪を風になびかせる美しい姿が空の青に映えた。リヴィエラ様の視線がこちらを向いた。


「もうすぐ着きます――ここから少し目を瞑ってもらっても…?」


 目を瞑る?


 はぁ…と間の抜けた返事を返す私に、子供のような笑みを浮かべて「あなたを驚かせたいのです」と言った。


 リヴィエラ様でもこんな子供みたいなことをなさるのだな。それが可愛くてちょっと笑ってしまった。そっと瞳を閉じると満足そうな声が聞こえる。


「いいと言うまで、そのままでいてくださいね」


 だいぶ、先ですか?


「すぐですよ」という声の後からほどなくして。「いいですよ」と声がかかった。


 そうっと開いた視界に飛び込んできたのは――雨あがりの澄み切った青空に映える、見渡す限りに続く錦秋の山々。


 黄金色の(ぶな)水楢(みずなら)、真っ赤に燃える七竈(ななかまど)

 岳樺(だけかんば)満天星(どうだんつづじ)の紅も、負けぬとばかりに山肌を燃え上がらせる。

 

 ところどころに残る緑葉も、黄色、橙、と移り変わる紅葉も、褐葉した茶色い落ち葉の色までも。


 秋色に染まった葉はいずれも、言葉にできないくらい美しかった。


 さまざまな色が、時に入り混じり、時に濃淡を作り出しながら、(まだら)に色づいて山肌を色鮮やかに覆いつくす。


 『山(よそお)う』。

 秋の訪れとともに、山々が紅葉で色づく姿をたたえる言葉だ。まさに目の前の風景がそのことを教えてくれる。


 呆然と目の前の景色に見入っていると、リヴィエラ様が遠慮がちにそっと話しかけた。


「この景色を見た者は皆、”神の絨毯(じゅうたん)”と呼ぶのだそうですよ」


 声につられて、そちらを見ると。


 そこには背後に、抜けるような青天と紅葉の情景とを従えた、人とは思えぬ美貌があった。長い銀の髪を風に揺らめかしながら、少し薄い唇がゆっくりと開いた。


「この風景を、あなたに捧げます――私の最愛」


 少し離れたところから、澄み切った蒼の双眸が私を甘く…静かに射抜く。

 普段は、鏡のように凪いだ湖面を思わせる眼差しは、今や熱すら孕んでいた。


 自分が彼の唯一の存在だと、錯覚しそうになる。

 

 そう勘違いさせるほど、私に注がれる眼差しはこの上なく愛おしげで――嬉しさとも幸福感ともつかぬ感情に苦しいほど胸が締めつけられる。


 感情の赴くままに、その胸の中に飛び込んでしまいたい衝動に駆られた。あなたのそばにいたい――たとえ死んでも構わないから、そばにいさせて欲しいと。


 その選択をして、もしこの魂が岩つばめに成り下がっても構わない。この方のそばにいられるのなら、ただの鳥だってよかった。


 ――けれど…きっとそれはリヴィエラ様を困らせるだけ…。それに、向こうで待っているランドのことを考えずにいられない。


 ぐっと両の拳を握り込み、岩のかたまりを飲み込む想いで、なんとか思いとどまる。


 何かを言わなければという思いに突き動かされて、震える唇を開く。


 私…リヴィエラ様と見た、この景色を、一生忘れません。


「私もです」


 薄く笑うと隣に立ち、リヴィエラ様は静かにそう言った。今、彼がどんな顔をしているのか分からなかった。


 同じようでも、毎日少しずつ日差しは変化する。その強さも光の色も。時間が違えば、温度も異なる。


 微妙な違いは、常にこの彩りを変化させ、見る者に新しい感動を与える。言い返せば、たとえ同じ時間・同じ場所でも、けしてふたつとして同じ景色はないということだ。


 今目の前にある、リヴィエラ様と見るこの景色も、二度と巡って来ないたった一度きりのもの。


 ううん。それだけじゃない。


 きっと、リヴィエラ様と出会ってからの時間全て。

 共に過ごしたあの一瞬一瞬は、自分にとって二度と戻ってこない、かけがえのないものだった。


 だからこそ、今この一瞬を愛おしく想い、胸にこみ上げる幸せと喜びを、全部――全部しっかり受け止めよう。


 もう二度と会えないかもしれないけれど…これまでリヴィエラ様からもらったものは、両腕に抱えきれないほどたくさんあるから。


 一つも腕からこぼさない。

 ずっと大切に抱えて生きていく。

 それはこの先もずっと、私の心の拠り所となるのだから。


 霞みそうになる視界に、ぐっと涙をこらえた。

 慰めるように、隣に立つリヴィエラ様の手が、ちょんと私の手に触れる。


 その指は、ぎゅっと握り締めて冷たくなった拳をやんわりと開かせると、優しく握り込んだ。


 大きな手のひらから、リヴィエラ様の温もりがじんわりと心地よく伝わってくる。


 この目に焼きつけるように。私は目の前に広がる山々をただ食い入るように見つめるばかりだった。

読んでいただき、ありがとうございます。


ご訪問はもちろんのこと、ブクマ・評価の応援、とても励みになります。

とても嬉しく思っておりますm(__)m


紅葉は栗駒山と、北アルプスの涸沢(からさわ)をイメージしています。画像でしか見たことはありませんが、とても綺麗です。


番外編・最終話「夢でいいから」は三日後に更新予定です。

※前中後編→④話に変更になりました。


次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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